一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百十五話 シュークリーム

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 バンバンと床にバスケットボールが打ち付けられる音が体育館中に響き渡る。

 バスケ部のやつらを筆頭に運動神経抜群な方々が縦横無尽にコートの中を駆けまわる光景は、見ているだけで十分だ。俺はおとなしくすみっこにいよう。

 出入り口付近に陣取って、極力人に見つからない場所の壁にもたれかかる。緑色のメッシュ素材のカーテンは束ねられると結構な重さで、その裏は絶好の隠れ場所だ。でも一応見つかったときのためにボールは持っておくことにする。

 吹き込む風が冷たい。ジャージ、持ってきといてよかった。

 校舎の二階部分にあたる高さの体育館からは、運動場と学校周辺の住宅街がよく見える。外に意識をやれば、体育館内の喧騒はどこかへ行ってしまう。

 門の外で流れる時間は、ずいぶんゆったりしているように思える。学校の、チャイムで仕切られた時間の流れは、ほんの門一つ隔てただけなのに、切り離されたようなせわしさがある。そんな場所から外の景色を見ると、なんとなくそわそわするんだよなあ。

 この時間、結構好きだ。

 と、急にホイッスルの音が鳴り響き、強制的に意識が体育館に戻される。

「はーい、チーム交代!」

 交代したところで俺の出番はない。

 時計を見る。授業が終わるまで、あと三十分か……暇だが、ミニゲームに参加するつもりは毛頭ない。

 せいぜい流れ弾に当たらないように気を付けておくとしよう。



「クラスマッチは中止にはならないか」

「そうだなあ」

 体育が終わってすぐ昼休みだったので、さっさと着替えて咲良と食堂へ向かう。

「お前、帰ってくるのも着替えるのも早かったな」

「どうやったら最速で飯が食えるか考えてた」

「お前らしいな」

 動いてはいないが心労で腹が減った。弁当だけじゃ午後は持ちそうにない。なんかおかずを足すか、それともお菓子でも買うか……。

「一年がサッカーだったか? 屋外だろ。雨降ったら中止になるんじゃないか」

 去年は、唯一の屋外競技、サッカーを選んだ学年がなく雨天の場合についてのスケジュールが分からない。

「あー、それなあ……」

 階段を下りながら咲良が言う。

「三年がバレーだろ? だから卓球場が空いてるじゃん。雨の場合、そっちに変更って先生たちが話してた」

「なーるほどなあ~」

 うまい話だ。

 バスケとバレーは体育館を半分に仕切って同時進行でできるし、卓球場はまた別にあるから、何が何でもクラスマッチは決行できるようになっているということか。

 何もそこまで気合を入れなくてもいいのに。



 さて、今日は久しぶりに店の方に行ってみるか。一度家に帰って、うめずの散歩がてら寄ることにしよう。

 そういや最近、ばあちゃん、うちに来てないなあ。

 薄暗い中、道路には帰宅する車のヘッドライトが連なっている。眩しい。この辺は結構スピード出す車もいるから気を付けないと。

 六時過ぎ、そろそろ店も閉まるころかな。

「あれ?」

 こうこうと明かりがついている。というか片付けもまだ終わってない?

「おお、春都来たか」

「どしたのじいちゃん。珍しく遅くまで開いてるね」

「最近はお客さんが多くてなあ」

 さっき配達から帰ってきた、とじいちゃんは楽しげに笑う。

「あらあ、春都。来てたの」

 家の中からばあちゃんが出てくる。うめずはじいちゃんに飛びついていた。

「や、最近うちに来ないなあって思って」

「そう、行こうとは思ってたんだけど何かと忙しくて」

 うめずは次にばあちゃんに飛びついた。

「わふっ!」

「うめず~、元気しとるね~」

「そんなに多いんだ」

 自転車の片づけを手伝いながら聞くと、じいちゃんは店の両脇に立てていた旗を片付けながら答えた。

「気候が良くなってきたからな」

「なるほど」

 確かに寒くはなってきているが、昼間はどちらかというと活動するには適した気温だ。

 シャッターを閉め、道路を走る車の音が遠のいた店内。でも車が通るたびに風は起きるから、シャッターがガタガタと鳴る。

「お客さんからもらったお菓子があるから食べていき」

「お、いいの。やった」

 一足先に家にあがっていたうめずは、テレビの前で丸くなっていた。夕方のワイドショー、見慣れたアナウンサーが今日のニュースを伝えている。

「冷蔵庫に入ってるよ」

 さてさて、お菓子とはいったい何かな。

「シュークリーム」

 これまた大きなシュークリームが四つも入っている。期間限定かぼちゃクリーム、それと普通のカスタードと生クリームのやつ。かぼちゃの方はパッケージがジャックオランタンだ。

 どうしよう。どれがいいかなあ……。

「二つ食べていいよ。かぼちゃと普通の、どっちも気になってるんでしょ」

 なぜばれた。

 まったく、ばあちゃんの前では何も隠し事ができない。お言葉に甘えて、二つともいただくとしよう。

 じいちゃんが三人分の緑茶を入れてくれた。ホワンとたゆたう湯気がなんだか幸せだ。

「いただきます」

 まずは普通のやつから。

 シュークリームはクッキー生地っぽいのとふわふわしたのと色々ある。これはふわふわしたタイプのやつだ。ガブッとかぶりつけば、中のクリームが勢いよく口にあふれ出す。

 カスタードのまったりとした甘さにバニラビーンズの風味がおいしい。生クリームはしつこくなくて、カスタードとよく合う。生地も歯切れがいいし、シュワッとした口当たりがシュークリームらしい。

 ズズッと緑茶をすする。あ、以外と合う。緑茶のほんのりとした苦みと渋みがクリームの甘さを優しく溶かしていく。

 さて、次はかぼちゃクリーム。ん、これ、シュー生地が紫だ。紫イモパウダーを使っているらしい。

 中のクリームは鮮やかな黄色で、紫の生地とのコントラストがまぶしい。どこかイモっぽい風味のかぼちゃのクリームは自然な甘さがおいしい。紫イモの味はよく分からないが、紫色のお菓子を食べるのはなんだか楽しい。

「今日もくたびれたな」

「ねー、何かと。甘いものがおいしい」

 じいちゃんとばあちゃんも半分ずつに分けてシュークリームを食べている。

「ご飯作っといてよかった」

 そっか、お店だけじゃなくて家のこともしないといけないから疲れるよな。

 なんかそう考えると俺、すごく二人に甘えてる気がする。

 これからはなるべく顔を出そう。そんで、大したものは作れないかもしれないけど、なんか飯、作ることにしよう。



「ごちそうさまでした」

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