一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百二十話 ドリア

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 テスト期間中は朝課外がない。それで気が抜けて遅刻ギリギリのやつが多くなるが、その気持ちも分からなくもない。いつもより一時間ぐらいのんびりできるんだからな。

 そうなると家を出るころには若干日も差して、気分がいいというものだ。

 吹く風は相変わらず冷たさを増しつつあるが、ポカポカとした日の光がじんわりと体に染み入ってくる。

 こんな日は、家でのんびり過ごしたいものだがなあ。まあ、そううまくはいかないものだ。

 そしてテスト期間中は挨拶運動も行われていない。しかし、門の向こうには先生らしき人の姿があった。しっかりカーディガンを着て、手にはほうきを持っている。ああ、あそこ、いっつも落ち葉がたまってるんだよなあ。

「あ、なんだ。石上先生じゃん」

 丁寧に、その実、少々面倒くさそうに掃除をしているのは石上先生だった。

「おはようございます」

「ん? やあ、一条君。おはよう」

 先生はいったん手を止めると俺の方を向いた。

「掃除ですか」

「ああ。掃除当番だけでは追い付かないからな。時間があるときはやっているんだ」

 見れば先生の近くには、枯葉が盛りに盛られたリアカーがあった。これ、ちょっと乗ってみたいんだよな。乗り物ではないけど。

「あ、これ。うちで修理したやつか」

 そういや俺がまだ中学生の頃、この学校が建て替え工事があるとかで使うから、と店の方にこのリアカーが来ていたのを思い出した。じいちゃんとばあちゃんが結構大変そうだった。

「うちで?」

 不思議そうに聞いてくる先生に説明すると、先生は「へえ」と少し驚いた様子だった。

「それは驚いた」

「案外覚えてるもんですね。まあ、誰が持ってきたかは知らないんですけど」

「多分それは俺だな」

 今度はこちらが驚く番だ。

「え、そうなんですか?」

「ああ、電話してみたら快く修理を引き受けてくれてね。あの時はお世話になりました」

 へえ、そんな偶然って、あるもんなんだなあ。

「不思議なものですねえ」

「なあ、不思議だよなあ」

 と、その時、予鈴が鳴った。

 朝課外がない日は、俺もなかなか遅めに来ているので、たまにダッシュしないと間に合わないときもある。

 こういう時だけは、いつもより速く走れるんだ。なぜか。



 クラスによっては月に一度ぐらいのペースで席替えをやっているらしい。ちなみに俺のクラスは先生の気分次第だ。

 最近行われたクラス替えで、今度は廊下側の窓際の席になった。なんというか極端だ。隙間風が寒くてかなわない。

 二時間目と三時間目の間の十分休み。換気のために窓が開けられ、廊下がよく見えるし寒い。

「やっほー、一条」

 窓からぴょこんと顔を出したのは百瀬だ。

「お、百瀬」

「いいねーここ、話しかけやすい」

 そう言って、百瀬は窓の縁に体重をかける格好になる。

「そうだ。俺、渡すものがあってきたんだ」

 百瀬がひょいと差し出したのは、きれいにラッピングされた小さなお菓子だった。

 ラグビーボール型で、濃い黄色、照りっとした表面。

「スイートポテト?」

「そ、作ってみた」

「ほお」

 ラッピングは妹監修、と付け加える百瀬。

「最近おすそ分けでサツマイモめっちゃもらうからさあ、作ってみようと思って」

「ああ、やっぱどこでもサツマイモもらってんだな」

「あ、春都も? この時期はねえ」

「どこでもいっしょだな」

 それにしても同じサツマイモでも、手に渡った人によってこれほどの変貌を遂げるとは。面白いもんだなあ。

「ありがとな」

「いやあ、形を作るのが楽しすぎて大量に作っちゃってさ。井上達にも渡してくる!」

 百瀬は「じゃっ!」と言うと早々に立ち去って行った。

 ちょうど腹減ってたし、今食うか。

「スイートポテトか……」

 自分ではあまり買わない類のお菓子だ。やわらかくて、舌触りが滑らかだ。トロッとした甘さがおいしい。

 思ったよりもくどくない。結構イモの甘味そのままって感じのスイートポテトだ。

 これはいいものをもらったな。



 しかし、最近はイモを大量に食っている。晩飯には絶対使ってたし、ちょっとイモから離れてみるのもありか。

 というわけで今日はドリアにする。それも、米粉と豆乳で作ってみよう。

 まずはソースから作る。玉ねぎを薄くスライスし、今日はベーコンを使う。ベーコンはうま味が出ていいんだ。フライパンにオリーブオイルをひいて、ベーコン、玉ねぎを炒める。そこに米粉を入れ、豆乳を注ぎ、米粉が溶けてしまったら塩コショウで味を調える。

 コトコトしばらくとろみが出るまで火にかけたら、少し味見をしてみる。……うん、こんなもんだろう。

 グラタン皿を水にくぐらせ、ご飯を入れる。こうすると洗う時が楽だ。ちょっと醤油を垂らしたご飯の上にソースをのせチーズをかけたら、オーブントースターで焼く。

 じりじりとチーズが焼けていく様子は見ていて飽きない。

 焼きあがったらやけどしないように取り出す。うん、うまく焼けたみたいだ。

「いただきます」

 パリッとしたチーズにスプーンを入れる瞬間はいつもワクワクする。

「おお」

 とろぉっと伸びる。

 その熱さを物語るように湯気が立ち上っている。ふうふうと少し冷まして、一口。

 牛乳よりもさっぱりとした風味ながら、うま味はしっかりとある。ベーコンもいい感じの噛み応えで、じんわりと脂が染み出してくる。

 玉ねぎは意外にも食感が残っている。甘くておいしい。

 ご飯は熱々だな。チーズの焦げ目と一緒に食うのがうまい。チーズの歯ごたえとうま味のある塩気がたまらない。しっかりソースが染みてトロトロになったところもいい。醤油をかけていたからちょっと和風っぽくもある。

 ああ、これにサツマイモ入れるのもよさそうだ。

 なんだかんだいってうまいんだよなあ、サツマイモ。豆乳もチーズもまだあるし、今度はサツマイモを入れて作ってみようか。



「ごちそうさまでした」

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