125 / 854
日常
第百二十五話 鶏南蛮そば
しおりを挟む
途端に朝晩が冷え込むようになってきた。冬服、出しておいて正解だったな。
こういう季節は極力教室から出ないで、予習するなり読書するなり、じっとしているに限る。
この間、学校の図書館で借りた本は面白かった。本棚の隅の方に追いやられ、古い匂いがする本。しばらく誰も読んでいないのだろうなあ、というのは一目瞭然だった。図書館に所蔵された年がそれぞれの本には押印されているのだが、そこまで昔ではないものの、最近とはいいがたいぐらいであった。
シリーズものだったのでとりあえず一冊借りたのだが、これがなかなかに面白い。今朝の休み時間で読み終わったので、続きを借りに行こう。同じ作家で、また違うシリーズ物もあったからそっちも読んでみたい。
教室に暖房はまだついていないが、人の熱気である程度は暖かいものだ。しかし一歩廊下に出れば、うっすらと浮かんでいた汗がさっと冷えて寒い。
「こりゃ体調も崩すよなあ……」
最近は体調不良で学校を休むやつも増えてきた。かくいう俺もこの温度差に少々堪えている。本格的に体調を崩さないようにしないといけないなあ。
皆勤賞には興味ないけど、風邪ひくとしんどいし。
「失礼しまーす……」
図書館に入るとき、特別挨拶をしなければいけないということではないのだが、職員室なんかに入るときは一言声をかけなければいけないので、つい言ってしまう。
本を返し、続きを借りるために本棚に向かう。
今日は利用者も少ないみたいで、カウンター当番は暇そうだった。先生はどこかに行っているらしい。姿を見かけなかった。
「えーっと、ああ、あった」
先日、俺が借りた時と同じ形でその本はあった。まあ、今まで誰も借りていなかったようだし、今更だとは思うが、万が一借りられていたらどうしようかとは思っていた。シリーズ物はできるだけ途切れることなく読みたいものだ。
基本はミステリーで、登場人物同士の掛け合いが面白い。表現もきれいだし、ちょっと難しかったりややこしかったりする漢字も多いのだが、その辺は何度も読んでいれば慣れる。
そして何より、飯の描写が秀逸だ。読んでいたら腹が減る。
登場頻度は少ないが、食事のシーンは何度も読み返した。もうちょっと書いてくれてもいいのになあ、と思うくらいだ。
さて、せっかく利用者も少ないし、静かだし、ここでしばらく読んでいこうか。
「お、ちょうどよかった」
本から意識を引き戻したのは、漆原先生の声だった。
「なんですか?」
「君に渡そうと思っていたものがあってね」
そう言って先生はコルク色の封筒を取り出した。
「あ、これ。こないだの」
中に入っていたのは一枚の写真だった。季節外れのサンタクロースとトナカイ三匹――もとい、こないだのハロウィーンでそれはもう嬉々として仮装した咲良と百瀬、それに巻き込まれて半ばあきらめた顔をした俺と朝比奈が写っている。
「よく撮れているだろう?」
「そうですね」
「いい写真だったから、その日のうちに現像してきたんだ」
そう言って先生は満足げにニコニコと笑った。こないだ先生の所に行ったら撮られたんだっけ。結局、先生からは飴をもらった。
「よかったら他の三人にも持って行ってくれないか」
「はあ、いいですよ」
同じ封筒を三枚預かる。
時計を見れば、昼休みが終わるにはまだ時間があった。今から渡しに行くとするか。
「何なら引き伸ばして図書館のハロウィン特集やクリスマス特集の展示に使ってもよかったんだがな?」
先生のその楽し気な言葉には、笑ってこう返すほかなかった。
「それだけは勘弁してください」
とりあえず咲良のところへ行こう。今日は五時間目に単語テストがあるからと教室に帰っていたはずだ。
「咲良」
こっちのクラスも最近席替えしたらしく、咲良は一番後ろの席になっていた。声をかけやすいのでとてもいい。
「おー、春都。どしたー?」
単語帳を片手に咲良はやってきた。
「これ、漆原先生が。こないだの写真だって」
「あれかー! 現像してくれたんだな~。サンキュー」
どれどれ、と咲良はさっそく中身を取り出す。
「あはは、いいね、これ。すごくいい」
「朝比奈と百瀬にも渡しに行かなきゃならん」
「あ、俺ついてくるー」
と、咲良は単語帳を机の上において戻ってくる。
「勉強はいいのか」
「まあ、何とかなるでしょ!」
多分何とかならない確率の方が高い気もするが、いつものことなのでもう何も言わない。
せっかくついてくるんだ。しっかり使ってやろう。
この時期の風呂は身に染みる。知らず知らずのうちに芯まで冷え切った体が、じわじわと温まっていくのは気持ちがいい。
そして当然、体の中からも温めたくなるものだ。
というわけで今日の晩飯はそばにする。しかもいつもよりちょっといいやつ。鶏南蛮そばだ。レシピはちゃんと調べたから大丈夫だ、たぶん。
長ネギを三センチぐらいに切り分け、鶏むね肉と一緒に焼く。しっかり焼き目がついたらそこに、だし汁、みりん、醤油、酒を入れてひと煮立ちさせる。ちょっと一味唐辛子を入れたら出汁は完成である。
別に湯がいておいたそばを椀に入れ、そこに出汁をかけたら出来上がりだ。
「いただきます」
いつも食べている出汁の香りより甘い香り。鶏に限らず、南蛮そばとかいうのは甘めの出汁のイメージがある。
甘いといってもスイーツの様な甘さではなく、醤油のコクと鶏のうま味、そしてみりんのまろやかさが心地よい甘さだ。そばの食感ともよく合う。最後に入れた一味唐辛子がうまいこと味を引き締めている。
そして何より、具も一緒に食いたい。鶏はほろっとしていて、味がしっかり染みている。ネギはしゃきっとしていながら、とろりとした甘みが染み出してくる。
「は~……あったか……」
「わふっ」
先にご飯を食べ終わったらしいうめずが足元にすり寄ってきた。うっすらと拍動を感じる温かさが触れ、心地いい。
そろそろこたつで飯を食いたくなる季節だなあ。
ぬくもりが口から食道を通って、おなかがじんわりと温まる。出汁の香りとうま味がほっとする。なんだか眠くなってきてしまった。
さて、片づけたら早いとこ寝てしまおう。寝不足は健康の大敵だ。
「ごちそうさまでした」
こういう季節は極力教室から出ないで、予習するなり読書するなり、じっとしているに限る。
この間、学校の図書館で借りた本は面白かった。本棚の隅の方に追いやられ、古い匂いがする本。しばらく誰も読んでいないのだろうなあ、というのは一目瞭然だった。図書館に所蔵された年がそれぞれの本には押印されているのだが、そこまで昔ではないものの、最近とはいいがたいぐらいであった。
シリーズものだったのでとりあえず一冊借りたのだが、これがなかなかに面白い。今朝の休み時間で読み終わったので、続きを借りに行こう。同じ作家で、また違うシリーズ物もあったからそっちも読んでみたい。
教室に暖房はまだついていないが、人の熱気である程度は暖かいものだ。しかし一歩廊下に出れば、うっすらと浮かんでいた汗がさっと冷えて寒い。
「こりゃ体調も崩すよなあ……」
最近は体調不良で学校を休むやつも増えてきた。かくいう俺もこの温度差に少々堪えている。本格的に体調を崩さないようにしないといけないなあ。
皆勤賞には興味ないけど、風邪ひくとしんどいし。
「失礼しまーす……」
図書館に入るとき、特別挨拶をしなければいけないということではないのだが、職員室なんかに入るときは一言声をかけなければいけないので、つい言ってしまう。
本を返し、続きを借りるために本棚に向かう。
今日は利用者も少ないみたいで、カウンター当番は暇そうだった。先生はどこかに行っているらしい。姿を見かけなかった。
「えーっと、ああ、あった」
先日、俺が借りた時と同じ形でその本はあった。まあ、今まで誰も借りていなかったようだし、今更だとは思うが、万が一借りられていたらどうしようかとは思っていた。シリーズ物はできるだけ途切れることなく読みたいものだ。
基本はミステリーで、登場人物同士の掛け合いが面白い。表現もきれいだし、ちょっと難しかったりややこしかったりする漢字も多いのだが、その辺は何度も読んでいれば慣れる。
そして何より、飯の描写が秀逸だ。読んでいたら腹が減る。
登場頻度は少ないが、食事のシーンは何度も読み返した。もうちょっと書いてくれてもいいのになあ、と思うくらいだ。
さて、せっかく利用者も少ないし、静かだし、ここでしばらく読んでいこうか。
「お、ちょうどよかった」
本から意識を引き戻したのは、漆原先生の声だった。
「なんですか?」
「君に渡そうと思っていたものがあってね」
そう言って先生はコルク色の封筒を取り出した。
「あ、これ。こないだの」
中に入っていたのは一枚の写真だった。季節外れのサンタクロースとトナカイ三匹――もとい、こないだのハロウィーンでそれはもう嬉々として仮装した咲良と百瀬、それに巻き込まれて半ばあきらめた顔をした俺と朝比奈が写っている。
「よく撮れているだろう?」
「そうですね」
「いい写真だったから、その日のうちに現像してきたんだ」
そう言って先生は満足げにニコニコと笑った。こないだ先生の所に行ったら撮られたんだっけ。結局、先生からは飴をもらった。
「よかったら他の三人にも持って行ってくれないか」
「はあ、いいですよ」
同じ封筒を三枚預かる。
時計を見れば、昼休みが終わるにはまだ時間があった。今から渡しに行くとするか。
「何なら引き伸ばして図書館のハロウィン特集やクリスマス特集の展示に使ってもよかったんだがな?」
先生のその楽し気な言葉には、笑ってこう返すほかなかった。
「それだけは勘弁してください」
とりあえず咲良のところへ行こう。今日は五時間目に単語テストがあるからと教室に帰っていたはずだ。
「咲良」
こっちのクラスも最近席替えしたらしく、咲良は一番後ろの席になっていた。声をかけやすいのでとてもいい。
「おー、春都。どしたー?」
単語帳を片手に咲良はやってきた。
「これ、漆原先生が。こないだの写真だって」
「あれかー! 現像してくれたんだな~。サンキュー」
どれどれ、と咲良はさっそく中身を取り出す。
「あはは、いいね、これ。すごくいい」
「朝比奈と百瀬にも渡しに行かなきゃならん」
「あ、俺ついてくるー」
と、咲良は単語帳を机の上において戻ってくる。
「勉強はいいのか」
「まあ、何とかなるでしょ!」
多分何とかならない確率の方が高い気もするが、いつものことなのでもう何も言わない。
せっかくついてくるんだ。しっかり使ってやろう。
この時期の風呂は身に染みる。知らず知らずのうちに芯まで冷え切った体が、じわじわと温まっていくのは気持ちがいい。
そして当然、体の中からも温めたくなるものだ。
というわけで今日の晩飯はそばにする。しかもいつもよりちょっといいやつ。鶏南蛮そばだ。レシピはちゃんと調べたから大丈夫だ、たぶん。
長ネギを三センチぐらいに切り分け、鶏むね肉と一緒に焼く。しっかり焼き目がついたらそこに、だし汁、みりん、醤油、酒を入れてひと煮立ちさせる。ちょっと一味唐辛子を入れたら出汁は完成である。
別に湯がいておいたそばを椀に入れ、そこに出汁をかけたら出来上がりだ。
「いただきます」
いつも食べている出汁の香りより甘い香り。鶏に限らず、南蛮そばとかいうのは甘めの出汁のイメージがある。
甘いといってもスイーツの様な甘さではなく、醤油のコクと鶏のうま味、そしてみりんのまろやかさが心地よい甘さだ。そばの食感ともよく合う。最後に入れた一味唐辛子がうまいこと味を引き締めている。
そして何より、具も一緒に食いたい。鶏はほろっとしていて、味がしっかり染みている。ネギはしゃきっとしていながら、とろりとした甘みが染み出してくる。
「は~……あったか……」
「わふっ」
先にご飯を食べ終わったらしいうめずが足元にすり寄ってきた。うっすらと拍動を感じる温かさが触れ、心地いい。
そろそろこたつで飯を食いたくなる季節だなあ。
ぬくもりが口から食道を通って、おなかがじんわりと温まる。出汁の香りとうま味がほっとする。なんだか眠くなってきてしまった。
さて、片づけたら早いとこ寝てしまおう。寝不足は健康の大敵だ。
「ごちそうさまでした」
12
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる