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日常
第九十八話 具だくさんスープかけごはん
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本の匂いはやっぱり落ち着く。
特に、知り合いと会う確率の低い場所で本に埋もれるのはいい。自分だけの世界、というか、真正面から本の登場人物と向き合える感じがする。
さて、あの本はあるかな。小学校の時に読んでたから、たぶん児童書の所にあるんだろう。絵本なんかの本棚近くはキッズスペースみたいになっていて親子連れが結構いるが、児童書の本棚付近は比較的人が少ない。これならゆっくり探せそうだ。
あ、偉人の漫画シリーズ。よく読んだな。うちにも一冊ある。たしか、ファーブルだったか。内容覚えるまで読んだものだ。
たいていの本は見たことがあるもので、読んだことがあるのも結構ある。
「この辺か……」
目的の本はハードカバーのものだ。シリーズものだったけど、読みたいところから読んでたし、たまに「話がつながらないなあ」と思っていたな。今でも続きは出ているのだろうか。出ているのならちょっとうれしい。
カラフルな背表紙を指でなぞりながら探す。結構凝ってるんだよな、児童書の装丁って。フォントとか、ちょっとした仕掛けとか。カバー下を見るのも好きだ。
「あ、あった」
何冊か貸し出されているが、見つけた。幸いにも一巻はあるみたいだ。久しぶりにページをめくってみるが、文字が大きいな。めちゃくちゃ大きい、というほどではないが、いつも読んでいる文庫本よりは十分大きい。
二冊借りることにしよう。実は他にも借りたい本を見つけていたのだ。
こっちも小学生の頃よく読んでいた本である。表紙の絵がめっちゃ好みだったのがきっかけで読み始めたのだが、内容がこれまた好みだった。いつか取り寄せして、シリーズと番外編いっぺんに買おうとひそかに思っている。
うーん、これ、全部あるなあ。でも読み切れるだろうか。次借りに来た時に続きが借りられていたらやだな……どうしよう。こういうのって悩ましい。
読めないと意味がないので二冊借りることにした。
貸し出しカウンターには何人か待っている人がいたので、そこに並ぶ。読書の秋ってやつなのか分からないが、利用者が多い気がする。
「……あ」
待っている間、ふと視線を図書館の奥の方にやる。今日は晴れているので、中庭を開放しているらしい。
少し本読んでいこうかな。
奥の読書スペースを抜けた先。でかいガラス窓の一部が扉になっているので、そこから中庭に出る。
気持ちのいい晴れ。手入れの行き届いた芝生の中庭にはベンチやテーブルがところどころに設置されている。花壇には季節の花が咲いていて、風に揺れる木々のざわめきが心地よい。古びた背の高い時計では鳥が羽を休めていた。
地面に描かれた幾何学模様の木漏れ日を歩き、テーブル席に座る。中庭には俺以外の人影はない。
ふと振り返ると、カーテンの向こうにでかい本棚の影が見える。中からはちょうど死角になる場所だ。いいなー、ここ。すごく落ち着く。
「さて……」
表紙を開き、登場人物の紹介欄を見る。そうそう、これだ。意外と覚えているものだな。
心地よい気温と、物語の雰囲気によく似た空気の匂いも相まって、次第に本の世界にどっぷりとつかり始めていた。
次にこちらの世界に戻ってきたのは、物語の流れが切り替わる、ちょうど中盤の所だった。
「あー……」
文字も大きいし、内容もめちゃくちゃに複雑ではないからすぐに読み終わってしまうかとも思ったが意外とそうでもないらしい。
ぐっと伸びをして時計を見る。読み始めておよそ三十分か。
今日は特に用事もないが、そろそろ帰ろう。うめずも待っていることだし。
「えーっと、確かここに……ああ、あった」
本を入れる鞄の外ポケットにはいくつかしおりを入れている。雑誌とかの付録でついてきたやつだ。
さて、帰ろう。今日の昼飯はなんか買って行こうかな。
たしか、地下の売り場に弁当屋さんがあったはずだ。結構手ごろな値段だったし、なにより、今は季節限定の栗ご飯があるんだ。
「よっしゃ、うめず。散歩行くぞ」
「わうっ!」
散歩のついでに買い物にも行く。
平日であれば学校や仕事から帰る車で渋滞する道路も、日曜日ともなればすっかり静かなものだ。どことなく色あせた写真を思わせる。
そういや前にじいちゃんとばあちゃんに写真を見せてもらったなあ。俺が生まれるずーっと前のこの町の写真。確か祭りの時の写真だったけど、すごく賑わいがあった。同じ祭りは今でも開催されてるけど、こう、動員数が違った。それに店もたくさんあった。
「これからどうなっていくんだろうなあ」
「うぅ?」
「なー」
スーパーはピークを過ぎたのか人は少なかった。
今日の晩飯何にしようか。うちにはキノコあるし、そろそろ使っときたい。あ、トマト安いなあ。プチトマト、弁当にも入れられるし買っておこう。ネギも使い切ってたな、そういや。
――あ、そうだ。スープ作ろう。うちで時々作ってたやつ。それなら鶏のミンチがいるな。母さんのオリジナルレシピで、結構簡単に作れるんだ。
キノコはブナシメジとえのき。いつも通り石づきをとって、食べやすいように切っておく。トマトは大きいのでもいいが、今日はプチトマトを使う。
スープは水に白だし。そこにキノコ類と鶏のミンチを入れる。ミンチはちゃんとほぐした方がいい。で、プチトマトをいくつか入れて、最後にねぎを散らし、片栗粉を水で溶いたものを入れてとろみをつける。
そんで今日はご飯も一工夫。
細かく切ったネギを入れ、ゴマ油と醤油で味付けしたご飯。これを丸めて揚げ焼きみたいにする。
これをお椀に入れて、スープを上からかければ完成だ。しゅわわ~っという音がちょっとワクワクする。
「いただきます」
これはスプーンで食べるのがいい。ご飯を割ってほぐす。あっつあつなのでそっと食べる。
キノコの風味が強いスープに、カリッと香ばしいご飯。ちょっともちっとしてるのもいい。プチトマトの甘さもおいしいなあ。
スープはとろみがあって冷めにくい。それにご飯ともいい感じにからんでうまいんだ。おこげ風に食べてもいいし、おかゆっぽくふやかすのもいい。揚げるのがちょっと手間だなあって思う時はもうそのままでもいい。なんなら白米でもおいしくいただける。
鶏のミンチもおいしい。噛めば噛むほどうま味が染み出す。
久しぶりに作ったけど、うまくできるものだなあ。体もあったまるし、冬にはもってこいなんだ。ああ、麺を入れてもいいかもなあ。
明日の朝は白米にかけて食おうかな。
「ごちそうさまでした」
特に、知り合いと会う確率の低い場所で本に埋もれるのはいい。自分だけの世界、というか、真正面から本の登場人物と向き合える感じがする。
さて、あの本はあるかな。小学校の時に読んでたから、たぶん児童書の所にあるんだろう。絵本なんかの本棚近くはキッズスペースみたいになっていて親子連れが結構いるが、児童書の本棚付近は比較的人が少ない。これならゆっくり探せそうだ。
あ、偉人の漫画シリーズ。よく読んだな。うちにも一冊ある。たしか、ファーブルだったか。内容覚えるまで読んだものだ。
たいていの本は見たことがあるもので、読んだことがあるのも結構ある。
「この辺か……」
目的の本はハードカバーのものだ。シリーズものだったけど、読みたいところから読んでたし、たまに「話がつながらないなあ」と思っていたな。今でも続きは出ているのだろうか。出ているのならちょっとうれしい。
カラフルな背表紙を指でなぞりながら探す。結構凝ってるんだよな、児童書の装丁って。フォントとか、ちょっとした仕掛けとか。カバー下を見るのも好きだ。
「あ、あった」
何冊か貸し出されているが、見つけた。幸いにも一巻はあるみたいだ。久しぶりにページをめくってみるが、文字が大きいな。めちゃくちゃ大きい、というほどではないが、いつも読んでいる文庫本よりは十分大きい。
二冊借りることにしよう。実は他にも借りたい本を見つけていたのだ。
こっちも小学生の頃よく読んでいた本である。表紙の絵がめっちゃ好みだったのがきっかけで読み始めたのだが、内容がこれまた好みだった。いつか取り寄せして、シリーズと番外編いっぺんに買おうとひそかに思っている。
うーん、これ、全部あるなあ。でも読み切れるだろうか。次借りに来た時に続きが借りられていたらやだな……どうしよう。こういうのって悩ましい。
読めないと意味がないので二冊借りることにした。
貸し出しカウンターには何人か待っている人がいたので、そこに並ぶ。読書の秋ってやつなのか分からないが、利用者が多い気がする。
「……あ」
待っている間、ふと視線を図書館の奥の方にやる。今日は晴れているので、中庭を開放しているらしい。
少し本読んでいこうかな。
奥の読書スペースを抜けた先。でかいガラス窓の一部が扉になっているので、そこから中庭に出る。
気持ちのいい晴れ。手入れの行き届いた芝生の中庭にはベンチやテーブルがところどころに設置されている。花壇には季節の花が咲いていて、風に揺れる木々のざわめきが心地よい。古びた背の高い時計では鳥が羽を休めていた。
地面に描かれた幾何学模様の木漏れ日を歩き、テーブル席に座る。中庭には俺以外の人影はない。
ふと振り返ると、カーテンの向こうにでかい本棚の影が見える。中からはちょうど死角になる場所だ。いいなー、ここ。すごく落ち着く。
「さて……」
表紙を開き、登場人物の紹介欄を見る。そうそう、これだ。意外と覚えているものだな。
心地よい気温と、物語の雰囲気によく似た空気の匂いも相まって、次第に本の世界にどっぷりとつかり始めていた。
次にこちらの世界に戻ってきたのは、物語の流れが切り替わる、ちょうど中盤の所だった。
「あー……」
文字も大きいし、内容もめちゃくちゃに複雑ではないからすぐに読み終わってしまうかとも思ったが意外とそうでもないらしい。
ぐっと伸びをして時計を見る。読み始めておよそ三十分か。
今日は特に用事もないが、そろそろ帰ろう。うめずも待っていることだし。
「えーっと、確かここに……ああ、あった」
本を入れる鞄の外ポケットにはいくつかしおりを入れている。雑誌とかの付録でついてきたやつだ。
さて、帰ろう。今日の昼飯はなんか買って行こうかな。
たしか、地下の売り場に弁当屋さんがあったはずだ。結構手ごろな値段だったし、なにより、今は季節限定の栗ご飯があるんだ。
「よっしゃ、うめず。散歩行くぞ」
「わうっ!」
散歩のついでに買い物にも行く。
平日であれば学校や仕事から帰る車で渋滞する道路も、日曜日ともなればすっかり静かなものだ。どことなく色あせた写真を思わせる。
そういや前にじいちゃんとばあちゃんに写真を見せてもらったなあ。俺が生まれるずーっと前のこの町の写真。確か祭りの時の写真だったけど、すごく賑わいがあった。同じ祭りは今でも開催されてるけど、こう、動員数が違った。それに店もたくさんあった。
「これからどうなっていくんだろうなあ」
「うぅ?」
「なー」
スーパーはピークを過ぎたのか人は少なかった。
今日の晩飯何にしようか。うちにはキノコあるし、そろそろ使っときたい。あ、トマト安いなあ。プチトマト、弁当にも入れられるし買っておこう。ネギも使い切ってたな、そういや。
――あ、そうだ。スープ作ろう。うちで時々作ってたやつ。それなら鶏のミンチがいるな。母さんのオリジナルレシピで、結構簡単に作れるんだ。
キノコはブナシメジとえのき。いつも通り石づきをとって、食べやすいように切っておく。トマトは大きいのでもいいが、今日はプチトマトを使う。
スープは水に白だし。そこにキノコ類と鶏のミンチを入れる。ミンチはちゃんとほぐした方がいい。で、プチトマトをいくつか入れて、最後にねぎを散らし、片栗粉を水で溶いたものを入れてとろみをつける。
そんで今日はご飯も一工夫。
細かく切ったネギを入れ、ゴマ油と醤油で味付けしたご飯。これを丸めて揚げ焼きみたいにする。
これをお椀に入れて、スープを上からかければ完成だ。しゅわわ~っという音がちょっとワクワクする。
「いただきます」
これはスプーンで食べるのがいい。ご飯を割ってほぐす。あっつあつなのでそっと食べる。
キノコの風味が強いスープに、カリッと香ばしいご飯。ちょっともちっとしてるのもいい。プチトマトの甘さもおいしいなあ。
スープはとろみがあって冷めにくい。それにご飯ともいい感じにからんでうまいんだ。おこげ風に食べてもいいし、おかゆっぽくふやかすのもいい。揚げるのがちょっと手間だなあって思う時はもうそのままでもいい。なんなら白米でもおいしくいただける。
鶏のミンチもおいしい。噛めば噛むほどうま味が染み出す。
久しぶりに作ったけど、うまくできるものだなあ。体もあったまるし、冬にはもってこいなんだ。ああ、麺を入れてもいいかもなあ。
明日の朝は白米にかけて食おうかな。
「ごちそうさまでした」
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