一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
94 / 854
日常

第九十四話 茶碗蒸し

しおりを挟む
 朝食に準備されたおかずの中に、見慣れない料理があった。いや、キュウリとプチトマトをどうにかしたものであることは分かるのだが。まぶされているこれは、ゴマか?

「これは?」

「それねー、キュウリとプチトマト炒めてみたんだ。ゴマ油と、白だしとみりんを少し。で、最後に醤油を香りづけにね」

 キュウリの炒め物か。生でしか食べてこなかったから、炒めるとは新鮮だ。

「いただきます」

 まだほんのり温かいキュウリ。不思議な感じがする。ポリッとした食感は生とは少し違う。青っぽいが、醤油の香ばしさとうま味がおいしい。ゴマ油の風味もいいなあ。プチトマトも甘くていい。

「これおいしい」

 ご飯に合うな。今度自分でも作ってみるか。

「お弁当にも入れてるから食べてね」

「ん、ありがとう」

 卵焼きもほっとする味だ。じゅわっと甘みが染み出す。

「あ、そうだ春都。夜ご飯は何食べたい?」

「夜? 夜かあ……」

「朝ごはん食べてるときになんだけど」

 昨日は鍋だったからなあ……でもなんか出汁の味が食べたい。今日は和食の気分だ。

「茶碗蒸し」

「お、いいねえ。茶碗蒸しにしようか」

 それじゃあシイタケと、かまぼことー……と、母さんは材料を確認する。

 茶碗蒸しはなんとなくテンションが上がる。なんでだろう。こう、特別なご飯って感じがするんだよなあ。というか、俺は茶碗蒸しがめっちゃ好きだ。だから何が食いたいか尋ねられれば、からあげか茶碗蒸しのどちらかしか答えないだろう。

 さて、それじゃあ今日は、茶碗蒸しを楽しみに頑張るとしますか。

「ごちそうさまでした」



「春都~、昼飯食おうぜ~」

「ああ」

 ロッカーに辞書を片付け、手を洗いに行った帰り、早々にやってきた咲良が弁当の袋を掲げた。

「いやー今日さあ、授業中寝てて~」

「寝るなよ……あ」

「ん?」

 やってしまった。俺の席、もうとられてるわ。思わず顔をしかめてしまう。

「ちょっと席離れるとこれだよ……」

 昼休みの教室は席の争奪戦だ。少し離れただけで不在とみなされ、数人が椅子を寄せ合ってたむろっているのだ。で、もし戻ってきたとしても「借りてもいい?」と実質「借りるから」という宣言にも等しいお伺いが立てられる。

「じゃあ食堂行くか?」

「そうだな」

 食堂は食堂で混んでいて、今日は入り口付近の席しか空いていなかった。

「いただきます」

 お、やった。鶏ささみの柚子胡椒焼き。これうまいんだよなあ。自分で作ったらめちゃくちゃ辛かったり、逆に柚子の風味がしなかったりで、うまくできた試しがない。だからこれは母さんが帰ってくるときだけの特別なおかずというわけだ。

 ピリッとしていながらも柚子の風味があって、鶏の臭みもなくておいしい。

「そういえばさ、四時間目に時間余ってさー、好きな食いもんの話になったんだよ」

「え、それ、誰の授業?」

「上川先生。今日は機嫌よくて」

 数学の上川先生は機嫌がいいと、余った時間にめちゃくちゃ雑談をしてくる。話を振る相手はある程度決まっているが、たまに流れ弾が当たってくる。

「でー、先生の好きな食いもんは分かんなかったんだけど。うちのクラスはハンバーグとかオムライス好きな奴多かったなー」

「見事にお子様ランチメニューだな」

 まあ、無難な料理を選んだともいえる。下手に目立ったことを言うと、標的にされるからな。根掘り葉掘りどうして好きなのかと聞かれる。

「お前は?」

「聞かれなかった。もし聞かれたらかつ丼って答えるつもりだった。もしくはとんかつ」

「ぶれないな、お前は」

 そういやこないだもカツカレー食ってたなあ、こいつ。

「春都は何が好き? 何でもうまそうに食ってるけど」

「からあげと茶碗蒸し」

「こりゃまた不思議な組み合わせ」

「どっちもうまいだろ」

「うまいけども」

 キュウリとプチトマトの炒め物は、冷えていておいしい。ほんの少しだけ柔らかい食感のキュウリには、朝よりも味が染みている。これは時間をおいて食べるのがいいかもしれない。出来立てもうまいが、俺は冷えている方が好きだ。プチトマトも酸味が爽やかである。

「好きな食いものって、人それぞれだよなー。性格出るっていうか」

「俺の性格はいったいどんなだ……?」

 まあ、分からなくもないが。

 それからなぜか、好きな食べ物の話から、知っているやつらがどんな食べ物っぽいかという話になったのだった。



「ただいまー」

「おかえり。お疲れさまー」

 あ、めっちゃいいにおいする。出汁の優しい香りだ。

 父さんと母さんが並んで台所に立っている。母さんがこちらを向いてふっと微笑んだ。

「よかった。そろそろ帰ってくるかなと思って準備してた。さ、お風呂入っておいで」

「ん」

「出来立てを食べてくださいな」

 見れば食卓にはもう箸とか取り皿が用意されていて、あとは料理が出来上がるのを待つばかり、といった様子だった。

 とっとと風呂に入り、配膳を手伝う。

「あ、炊き込みご飯だ」

「そう。いいでしょ~」

 いい香りの正体は、茶碗蒸しだけではなかったらしい。それと、鶏の照り焼きもある。

 すごく豪華なテーブルだな。

「さ、食べよう食べよう」

「いただきます」

 ここはやっぱり茶碗蒸しからだろう。熱々のふたをとれば、ふうわりと湯気が香り立つ。

 スプーンで一口分すくい、まずは具材は何もなしに。口に含んだ瞬間に広がる出汁の風味がとにかくいい。あっという間に口の中からなくなってしまうようで、でも、舌の上に確かに余韻が残っている。

 そうして少しして、じんわりとお腹が温かくなるのだ。のどを通るときは少し熱いが、この感覚がとても好きだ。

 シイタケは干しシイタケを戻したものだろう。四等分ぐらいにされたそれはジュワッとしていて、歯ごたえもあっておいしい。かまぼこも温かくて、底の方には鶏肉もある。

「ばあちゃんが作るのって、餅が入ってたような……?」

 ふと思い出してつぶやくと、母さんは「そうそう」と言って頷いた。

「お正月によく食べてたよね」

「あ、やっぱり」

 記憶は間違いではなかったか。

 そして、決まって茶碗蒸しとセットなのが炊き込みご飯だ。茶碗蒸しの出汁の味と炊き込みご飯の醤油味がたまらなく好きだ。炊き込みご飯にもシイタケが入っている。こっちは薄切りだ。

 鶏の照り焼きは皮目はカリッと、身はジューシーでおいしい。甘辛いつやつやのたれがよく絡んでいていい。

「あ、そうだ。野球」

「そうそう。それ聞こうと思ってた」

「友達と行ったんだろう。楽しかったか?」

「うん。新しいグッズもあって……」

 そうだ。せっかくだし、食後にはあのおいしい紅茶を入れようか。お土産に買ってきたクッキーとよく合いそうだ。

 まだまだ話したいことはあるし、少しぐらい夜更かししたっていいだろう。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...