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日常
第百二話 焼肉定食
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今日は天気がいい。
「よく乾きそうだ」
洗濯物を干すためにベランダに出る。さあっと吹いた風が心地いい。
どことなく冬の香りをはらむ空気に少し寂しい気分にもなるが、ワクワクするのも否めない。こう、ちょっと非日常って感じがする。
「わふっ」
「お、うめずも風にあたるか」
軽やかな足取りでうめずが隣にやってくる。
つややかできれいな毛並みが風に撫でられて、まるで麦畑のようにさらさらとなびく。
「ふぁふ……」
「眠いのか?」
「わう」
うめずは気持ちよさそうにあくびをしてググッと伸びをすると、そそくさと部屋の中に戻ってしまった。そして窓際の日当たりのいいところに横たわる。
「さーて、今日は何をしようか」
せっかくこうもいい天気だと外に出たくなる。
サイクリングにでも行こうか。
俺の自転車はマンションの駐輪場に停めている。シルバーの通学用自転車だが、めっちゃいいやつで卒業しても余裕で使える代物だ。
中学に入学するときに買ってもらった、というか、じいちゃんとばあちゃんが張り切って組んでくれたんだよな。鍵にはじいちゃんお手製のキーホルダーがついている。チェーンで作ったらしい。これはかなりかっこいい。
サイクリング、と思ったが、どこに行こうか。せっかくだしちょっと遠くまで行きたいよなあ。
あ、そうだ。あっちいこう。町の上の方。ずっと行くと田んぼや畑ばかりの道があって、そこは車の通りも人も少ないから自転車で走るにはもってこいだ。
ほんとは弁当とか持っていきたいけど、今日のところはまあいいだろう。
スマホとか財布なんかの必要最低限の荷物だけ入れたショルダーバッグだけを持っていく。中学の頃は自転車通学で、大量の荷物を持って行ってたなあ。ハンドルとられて危ないんだ、あれ。
「よっと」
ぐん、と踏み込んで前に進む。歩くよりも、走るよりも早く過ぎる景色が面白い。
ひとけのない住宅街を抜けるときは、古めかしい匂いがする。朽ちた木のような、埃っぽいような匂いだ。いくつもの鉢植えが置かれた軒先や、とうにつかわれなくなった部屋で物置になっているであろう二階、かつては賑わっていたのだろうが今は静かにかたく閉ざされた店のシャッター。
人がいたのだろう形跡はあるのに今は何もない、そういう風景は結構好きだ。夜になっても、もう明かりのともらない飲み屋街とか、看板も何もなくなって、生活のためではなく安全管理のためだけに手入れがされる店の跡とか。なんか好きなんだよな。
そんな住宅街を抜ければ、一転、見晴らしがいいどころか、見渡す限り田んぼや畑だけという状況に不安すら感じる景色が広がっている。
でも、空気はすごくきれいなんだよなあ。日が昇りきっても早朝のようなすがすがしさがある。本当に何もないけど。いや、まあちらほらと民家はあるか。でも空き家とかも多いんだ。
それにしても、ちょっと道をそれただけでこんだけの景色が広がってるって不思議な気がする。バンバン車が走る主要道路があると思えば、車どころか人ともすれ違わないような場所がある。
少し走っていくと、なんかの工場の裏側に出る。工場とかも結構好きだ。小学校の工場見学はめちゃくちゃ楽しみだった。ビール工場とか最後にジュースとお菓子もらえたから余計に楽しかった記憶があるなあ。
あと、工場じゃないけど浄水場とかも行ったっけ。ああいう大きな設備を見るとワクワクするんだよ。ちょっとぞっとするというか、怖い部分もあるけど。
田んぼや畑の広がる道を抜け、工場の裏を通り過ぎたら、今度は川に沿って自転車を走らせていく。ここまでくると民家も増えてくるのだが、まあ、田舎だ。時々軽トラとすれ違うと、荷台に柴犬が乗っていることもある。
そしてまた住宅街を抜けると、畑が広がっているのだ。
あ、向こうになんかある。公園か。誰も人いないし自販機もあるみたいだしちょっと休憩していこう。
ここらの公園には決まって藤棚があるよなあ。そういや、まともに咲いたところ見たことあるっけ。今度咲いた時どっか見に行ってみよう。
自販機でお茶を買って、ベンチに座る。
「ほんと、なんもねえな……」
ざざあ……っと風が畑の作物を駆け抜ける音ばかりが聞こえる。あれ、何が植えられてんだろうなあ。
それにしてもずいぶん遠くまで来たな。車で行くとあっという間の距離なのだろうが、自転車で走ると結構時間がかかる。途中、緩やかな坂道になっているところもあって思ったより足にくる。
きょうはここらで引き返そうか。気持ちいいからといって無理に走ると、あとでしんどくなりそうからな。
あー……なんか腹減ったなあ。コンビニで買って帰ろうか。それとも……。
「いらっしゃいませー」
昔、父さんと母さんと何回か一緒に来たことのある店。食堂というか、居酒屋というか。
入って左手はカウンター、右手は座敷、奥にも座敷はあるのだがそっちは飲み会の団体客が主に通される。
今は昼のピーク前らしく、客の姿はまばらだ。そのせいかカウンター席も空いていたのだが俺は右手の座敷に通された。
さて、何を食べよう。
うーん、がっつり食いたいから肉系がいいな。生姜焼きとか肉野菜炒めとか……あ、これにしよう。焼肉定食。ご飯大盛り無料だし、ちょうどいい値段だ。
「すみません」
待っている間はぼーっと店内を眺める。
木造建築で、ずいぶん昔からある店。壁に貼られたメニューは少し色あせていて、何度か値段を上から書き直した跡がある。大きくて豪華な熊手も飾られている。こんなふうにゆったり時間を使えるって贅沢だ。
「お待たせしました」
お、来た来た。薄切りの牛肉を店特製の焼き肉のたれで炒めた焼肉。千切りのキャベツも添えられていて、ボリュームもあっていい。付け合わせには肉じゃが。みそ汁の具は豆腐とわかめか。
「いただきます」
やっぱ最初は肉から。
甘辛いたれがよく絡んだ牛肉。ニンニクとゴマ油の風味が香ばしく、一味のピリッとした刺激がいいアクセントになっている。肉もやわらかくておいしい。ご飯とよく合うなあ。プチッとはじけるゴマもいい。
キャベツにはオレンジ色のドレッシングがかかっている。野菜ベースのドレッシングはとてもまろやかでおいしい。
肉じゃがはうちの味付けとは違うけどいいな。ちょっと甘みが強いのかな。
みそ汁が妙においしい。つるんとしたわかめに、なめらかな絹ごし豆腐。味噌は合わせ味噌らしい。ほっとする味だ。
また肉に戻る。あ、ちょっと脂身。甘みがあっておいしい。
肉と、キャベツも一緒にご飯にのせて一口で食べてみる。ジャキジャキとした食感と肉のうま味、ご飯のほんのりとした甘さが相まっておいしいなあ。
……さて、これからまた自転車をこいで帰らなければいけないのだが、どうしよう。帰り着くころには腹が減りそうだ。
帰りになんか買おうかな。なんかいい感じのあるかなあ。
「ごちそうさまでした」
「よく乾きそうだ」
洗濯物を干すためにベランダに出る。さあっと吹いた風が心地いい。
どことなく冬の香りをはらむ空気に少し寂しい気分にもなるが、ワクワクするのも否めない。こう、ちょっと非日常って感じがする。
「わふっ」
「お、うめずも風にあたるか」
軽やかな足取りでうめずが隣にやってくる。
つややかできれいな毛並みが風に撫でられて、まるで麦畑のようにさらさらとなびく。
「ふぁふ……」
「眠いのか?」
「わう」
うめずは気持ちよさそうにあくびをしてググッと伸びをすると、そそくさと部屋の中に戻ってしまった。そして窓際の日当たりのいいところに横たわる。
「さーて、今日は何をしようか」
せっかくこうもいい天気だと外に出たくなる。
サイクリングにでも行こうか。
俺の自転車はマンションの駐輪場に停めている。シルバーの通学用自転車だが、めっちゃいいやつで卒業しても余裕で使える代物だ。
中学に入学するときに買ってもらった、というか、じいちゃんとばあちゃんが張り切って組んでくれたんだよな。鍵にはじいちゃんお手製のキーホルダーがついている。チェーンで作ったらしい。これはかなりかっこいい。
サイクリング、と思ったが、どこに行こうか。せっかくだしちょっと遠くまで行きたいよなあ。
あ、そうだ。あっちいこう。町の上の方。ずっと行くと田んぼや畑ばかりの道があって、そこは車の通りも人も少ないから自転車で走るにはもってこいだ。
ほんとは弁当とか持っていきたいけど、今日のところはまあいいだろう。
スマホとか財布なんかの必要最低限の荷物だけ入れたショルダーバッグだけを持っていく。中学の頃は自転車通学で、大量の荷物を持って行ってたなあ。ハンドルとられて危ないんだ、あれ。
「よっと」
ぐん、と踏み込んで前に進む。歩くよりも、走るよりも早く過ぎる景色が面白い。
ひとけのない住宅街を抜けるときは、古めかしい匂いがする。朽ちた木のような、埃っぽいような匂いだ。いくつもの鉢植えが置かれた軒先や、とうにつかわれなくなった部屋で物置になっているであろう二階、かつては賑わっていたのだろうが今は静かにかたく閉ざされた店のシャッター。
人がいたのだろう形跡はあるのに今は何もない、そういう風景は結構好きだ。夜になっても、もう明かりのともらない飲み屋街とか、看板も何もなくなって、生活のためではなく安全管理のためだけに手入れがされる店の跡とか。なんか好きなんだよな。
そんな住宅街を抜ければ、一転、見晴らしがいいどころか、見渡す限り田んぼや畑だけという状況に不安すら感じる景色が広がっている。
でも、空気はすごくきれいなんだよなあ。日が昇りきっても早朝のようなすがすがしさがある。本当に何もないけど。いや、まあちらほらと民家はあるか。でも空き家とかも多いんだ。
それにしても、ちょっと道をそれただけでこんだけの景色が広がってるって不思議な気がする。バンバン車が走る主要道路があると思えば、車どころか人ともすれ違わないような場所がある。
少し走っていくと、なんかの工場の裏側に出る。工場とかも結構好きだ。小学校の工場見学はめちゃくちゃ楽しみだった。ビール工場とか最後にジュースとお菓子もらえたから余計に楽しかった記憶があるなあ。
あと、工場じゃないけど浄水場とかも行ったっけ。ああいう大きな設備を見るとワクワクするんだよ。ちょっとぞっとするというか、怖い部分もあるけど。
田んぼや畑の広がる道を抜け、工場の裏を通り過ぎたら、今度は川に沿って自転車を走らせていく。ここまでくると民家も増えてくるのだが、まあ、田舎だ。時々軽トラとすれ違うと、荷台に柴犬が乗っていることもある。
そしてまた住宅街を抜けると、畑が広がっているのだ。
あ、向こうになんかある。公園か。誰も人いないし自販機もあるみたいだしちょっと休憩していこう。
ここらの公園には決まって藤棚があるよなあ。そういや、まともに咲いたところ見たことあるっけ。今度咲いた時どっか見に行ってみよう。
自販機でお茶を買って、ベンチに座る。
「ほんと、なんもねえな……」
ざざあ……っと風が畑の作物を駆け抜ける音ばかりが聞こえる。あれ、何が植えられてんだろうなあ。
それにしてもずいぶん遠くまで来たな。車で行くとあっという間の距離なのだろうが、自転車で走ると結構時間がかかる。途中、緩やかな坂道になっているところもあって思ったより足にくる。
きょうはここらで引き返そうか。気持ちいいからといって無理に走ると、あとでしんどくなりそうからな。
あー……なんか腹減ったなあ。コンビニで買って帰ろうか。それとも……。
「いらっしゃいませー」
昔、父さんと母さんと何回か一緒に来たことのある店。食堂というか、居酒屋というか。
入って左手はカウンター、右手は座敷、奥にも座敷はあるのだがそっちは飲み会の団体客が主に通される。
今は昼のピーク前らしく、客の姿はまばらだ。そのせいかカウンター席も空いていたのだが俺は右手の座敷に通された。
さて、何を食べよう。
うーん、がっつり食いたいから肉系がいいな。生姜焼きとか肉野菜炒めとか……あ、これにしよう。焼肉定食。ご飯大盛り無料だし、ちょうどいい値段だ。
「すみません」
待っている間はぼーっと店内を眺める。
木造建築で、ずいぶん昔からある店。壁に貼られたメニューは少し色あせていて、何度か値段を上から書き直した跡がある。大きくて豪華な熊手も飾られている。こんなふうにゆったり時間を使えるって贅沢だ。
「お待たせしました」
お、来た来た。薄切りの牛肉を店特製の焼き肉のたれで炒めた焼肉。千切りのキャベツも添えられていて、ボリュームもあっていい。付け合わせには肉じゃが。みそ汁の具は豆腐とわかめか。
「いただきます」
やっぱ最初は肉から。
甘辛いたれがよく絡んだ牛肉。ニンニクとゴマ油の風味が香ばしく、一味のピリッとした刺激がいいアクセントになっている。肉もやわらかくておいしい。ご飯とよく合うなあ。プチッとはじけるゴマもいい。
キャベツにはオレンジ色のドレッシングがかかっている。野菜ベースのドレッシングはとてもまろやかでおいしい。
肉じゃがはうちの味付けとは違うけどいいな。ちょっと甘みが強いのかな。
みそ汁が妙においしい。つるんとしたわかめに、なめらかな絹ごし豆腐。味噌は合わせ味噌らしい。ほっとする味だ。
また肉に戻る。あ、ちょっと脂身。甘みがあっておいしい。
肉と、キャベツも一緒にご飯にのせて一口で食べてみる。ジャキジャキとした食感と肉のうま味、ご飯のほんのりとした甘さが相まっておいしいなあ。
……さて、これからまた自転車をこいで帰らなければいけないのだが、どうしよう。帰り着くころには腹が減りそうだ。
帰りになんか買おうかな。なんかいい感じのあるかなあ。
「ごちそうさまでした」
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