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日常
第百二十六話 まかない
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秋晴れという言葉がふさわしい、冷えた空気のさわやかな休日。
俺は自転車配達用の軽の後部座席に座って揺さぶられていた。流れる景色は見渡すばかり畑と田んぼ。ちらほらと見える建物は古い日本家屋や、ずいぶん昔に閉店してしまったなにかの直売所ばかりだ。すっかり朽ちてしまった看板はさびて、もともと何が描かれていたのか判別できない。
「わふっ」
足元に置いたケージにはうめずがおとなしく入っている。
先週とは打って変わって静かな休日だ。日差しは柔らかく、時が止まっているのではないかと錯覚してしまいそうなほどに穏やかな空気。
「で、俺はどこに連れられているんだ」
いつもより少し遅めに起きた朝、のんびりと朝ごはんを終えた後、ばあちゃんから電話がかかってきた。ジャージか何か、とりあえず汚れてもいい服装で店の方に来いとのことだった。うめずもつれてきていいとのことらしい。
特にすることもないので、それに素直に従うことにした。学校指定のジャージを着て、うめずを連れて店に向かう。紺地のジャージには、学年ごとに指定された色で名字が刺繍されている。
で、あれよあれよという間にこの状況である。
「柿よ、柿」
「柿?」
「知り合いのとこが収穫作業を手伝ってほしいっていうから。ほら、若者がいた方がはかどるでしょう」
助手席に座るばあちゃんはそうあっけらかんと言い、ハンドルを握るじいちゃんはのんびりと鼻歌を歌っている。通りの少ない道路に設置された信号が赤く点灯した。
「でも俺、収穫したことないけど」
「ああ、収穫と選別は私たちでやるし、春都は収穫したものを運んでくれたらいいよ」
なるほど。力仕事要員か。
信号が青に変わり、車はゆったりと発進する。やがて車の通りも、人の気配がする家も増えてきた。
視界に入る通行人の平均年齢を考えると、最近よく聞く、というかすっかり当たり前のものとして受け入れられている「少子高齢化社会」という言葉の具現化のように思えて仕方なかった。
「よっ……と」
年季の入った薄い水色のケースには柿が山積みになっている。すごく重いが、外で作業するのは気持ちがいい。
俺たちの他にも手伝いに来ている人たちはいたが、俺と同年代らしい人はいなかった。若くても三十代後半か四十代前半ぐらいの人で、その人たちに教えてもらいながら作業に当たる。
今日作業するらしい範囲は途方もなく広い。
一度は町らしく店や家屋が並び始めた通りも、目的地に向かうにつれて再び自然優位の風景に変わり始めた。事故なんかとは無縁のような見晴らしのいい直線道路から望むのは、ところどころ色づき始めた山脈だ。
たどり着いた柿畑は、その山脈に色を付けるものの一つであった。枯れかけた葉がつく木には丸々とした柿が橙色も鮮やかに実っている。それがひたすらに広がっていて、見ただけで気が遠くなりそうだった。
「いやー、はかどるはかどる!」
一緒に作業をしていた人たちがそう言って笑った。
「やっぱり若者がいるとはかどるねえ」
「はあ、そうですか」
「何だ何だ。若者ならもっと元気出さな!」
手伝いも嫌いじゃないし、重いものを運ぶのは疲れるけど苦痛じゃない。でもこういう会話が苦手だ。どうやって返せばいいのか分からない。
若者全員がもれなくはつらつとしていると思っているらしい人たちは、ただ黙々と作業をする俺が珍しいのか、それか、自分たちのいいように俺を扱いたいのか。たぶんそのどれでもない。何も考えてないんだろう。会話のテンプレートというものか。
そう考えると、こっちもむきになるのは得策じゃない。こういう時は「否定しない」という選択をするのが賢いやり方だろう。
「ふぅ~……」
人がいないのを確認してから、伸びをして腰をさする。下手に人前ですると「若者なのにそんなことしちゃだめだろう」と笑われる。
若かろうが何だろうが腰は痛くなるっての。
ま、全員が全員「若者だから」攻撃を仕掛けてくるわけではないのは救いだった。「西本さんちのお孫さん」として扱ってくれる人とはうまく話せる。
「つくづく人づきあいが下手だなあ、俺」
みんな悪い人ではないのだが、どうも俺とは波長が合わないらしい。
まあ、そのことについて深く考えても仕方ない。人間だし、合う合わんはあるだろう。とりあえず今目の前にあるケース二つを運んだら、行かなければならないところがある。
ばあちゃんに呼ばれたその場所は、ずいぶんなじみ深い香りと音に満ちていた。
コトコト湯が沸く音、包丁で野菜を切る音、何かを炒めているのか香ばしい香り。台所ではばあちゃんをはじめ、手伝いに来ていた女性陣が昼飯の準備をしていた。
「よし来たね、春都」
ばあちゃんはそう言って笑うと、エプロンを差し出した。ばあちゃんが使っているやつの色違いだ。
「なにすればいい」
素直にそれをつけ、指示を仰ぐ。
「春都、卵焼き得意でしょ。作ってくれる?」
「分かった。味付けは?」
「甘くていいよ」
使い慣れない台所だが、まあ、なんとなく勝手は分かる。
ボウルに卵を四つ割り入れ、カラザをとって少し混ぜたら、砂糖を入れる。塩は少々。砂糖の塊が残らないように丁寧に混ぜて、火にかけて油をひいたフライパンで焼いていく。
やり慣れた動作は落ち着く。慣れないことばかりしていると、普段やっていることや見慣れたものが妙に愛おしくなるものだ。
「いくつ焼く?」
「そうね、三つぐらいかな」
料理を作る間は誰も話しかけてこない。それがなんだか心地よかった。
卵焼きを焼きながら見るのは、手際良く作られていくおにぎり。シンプルな塩おにぎりは三角や俵型と様々な形をしている。そう言えば四角いおにぎりはあまり見ない。その代わり、卵焼きが四角いのかな、なんて。
よし、できた。
ご飯は外で食べるらしい。柿畑の横の方に簡易的なテーブルと椅子をこしらえて、俺はじいちゃんとばあちゃんの間に滑り込む。
「それじゃ、いただきます」
みんな一斉におかずやおにぎりに手を伸ばす。なんとなく遠慮して何も取れないでいると、ばあちゃんが「おにぎり、いくつ欲しい?」と聞いてくれた。
「えっと、三つ」
「はいはい。おかずは全部取ろうか」
「ありがとう」
自分が焼いた卵焼きに、サツマイモを茹でたもの、そして小松菜と豚肉を塩コショウで炒めたやつ。シンプルだが、うまそうだ。
まずはおにぎり。塩がきいていておいしい。結構汗をかいたのでこの塩分がうれしいな。
小松菜は程よい苦みとみずみずしさがいい。豚肉のほのかな甘みと塩コショウがよく合う。うま味たっぷりだ。
サツマイモは甘い。ほくほくで、塩ゆでされているらしく、ほんのり塩味がまた甘さを引き立てているのだ。
卵焼きはすごく落ち着く。自分で作っておいてなんだけど、ほっとするなあ。
気づけば遠慮していたことも忘れて、食べるのに夢中になっていた。
「いい食べっぷりだ」
隣でじいちゃんがそう言った。
「頑張ってくれたんだな」
卵焼きも上等だ、とじいちゃんは笑った。
「午後からもうひと頑張り、ね」
と、ばあちゃんに背を叩かれる。力が強いので結構な衝撃だが、嫌な気はしない。
むしろなんだか安心するようで、思わず口元がほころんでしまうのだった。
「ごちそうさまでした」
俺は自転車配達用の軽の後部座席に座って揺さぶられていた。流れる景色は見渡すばかり畑と田んぼ。ちらほらと見える建物は古い日本家屋や、ずいぶん昔に閉店してしまったなにかの直売所ばかりだ。すっかり朽ちてしまった看板はさびて、もともと何が描かれていたのか判別できない。
「わふっ」
足元に置いたケージにはうめずがおとなしく入っている。
先週とは打って変わって静かな休日だ。日差しは柔らかく、時が止まっているのではないかと錯覚してしまいそうなほどに穏やかな空気。
「で、俺はどこに連れられているんだ」
いつもより少し遅めに起きた朝、のんびりと朝ごはんを終えた後、ばあちゃんから電話がかかってきた。ジャージか何か、とりあえず汚れてもいい服装で店の方に来いとのことだった。うめずもつれてきていいとのことらしい。
特にすることもないので、それに素直に従うことにした。学校指定のジャージを着て、うめずを連れて店に向かう。紺地のジャージには、学年ごとに指定された色で名字が刺繍されている。
で、あれよあれよという間にこの状況である。
「柿よ、柿」
「柿?」
「知り合いのとこが収穫作業を手伝ってほしいっていうから。ほら、若者がいた方がはかどるでしょう」
助手席に座るばあちゃんはそうあっけらかんと言い、ハンドルを握るじいちゃんはのんびりと鼻歌を歌っている。通りの少ない道路に設置された信号が赤く点灯した。
「でも俺、収穫したことないけど」
「ああ、収穫と選別は私たちでやるし、春都は収穫したものを運んでくれたらいいよ」
なるほど。力仕事要員か。
信号が青に変わり、車はゆったりと発進する。やがて車の通りも、人の気配がする家も増えてきた。
視界に入る通行人の平均年齢を考えると、最近よく聞く、というかすっかり当たり前のものとして受け入れられている「少子高齢化社会」という言葉の具現化のように思えて仕方なかった。
「よっ……と」
年季の入った薄い水色のケースには柿が山積みになっている。すごく重いが、外で作業するのは気持ちがいい。
俺たちの他にも手伝いに来ている人たちはいたが、俺と同年代らしい人はいなかった。若くても三十代後半か四十代前半ぐらいの人で、その人たちに教えてもらいながら作業に当たる。
今日作業するらしい範囲は途方もなく広い。
一度は町らしく店や家屋が並び始めた通りも、目的地に向かうにつれて再び自然優位の風景に変わり始めた。事故なんかとは無縁のような見晴らしのいい直線道路から望むのは、ところどころ色づき始めた山脈だ。
たどり着いた柿畑は、その山脈に色を付けるものの一つであった。枯れかけた葉がつく木には丸々とした柿が橙色も鮮やかに実っている。それがひたすらに広がっていて、見ただけで気が遠くなりそうだった。
「いやー、はかどるはかどる!」
一緒に作業をしていた人たちがそう言って笑った。
「やっぱり若者がいるとはかどるねえ」
「はあ、そうですか」
「何だ何だ。若者ならもっと元気出さな!」
手伝いも嫌いじゃないし、重いものを運ぶのは疲れるけど苦痛じゃない。でもこういう会話が苦手だ。どうやって返せばいいのか分からない。
若者全員がもれなくはつらつとしていると思っているらしい人たちは、ただ黙々と作業をする俺が珍しいのか、それか、自分たちのいいように俺を扱いたいのか。たぶんそのどれでもない。何も考えてないんだろう。会話のテンプレートというものか。
そう考えると、こっちもむきになるのは得策じゃない。こういう時は「否定しない」という選択をするのが賢いやり方だろう。
「ふぅ~……」
人がいないのを確認してから、伸びをして腰をさする。下手に人前ですると「若者なのにそんなことしちゃだめだろう」と笑われる。
若かろうが何だろうが腰は痛くなるっての。
ま、全員が全員「若者だから」攻撃を仕掛けてくるわけではないのは救いだった。「西本さんちのお孫さん」として扱ってくれる人とはうまく話せる。
「つくづく人づきあいが下手だなあ、俺」
みんな悪い人ではないのだが、どうも俺とは波長が合わないらしい。
まあ、そのことについて深く考えても仕方ない。人間だし、合う合わんはあるだろう。とりあえず今目の前にあるケース二つを運んだら、行かなければならないところがある。
ばあちゃんに呼ばれたその場所は、ずいぶんなじみ深い香りと音に満ちていた。
コトコト湯が沸く音、包丁で野菜を切る音、何かを炒めているのか香ばしい香り。台所ではばあちゃんをはじめ、手伝いに来ていた女性陣が昼飯の準備をしていた。
「よし来たね、春都」
ばあちゃんはそう言って笑うと、エプロンを差し出した。ばあちゃんが使っているやつの色違いだ。
「なにすればいい」
素直にそれをつけ、指示を仰ぐ。
「春都、卵焼き得意でしょ。作ってくれる?」
「分かった。味付けは?」
「甘くていいよ」
使い慣れない台所だが、まあ、なんとなく勝手は分かる。
ボウルに卵を四つ割り入れ、カラザをとって少し混ぜたら、砂糖を入れる。塩は少々。砂糖の塊が残らないように丁寧に混ぜて、火にかけて油をひいたフライパンで焼いていく。
やり慣れた動作は落ち着く。慣れないことばかりしていると、普段やっていることや見慣れたものが妙に愛おしくなるものだ。
「いくつ焼く?」
「そうね、三つぐらいかな」
料理を作る間は誰も話しかけてこない。それがなんだか心地よかった。
卵焼きを焼きながら見るのは、手際良く作られていくおにぎり。シンプルな塩おにぎりは三角や俵型と様々な形をしている。そう言えば四角いおにぎりはあまり見ない。その代わり、卵焼きが四角いのかな、なんて。
よし、できた。
ご飯は外で食べるらしい。柿畑の横の方に簡易的なテーブルと椅子をこしらえて、俺はじいちゃんとばあちゃんの間に滑り込む。
「それじゃ、いただきます」
みんな一斉におかずやおにぎりに手を伸ばす。なんとなく遠慮して何も取れないでいると、ばあちゃんが「おにぎり、いくつ欲しい?」と聞いてくれた。
「えっと、三つ」
「はいはい。おかずは全部取ろうか」
「ありがとう」
自分が焼いた卵焼きに、サツマイモを茹でたもの、そして小松菜と豚肉を塩コショウで炒めたやつ。シンプルだが、うまそうだ。
まずはおにぎり。塩がきいていておいしい。結構汗をかいたのでこの塩分がうれしいな。
小松菜は程よい苦みとみずみずしさがいい。豚肉のほのかな甘みと塩コショウがよく合う。うま味たっぷりだ。
サツマイモは甘い。ほくほくで、塩ゆでされているらしく、ほんのり塩味がまた甘さを引き立てているのだ。
卵焼きはすごく落ち着く。自分で作っておいてなんだけど、ほっとするなあ。
気づけば遠慮していたことも忘れて、食べるのに夢中になっていた。
「いい食べっぷりだ」
隣でじいちゃんがそう言った。
「頑張ってくれたんだな」
卵焼きも上等だ、とじいちゃんは笑った。
「午後からもうひと頑張り、ね」
と、ばあちゃんに背を叩かれる。力が強いので結構な衝撃だが、嫌な気はしない。
むしろなんだか安心するようで、思わず口元がほころんでしまうのだった。
「ごちそうさまでした」
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