87 / 854
日常
第八十七話 串揚げ
しおりを挟む
身近であるのに、知らないことがある。そういうのは案外珍しいことではないのかもしれない。
「……こんな店あったんだ」
それは小ぢんまりとした古い店。アーケードを抜けた先を右に行き、お寺や駄菓子屋を横目に進む。しばらく行くと十字路に差し掛かるのでそれを左へ行く。細い道で車なんかは通らないような道だ。
そこにその店はあった。今はまだ開店前かあるいは定休日らしく、シャッターが閉まっているが、何の店だろう。
たまたまこっちの方に用事があったので、大通りではなく裏道を通っていこうとしたら見つけたのだが……いやでも何回かこの辺通ったんだけどなあ。
まあいいや。今度開いてるときにまた来よう。
「おーい、春都。どうした~?」
先を歩く咲良がこちらを振り返る。
「いや、なんでもない」
「あ、そう」
自転車が一台、ゆったりと俺たちの横を通り過ぎる。
「でさ、今日は漢字のテストがあったのをすっかり忘れててさあ。朝課外の間に必死こいて覚えたわけよ」
「また忘れてたのか」
「でもさ、満点だったんだぜ? すごくねえ?」
「……そうか。それはすごいな」
歩いていくと大通りに出る。そのすぐ右手に目的の場所がある。
ちょっと大きめの文具屋。昔からある店で、品ぞろえはなかなかだ。近くにはあのかき氷屋と高校もあって、雨の日にはここで雨宿りする人が多い。
「ここかー」
ちなみに咲良は特に用もないのについてきたというわけだ。
入り口付近のショーウィンドウにはなぜか立派な家具が値札付きで飾ってある。これ、買う人いるのかなあ。
中に入ると古くなった紙のようなにおいがまず鼻につく。
最近発売されたようなものが入ってすぐの棚にあって、その後ろには階段がある。それを上ったことは一度もない。右手はちょっと本格的な画材やラッピング用品なんかがあって、もっぱら用があるのは左の方だ。
ボールペンやシャーペン、ファイル、ノート。原稿用紙やレターセットなんかもある。
「で、何買うって?」
「シャーペン。今日、ぶっ壊れた」
様々な種類のシャーペンが並ぶ棚は、見ていてなんか楽しい。
予備というか、他にもシャーペンはあるのだが、少々数が心もとないのだ。
「なんで? 落としたとか?」
「いや、なんかさあ、こう……」
その時のことを再現しようと手で示す。
「字ぃ書こうとして、ノックしたら、こう……っぱぁーん! って」
「え、なに。破裂したの」
「破裂……そうだな、部品が吹き飛んだ。ロケットみたいに」
いやほんとに。めっちゃびっくりして一瞬何が起きたか分かんなかったもんな。授業中じゃなかったのが不幸中の幸いだった。部品集め、大変だった。
「中一の頃から使ってたから、もう古くなってたんだろ」
「その瞬間見たかったわー」
俺もなんか買おう、と咲良はふらふらっと別の棚を見に行った。
何色にしようかな。最近、黄緑とか気になってるけどオレンジ好きなんだよな。でもこないだ買ったシャーペンがオレンジと黒だから、違うやつにするか。紺色もいい。あ、柄もいろいろあるなあ。
んー、よし、決めた。スケルトンタイプのこれにしよう。色はぶっ壊れたやつと同じ紫。
「おい、咲良。何買うか決まったか」
「筆箱が結構ぼろいからさあ、買い替えようかなーって」
チャックの部分がちぎれそうでな、と咲良はつぶやく。
無地のポーチタイプものから缶ペンケースまである中で、咲良が手に取っているのは結構派手な柄のペンポーチだった。
「トランプ柄だって」
「へー、結構いいじゃん」
「かっこいいよなー。よし、買うか」
見ればキーホルダーもついている。なるほど、キーホルダーの柄はジョーカーで、本体にはその他の柄が印刷されているらしい。
会計を済ませて外に出る。近くの高校も下校時間らしく、ぞろぞろと生徒が校門から出てきていた。
俺たちは人が少ない道――行きと同じ道をたどって帰ることにした。
再びあの店の前を通ると、今度はシャッターが開いて、営業中の札が上がっていた。
「お、やった」
どうやらその店は総菜屋らしい。夕方から開く店だったのか。
卵焼きや煮物、天ぷらに菜っ葉の炒め物。おお、いい香りがする。
「買ってくのか?」
「おう」
「いらっしゃいませ」
へえ、色々あるんだなあ。ん? これは……。
串揚げか。いろいろ種類がある。七種類か。揚げたてみたいだし、いいかも。
「あの、これ。二本ずつください。それと、卵焼き」
「はーい。ありがとうございます」
値段も結構いい感じだ。安い。晩飯にしよう。
「なんか俺も腹減った。あの、このコロッケ、一つください!」
「ありがとうございます」
咲良はでかでかと丸いコロッケを買った。
「バス停で食おーっと」
コロッケもうまそうだ。よし、今度買うことにしようかな。
「おぉ」
パックに入った卵焼き。フワッフワなのが見ただけでわかる。串揚げは……えび、アスパラ、玉ねぎ、豚、プチトマト、ウズラの卵、あと、これは何だ。
……食べれば分かるか。
「いただきます」
まずはえび。ソースをつけて一口。サクッとした衣と、噛み応えのあるえび。じんわりと染み出す味がおいしい。
アスパラはシャクッと青い。玉ねぎは甘くていい。プチトマトは揚げたてだとやけどするだろう。甘さが増し、酸味がちょうどいい。
ウズラの卵はプチッとした食感。黄身が甘い。
「で、これが……」
……ん、酸っぱい? シャキッとしていて、スキッとしているというか。
「ショウガだ!」
紅ショウガだ。へえ、初めて食べたけどうまいな。さっぱりしてる。
卵焼きはふわふわでプルプルだ。味は上品に甘い。ほんと、卵焼きって作る人で変わるよなあ。
さて、串揚げは一巡したわけだが、まだ一通り残っている。
えびは最後に取っておくとして、今度はからしもつけて食べてみよう。
串揚げって、楽しいな。今度家でできないかなあ。串揚げ屋さんとかも行ってみたいな。
「ごちそうさまでした」
「……こんな店あったんだ」
それは小ぢんまりとした古い店。アーケードを抜けた先を右に行き、お寺や駄菓子屋を横目に進む。しばらく行くと十字路に差し掛かるのでそれを左へ行く。細い道で車なんかは通らないような道だ。
そこにその店はあった。今はまだ開店前かあるいは定休日らしく、シャッターが閉まっているが、何の店だろう。
たまたまこっちの方に用事があったので、大通りではなく裏道を通っていこうとしたら見つけたのだが……いやでも何回かこの辺通ったんだけどなあ。
まあいいや。今度開いてるときにまた来よう。
「おーい、春都。どうした~?」
先を歩く咲良がこちらを振り返る。
「いや、なんでもない」
「あ、そう」
自転車が一台、ゆったりと俺たちの横を通り過ぎる。
「でさ、今日は漢字のテストがあったのをすっかり忘れててさあ。朝課外の間に必死こいて覚えたわけよ」
「また忘れてたのか」
「でもさ、満点だったんだぜ? すごくねえ?」
「……そうか。それはすごいな」
歩いていくと大通りに出る。そのすぐ右手に目的の場所がある。
ちょっと大きめの文具屋。昔からある店で、品ぞろえはなかなかだ。近くにはあのかき氷屋と高校もあって、雨の日にはここで雨宿りする人が多い。
「ここかー」
ちなみに咲良は特に用もないのについてきたというわけだ。
入り口付近のショーウィンドウにはなぜか立派な家具が値札付きで飾ってある。これ、買う人いるのかなあ。
中に入ると古くなった紙のようなにおいがまず鼻につく。
最近発売されたようなものが入ってすぐの棚にあって、その後ろには階段がある。それを上ったことは一度もない。右手はちょっと本格的な画材やラッピング用品なんかがあって、もっぱら用があるのは左の方だ。
ボールペンやシャーペン、ファイル、ノート。原稿用紙やレターセットなんかもある。
「で、何買うって?」
「シャーペン。今日、ぶっ壊れた」
様々な種類のシャーペンが並ぶ棚は、見ていてなんか楽しい。
予備というか、他にもシャーペンはあるのだが、少々数が心もとないのだ。
「なんで? 落としたとか?」
「いや、なんかさあ、こう……」
その時のことを再現しようと手で示す。
「字ぃ書こうとして、ノックしたら、こう……っぱぁーん! って」
「え、なに。破裂したの」
「破裂……そうだな、部品が吹き飛んだ。ロケットみたいに」
いやほんとに。めっちゃびっくりして一瞬何が起きたか分かんなかったもんな。授業中じゃなかったのが不幸中の幸いだった。部品集め、大変だった。
「中一の頃から使ってたから、もう古くなってたんだろ」
「その瞬間見たかったわー」
俺もなんか買おう、と咲良はふらふらっと別の棚を見に行った。
何色にしようかな。最近、黄緑とか気になってるけどオレンジ好きなんだよな。でもこないだ買ったシャーペンがオレンジと黒だから、違うやつにするか。紺色もいい。あ、柄もいろいろあるなあ。
んー、よし、決めた。スケルトンタイプのこれにしよう。色はぶっ壊れたやつと同じ紫。
「おい、咲良。何買うか決まったか」
「筆箱が結構ぼろいからさあ、買い替えようかなーって」
チャックの部分がちぎれそうでな、と咲良はつぶやく。
無地のポーチタイプものから缶ペンケースまである中で、咲良が手に取っているのは結構派手な柄のペンポーチだった。
「トランプ柄だって」
「へー、結構いいじゃん」
「かっこいいよなー。よし、買うか」
見ればキーホルダーもついている。なるほど、キーホルダーの柄はジョーカーで、本体にはその他の柄が印刷されているらしい。
会計を済ませて外に出る。近くの高校も下校時間らしく、ぞろぞろと生徒が校門から出てきていた。
俺たちは人が少ない道――行きと同じ道をたどって帰ることにした。
再びあの店の前を通ると、今度はシャッターが開いて、営業中の札が上がっていた。
「お、やった」
どうやらその店は総菜屋らしい。夕方から開く店だったのか。
卵焼きや煮物、天ぷらに菜っ葉の炒め物。おお、いい香りがする。
「買ってくのか?」
「おう」
「いらっしゃいませ」
へえ、色々あるんだなあ。ん? これは……。
串揚げか。いろいろ種類がある。七種類か。揚げたてみたいだし、いいかも。
「あの、これ。二本ずつください。それと、卵焼き」
「はーい。ありがとうございます」
値段も結構いい感じだ。安い。晩飯にしよう。
「なんか俺も腹減った。あの、このコロッケ、一つください!」
「ありがとうございます」
咲良はでかでかと丸いコロッケを買った。
「バス停で食おーっと」
コロッケもうまそうだ。よし、今度買うことにしようかな。
「おぉ」
パックに入った卵焼き。フワッフワなのが見ただけでわかる。串揚げは……えび、アスパラ、玉ねぎ、豚、プチトマト、ウズラの卵、あと、これは何だ。
……食べれば分かるか。
「いただきます」
まずはえび。ソースをつけて一口。サクッとした衣と、噛み応えのあるえび。じんわりと染み出す味がおいしい。
アスパラはシャクッと青い。玉ねぎは甘くていい。プチトマトは揚げたてだとやけどするだろう。甘さが増し、酸味がちょうどいい。
ウズラの卵はプチッとした食感。黄身が甘い。
「で、これが……」
……ん、酸っぱい? シャキッとしていて、スキッとしているというか。
「ショウガだ!」
紅ショウガだ。へえ、初めて食べたけどうまいな。さっぱりしてる。
卵焼きはふわふわでプルプルだ。味は上品に甘い。ほんと、卵焼きって作る人で変わるよなあ。
さて、串揚げは一巡したわけだが、まだ一通り残っている。
えびは最後に取っておくとして、今度はからしもつけて食べてみよう。
串揚げって、楽しいな。今度家でできないかなあ。串揚げ屋さんとかも行ってみたいな。
「ごちそうさまでした」
14
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

『 ゆりかご 』 ◉諸事情で非公開予定ですが読んでくださる方がいらっしゃるのでもう少しこのままにしておきます。
設樂理沙
ライト文芸
皆さま、ご訪問いただきありがとうございます。
最初2/10に非公開の予告文を書いていたのですが読んで
くださる方が増えましたので2/20頃に変更しました。
古い作品ですが、有難いことです。😇
- - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - - -
" 揺り篭 " 不倫の後で 2016.02.26 連載開始
の加筆修正有版になります。
2022.7.30 再掲載
・・・・・・・・・・・
夫の不倫で、信頼もプライドも根こそぎ奪われてしまった・・
その後で私に残されたものは・・。
・・・・・・・・・・
💛イラストはAI生成画像自作

王族に婚約破棄させたらそりゃそうなるよね? ……って話
ノ木瀬 優
恋愛
ぽっと出のヒロインが王族に婚約破棄させたらこうなるんじゃないかなって話を書いてみました。
完全に勢いで書いた話ですので、お気軽に読んで頂けたらなと思います。

だってお義姉様が
砂月ちゃん
恋愛
『だってお義姉様が…… 』『いつもお屋敷でお義姉様にいじめられているの!』と言って、高位貴族令息達に助けを求めて来た可憐な伯爵令嬢。
ところが正義感あふれる彼らが、その意地悪な義姉に会いに行ってみると……
他サイトでも掲載中。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる