一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第百六話 駄菓子

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「え⁉ 朝比奈お前……」

 図書館で四人そろって話していると、ある話になったのだが、それに対する朝比奈の言葉に咲良と百瀬は驚いた声を上げた。

 かくいう俺も、少々驚いたものだが。

「駄菓子食ったことねえの⁉」

「……うん」

 びっくりした俺たちにびっくりする朝比奈。

「まあそういうやつもいるか。でも、そっか……食ったことねえのか」

「自分たちの当たり前が当たり前じゃないって、こういうことだよな~」

「なんだ。楽しそうな話をしているな?」

 暇を持て余した漆原先生がこちらにやってきた。

「いやー、実は朝比奈が……」

 かくかくしかじか、咲良が話すと先生は楽しげに笑った。

「へえ、なるほどねえ」

「家にはいつも何かしらお菓子があったから……」

 自分で買うタイミングが、と朝比奈はつぶやく。

 さすが医者の息子というか、まあ、あんな家見たら駄菓子とは無縁だと言われても納得してしまうよなあ。

「言うて俺もあんま駄菓子食ってねえから朝比奈のこと言えねえけど」

 そう言うと、咲良と百瀬は視線をこちらに向けた。

「えっ、ここにもいた」

「駄菓子は子どものロマンでしょ!」

 俺の場合は自分で買わなくても、じいちゃんばあちゃんが何かとくれたからなあ……。

「ふむ……」

 先生は黙って俺たちの会話を聞いていたが、面白そうに笑ってこう提案した。

「だったらみんなで駄菓子屋に行ったらどうだ?」

「え?」

 揃って先生を振り返る。

「ほら、学校の近くにあるだろう?」

「あー……でも小学生多いっすよ」

「明日はうちの学校、午前中で終わるじゃないか」

 すると咲良と百瀬が張り切った様子で「それだ!」と目を輝かせた。

「帰りに寄って帰ろうぜ! 明日!」

「なんでも物は試しだからさ!」

 確かに、朝比奈の駄菓子デビューの瞬間は見てみたい気がする。

「まあ、そうだな。行ってみるか」

 朝比奈も乗り気の様だ。

 駄菓子屋かあ……いつぶりだろうなあ。



 わずかに明滅を繰り返す蛍光灯、BGMは空調機器の音、古い木のにおいが充満する店内に入るのは小学生のころぶりだったと思い出した。

 木枠の箱に入れられた、カラフルなお菓子の数々、棚の上には濃いオレンジ色のふたのビニールケースが並んでいる。中にあるのは……串にささっているげそか?

 お菓子だけではなくておもちゃも並んでいる。竹で編まれたかごに入っているのはビー玉やめんこのようだ。

「駄菓子屋……本で読んだことはあるが、入るのは初めてだ」

「えっ、そこからなんだ。結構付き合い長いけど、初耳だわ」

 物珍しそうに店内を見回す朝比奈とその朝比奈の発言に衝撃を受ける百瀬。

 それにしても、小学生どころか俺たちの他に客もいないというのはいいな。ゆっくり買い物ができる。

「おーい、春都。こっち来いよ」

「ん」

 竹籠の買い物かごを渡され、咲良と揃ってお菓子を眺める。

「駄菓子といえば、あたり付きのやつだよな」

 例えば、と咲良はあるお菓子を一つつまんだ。

 いかにも着色料バリバリ使ってますよという色合いの小さなグミ。もはや蛍光色じゃん。

「コーラとソーダがある」

「それ食ったことある。当たった試しないけど」

「まじ? 俺結構当たるよ」

 俺はこっちが好きだ。ラーメンの麺のスナック。これもあたり付きでひとつひとつが小さいのでいくつか買う。

「俺さー、子どもの頃から思ってたんだけど」

 そう言って咲良が手に取ったのはビニールケース。

「これ丸ごと買うのあこがれ」

「分かる」

「な? げそ、ホタテ、あめ……どれ買うかって考えるだけでテンション上がる~」

「さすがに若いねえ」

 突然飛んできた声に、咲良と揃って肩を震わせる。

 見れば会計のテーブルにちょこんとおばあさんがいた。

「それを丸ごと買って食べられるのは、若いうちだけよぉ」

「あー、確かにそうですね」

「あっ、おばあちゃん、俺、これやりたい!」

 百瀬が指さしたのはフルーツのイラストが描かれた箱。

「フルーツあめだ」

「みんなで運試しといこうじゃん?」

 確かこれ、糸についた飴なんだよな。くじ引きみたいにして引くんだけど、大きいのと小さいのとあるんだ。

「じゃ、まずは貴志!」

「俺か……?」

 朝比奈が百瀬に背を押され、恐る恐る糸を選ぶ。

 小さいイチゴ味、みかん味、でかいパイナップル味とフルーツあめに紛れ込んだジュース、ソーダ味。

 朝比奈が引いたのはパイナップル味だった。

「おおー当たり!」

 俺はイチゴだった。まあ、この中で一番好きな味なんだよな。

「きな粉棒もあるよ」

「これもあたり付きだよな!」

 単価がべらぼうに安いのであれこれとつい買ってしまう。

 結局店を出るころには結構な量になっていた。咲良に至ってはメロンソーダも買ってるし。

 近くの公園のテーブルについて、さっそく実食だ。

「いっただきまーす」

 まずはあたり付きのラーメンスナック。過剰なほどの塩気が駄菓子らしい。

「んー、はずれ」

「ありゃ、俺もだ」

 隣に座る咲良はグミを食っていた。

「あー、この味この味。たまに無性に食いたくなるんだ」

「朝比奈は何買ったんだ?」

 向かいに座る朝比奈の手には、たばこの箱のようなものが握られていた。ああ、あれね。

「なんか、スーッとする」

「お、たばこの! それうまいよな!」

 たばこを模したお菓子で、中身はただの砂糖菓子だ。タバコ吸ってるマネしてたなあ。遠足の時、先生に怒られてたっけ。

 一人では食べきれる自信がないからと一本もらった。確かに、駄菓子は食べ慣れていないと、数多くは意外と食べきれないものだな。

 ぽきっといい食感。ココアっぽい風味にスーッと通るミントの感じ。

「ね、これしようや」

 百瀬が差し出して来たのは丸いガム。淡い茶色なところを見るあたり、コーラ味か。となると……。

「あれか。一つだけ酸っぱいやつ」

「せいかーい」

 にやりといたずらっぽく百瀬が笑う。

「しかもこれ、新しくなってるみたいで。酸っぱさ倍増だって」

「あれ結構やべーぐらい酸っぱいよな?」

「嘘だろさらに酸っぱくなってんのか」

 じゃんけんをして勝った順に選んでいく。

「いいか、せーので食うぞ……せーの!」

 柔らかいガムの中にはシロップが入っている。これが運命の分かれ目なわけだが……。

「甘い」

「甘いぞ!」

「甘いねえ」

 俺、咲良、百瀬は無事だった。となると……。

 揃って朝比奈に目を向けると、何とも複雑そうな表情を浮かべていた。思わず吹き出してしまいそうになる。

「……すっぱい」

「あはは! 朝比奈大当たり~」

「はずれじゃなくて?」

 身震いするほどの酸味だろう。朝比奈はしばらく放心状態だったが、ふふっと笑った。

「なにこれ……すっぱ……」

「チョコやるよ」

 百瀬が差し出したのは小さな正方形のチョコレート。あれ、中身確かキャラメルだったよな。

 さて、俺はきな粉棒を。つま楊枝に刺さっていて、食べやすい。

 小学生の頃は苦手だったけど、結構いけるな。もうほんと、きな粉かためましたーって感じの味。ほろほろしてんだな。

「あ、当たった」

 つまようじの先が赤い。

「おー、じゃあ帰りに交換して帰ろうぜ。俺もやっとグミ、当たった」

 と、咲良が嬉しそうに笑ってふたを見せてくる。確かに薄く「もう一個!」と書かれている。

「あ、俺も当たった!」

 百瀬はさっきのとはまた違うチョコレートを開けていた。

「もう一個だってー」

「……俺も」

 朝比奈は小さなパックに詰められた小粒なラムネ菓子。

「一個、あたりだ」

「じゃー、みんな何かしら当たったんだな!」

「なんかすげえな」

 駄菓子は量が入らないと思ったが、案外そうでもないらしい。

 買った分はすっかり食べてしまった。

 でも、当たりの分がある。ほんと、ちょっとしたことなんだけどなんかうれしいな。



「ごちそうさまでした」

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