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日常
第九十七話 おでん
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なんだか今日は教室のざわめきが引っかかる。引っかかるというか、一枚何かを隔てた感じがする。
それが居心地悪くて、廊下に出る。廊下の方が幾分か静かなのだ。
空気は冷たく、空は薄青い。時計を見るが、朝課外まではまだ時間がある。でも、たぶん、そろそろあいつが来る時間だ。
「あれー、春都じゃん。おはよー」
「よう、おはよう」
のんきに笑ってのんびりやってきたのは咲良だ。
「廊下にいるとか珍しいな。どしたん?」
「んー」
言葉にできるような明確な理由もないが、まあ、このあいまいな気分を表すとすれば一番近い言葉はこれだろう。
「お前待ってた」
すると咲良はきょとんと目を丸くして、俺をまじまじと見た。
「それはますます珍しい」
まあ、たいてい俺が動く前にこいつが来てたからなあ。
「どうした? 熱でもあるか?」
「違えよ。俺だってたまには話したい時ぐらいあるわ」
「それもそうか」
じゃあちょっと待ってな、と咲良は駆け足で教室に向かった。かと思えば荷物を置いてすぐにこちらにやってきた。
「来たぞ」
「おお」
話したい、とは言ったが、これといって話題はない。
しかし心配する間もなく、咲良が話し始めた。
「なあ、聞いてくれよ。昨日さあ、勉強しようと思って机についたわけだけどさ。やっぱだるいってなって」
「やる気失うの早すぎだろ」
「教科書開いた瞬間、やる気がこう、しゅわ~ってしぼんでいってさ。あれ、なんなんだろうな? 名前を付けるべきなんじゃないか、あの現象」
まあ朝一でよく回る口だ。
思わず笑ってしまう。
「でな? 何しよっかなーと思って、とりあえずスマホゲームにログインして」
「ああ」
「そしたら前の日ログインし忘れてたことに気付いてさ。まず絶望したわけよ」
「あー……」
それからも話した、というより咲良の話を一方的に聞いていただけだったが、なんとなく居心地の悪さはなくなっていた。
「あー、だめだ。思い出したら帰りたくなってきた」
「なんでだよ」
「やる気なくなった~」
「確かに学校行く前から帰りたいとか思うときはあるけど」
「なー? まあでも、今日は頑張らないとなあ」
そう言って咲良は頭の後ろで手を組んだ。
「なんだ。何かあるのか」
聞けば咲良はにやりといたずらっぽく笑って言ったものだ。
「俺が早退したら春都がさみしいだろ?」
……こういうのにはどうやって返すのが正解なのだろうか。素直に認めるのも癪だが、否定するのも何か違うような。
そんな葛藤もつゆ知らず、咲良はけらけらと笑った。
「大丈夫だ! 今日は話したいこともいっぱいあるし、さみしい思いはさせないぜ!」
「……そーかよ」
思わず苦笑する。まったく、こいつと話しているとシリアスになりきれない。なんかいろんなことがばからしくなってくるというか、悩むのが無駄な気がしてくる。
まあ、それが居心地いいので、文句を言う気にはならないのだがな。
気分が上がりきらない日は、おいしいものを食べるに限る。
といっても何が食べたいだろう。揚げ物? うーん、なんか今日は違う気分だ。なんていうかこう……あったかいもの食べたい。
放課後、いつもよりのろのろと荷物の準備をする。他のやつらが部活に行き、帰路につく中、咲良が教室に入ってきた。
「ねー、なんかこれ鞄に入ってた」
「あ?」
見せてきたのは一枚の広告だった。
「なんだこれ? おでん?」
「そ、こないだコンビニ行ったときにもらったやつだと思う。安くなるって」
「あぁ、よくあるよな」
期間限定でおでんが安くなる、とかいうやつだ。でも中には安くならない具材もあるので一種のトラップみたいな部分があると思う。
「それでさあ、これ、今日からみたいなんだよね」
「お、まじで」
「寄ってかね? ちょっと腹減ったし」
「そうだな」
おでん、いいな。晩飯前のおやつにちょうどいい。何にしようかなあ。
下校する生徒の波もだいぶ落ち着き、コンビニも客は少ない。
「おー、あるある」
レジ横のおでん。六つぐらいに仕切りがされていて、くつくつと具材が煮込まれている。
「なにがいいかなー」
「あ~、だしの匂い」
結局俺は、つくねと卵とウインナー巻きにした。でかい容器ではなく、小さいほうの容器に入れてもらったが、つゆを注ぐ瞬間はだいぶテンションが上がる。
「あっち、座って食べようぜ」
コンビニの隣、一本の細い道を挟んだところには、最近整備された公園みたいなところがある。ささやかな藤棚と、ベンチ、テーブルなんかがある。遊具などはないが、ちょっと座るのにはいい場所だ。
テーブルの方は先客がいたので、今は開花していない藤棚の下のベンチに座る。
「いただきまーす」
ふたを開けると、いい香りの湯気がふわっとあふれ出す。ちょっと熱い。
やっぱ最初は卵かな。半分に割って、つゆに少しひたして食べる。ぷつっとした歯ごたえの白身にほろほろっと崩れ溶けるような黄身。からしをつけるとピリッとしてまた違ったおいしさだ。
「そういやこの辺のコンビニって、たこないよな」
「ああ、そういえばそうだな」
「あれ一回食ってみてえ」
確かに、おでんのたこは食ったことないなあ。
さて、次はつくね。つゆがしっかり染みているから、じゅわーっとめちゃくちゃジューシーだ。これはからしつけない方が好きかもしれない。その代わり柚子胡椒をつける。かんきつのさわやかさが肉によく合う。
ウインナー巻きは、ウインナーを魚肉でくるんだやつだ。もっちりとした、ちくわともかまぼことも似つかない魚肉の部分に、パチッとはじけるウインナー。ちょっと甘みがあるんだよな。つゆにもうま味がにじみ出ていておいしい。
つゆをすするとホッとする。じんわりとお腹が温まって、その温かさが全身に染みわたるようだ。
「あー、なんか余計に腹減ってきた」
「そうなんだよ。腹減ったときにちょっとなんか食うと、食欲増すんだよな~」
今日、おでんを作るのは厳しいけど、いつか今度は自分で作るか。
さーて、今日の晩飯、何にするかなぁ。
「ごちそうさまでした」
それが居心地悪くて、廊下に出る。廊下の方が幾分か静かなのだ。
空気は冷たく、空は薄青い。時計を見るが、朝課外まではまだ時間がある。でも、たぶん、そろそろあいつが来る時間だ。
「あれー、春都じゃん。おはよー」
「よう、おはよう」
のんきに笑ってのんびりやってきたのは咲良だ。
「廊下にいるとか珍しいな。どしたん?」
「んー」
言葉にできるような明確な理由もないが、まあ、このあいまいな気分を表すとすれば一番近い言葉はこれだろう。
「お前待ってた」
すると咲良はきょとんと目を丸くして、俺をまじまじと見た。
「それはますます珍しい」
まあ、たいてい俺が動く前にこいつが来てたからなあ。
「どうした? 熱でもあるか?」
「違えよ。俺だってたまには話したい時ぐらいあるわ」
「それもそうか」
じゃあちょっと待ってな、と咲良は駆け足で教室に向かった。かと思えば荷物を置いてすぐにこちらにやってきた。
「来たぞ」
「おお」
話したい、とは言ったが、これといって話題はない。
しかし心配する間もなく、咲良が話し始めた。
「なあ、聞いてくれよ。昨日さあ、勉強しようと思って机についたわけだけどさ。やっぱだるいってなって」
「やる気失うの早すぎだろ」
「教科書開いた瞬間、やる気がこう、しゅわ~ってしぼんでいってさ。あれ、なんなんだろうな? 名前を付けるべきなんじゃないか、あの現象」
まあ朝一でよく回る口だ。
思わず笑ってしまう。
「でな? 何しよっかなーと思って、とりあえずスマホゲームにログインして」
「ああ」
「そしたら前の日ログインし忘れてたことに気付いてさ。まず絶望したわけよ」
「あー……」
それからも話した、というより咲良の話を一方的に聞いていただけだったが、なんとなく居心地の悪さはなくなっていた。
「あー、だめだ。思い出したら帰りたくなってきた」
「なんでだよ」
「やる気なくなった~」
「確かに学校行く前から帰りたいとか思うときはあるけど」
「なー? まあでも、今日は頑張らないとなあ」
そう言って咲良は頭の後ろで手を組んだ。
「なんだ。何かあるのか」
聞けば咲良はにやりといたずらっぽく笑って言ったものだ。
「俺が早退したら春都がさみしいだろ?」
……こういうのにはどうやって返すのが正解なのだろうか。素直に認めるのも癪だが、否定するのも何か違うような。
そんな葛藤もつゆ知らず、咲良はけらけらと笑った。
「大丈夫だ! 今日は話したいこともいっぱいあるし、さみしい思いはさせないぜ!」
「……そーかよ」
思わず苦笑する。まったく、こいつと話しているとシリアスになりきれない。なんかいろんなことがばからしくなってくるというか、悩むのが無駄な気がしてくる。
まあ、それが居心地いいので、文句を言う気にはならないのだがな。
気分が上がりきらない日は、おいしいものを食べるに限る。
といっても何が食べたいだろう。揚げ物? うーん、なんか今日は違う気分だ。なんていうかこう……あったかいもの食べたい。
放課後、いつもよりのろのろと荷物の準備をする。他のやつらが部活に行き、帰路につく中、咲良が教室に入ってきた。
「ねー、なんかこれ鞄に入ってた」
「あ?」
見せてきたのは一枚の広告だった。
「なんだこれ? おでん?」
「そ、こないだコンビニ行ったときにもらったやつだと思う。安くなるって」
「あぁ、よくあるよな」
期間限定でおでんが安くなる、とかいうやつだ。でも中には安くならない具材もあるので一種のトラップみたいな部分があると思う。
「それでさあ、これ、今日からみたいなんだよね」
「お、まじで」
「寄ってかね? ちょっと腹減ったし」
「そうだな」
おでん、いいな。晩飯前のおやつにちょうどいい。何にしようかなあ。
下校する生徒の波もだいぶ落ち着き、コンビニも客は少ない。
「おー、あるある」
レジ横のおでん。六つぐらいに仕切りがされていて、くつくつと具材が煮込まれている。
「なにがいいかなー」
「あ~、だしの匂い」
結局俺は、つくねと卵とウインナー巻きにした。でかい容器ではなく、小さいほうの容器に入れてもらったが、つゆを注ぐ瞬間はだいぶテンションが上がる。
「あっち、座って食べようぜ」
コンビニの隣、一本の細い道を挟んだところには、最近整備された公園みたいなところがある。ささやかな藤棚と、ベンチ、テーブルなんかがある。遊具などはないが、ちょっと座るのにはいい場所だ。
テーブルの方は先客がいたので、今は開花していない藤棚の下のベンチに座る。
「いただきまーす」
ふたを開けると、いい香りの湯気がふわっとあふれ出す。ちょっと熱い。
やっぱ最初は卵かな。半分に割って、つゆに少しひたして食べる。ぷつっとした歯ごたえの白身にほろほろっと崩れ溶けるような黄身。からしをつけるとピリッとしてまた違ったおいしさだ。
「そういやこの辺のコンビニって、たこないよな」
「ああ、そういえばそうだな」
「あれ一回食ってみてえ」
確かに、おでんのたこは食ったことないなあ。
さて、次はつくね。つゆがしっかり染みているから、じゅわーっとめちゃくちゃジューシーだ。これはからしつけない方が好きかもしれない。その代わり柚子胡椒をつける。かんきつのさわやかさが肉によく合う。
ウインナー巻きは、ウインナーを魚肉でくるんだやつだ。もっちりとした、ちくわともかまぼことも似つかない魚肉の部分に、パチッとはじけるウインナー。ちょっと甘みがあるんだよな。つゆにもうま味がにじみ出ていておいしい。
つゆをすするとホッとする。じんわりとお腹が温まって、その温かさが全身に染みわたるようだ。
「あー、なんか余計に腹減ってきた」
「そうなんだよ。腹減ったときにちょっとなんか食うと、食欲増すんだよな~」
今日、おでんを作るのは厳しいけど、いつか今度は自分で作るか。
さーて、今日の晩飯、何にするかなぁ。
「ごちそうさまでした」
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