一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第八十五話 バター醤油ご飯

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 なみなみとお湯が沸いた湯船につかる。浴室にはもうもうと白い湯気が充満していた。

「う~、あっつい」

 熱めに沸かされた風呂に入ると、じいちゃんたちの家に来たな~って気がする。小さいころは熱すぎて入りきれなかった。めちゃくちゃ水入れてたっけなあ。

 上の方にある小さな窓が開けられていて、店の前を通る車の音や虫の声なんかが聞こえてくる。居間のテレビの音もうっすらと分かる。盛大な笑い声とか調子のいい音楽が聞こえてくるあたり、バラエティ番組だろうか。

「……ふぅ」

 この温度の湯に長々とはつかっていられない。

 のぼせる前にあがっておくとしよう。



 居間でじいちゃんたちが見ていたのは、やっぱりバラエティ番組だった。

「あがったよ」

「はーい」

 比喩でもなんでもなく、風呂あがってしばらくは体から湯気が立っていた。家で着るのとは違うちょっとぶかぶかのパジャマ。うっすらと香るのはタンスの匂いだ。

「春都、アイス食べる?」

「アイス?」

「バニラかチョコ」

 俺が来ると聞いてから、いろいろ買ってきてくれていたらしい。

「チョコ」

 コンビニやスーパーなんかでもよく見るアイスの徳用パック。手のひらサイズでちょうどいい。

「ありがと」

 じいちゃんは風呂に行ったみたいだ。

 テレビはつけっぱなしで、最近よく見る俳優がなんかおしゃれな横文字の、一切れ千円以上するケーキを食べていた。

 銀色のスプーンで、そっとアイスをすくう。甘くてトロッとした味と冷たさは、火照った体に心地よかった。



 じいちゃんたちの家に泊まるときは、居間に布団をひく。ベッドよりは狭いが、このぎゅっとした感じが好きだ。

「うめずはどこで寝る」

「わふっ」

 声をかければうめずは迷わず枕元に来て、頭だけを布団の上にのせた。

「じゃ、電気消すよ~」

 ばあちゃんは言うと、電気のひもを引っ張った。真っ暗、というよりぼんやりと明るい。

「おやすみ」

「おやすみ~」

 すぐ隣の部屋から、布団のこすれる音が聞こえる。

 それがなんだか心地よくて、ほっとして、俺はすぐに眠ってしまったのだった。



「んん~……?」

 異様に顔だけが暑くなって目を覚ます。

「……うめずか」

 見ればぐっすり眠るうめずが、思いっきり俺に寄りかかっている。少し横に押しやり寝返りを打つ。一度目覚めた頭はすっかりさえてしまい、二度寝はできなさそうだ。これで無理やり寝ると金縛りにあうんだ。

 そういえばなんか、音がする。ザッザッと規則正しい、こすれるような音。

 上体を起こし伸びをする。視界に入った台所は静かで、朝日が差し込みきらきらしている。いつもきれいに掃除されていて、すごいなあと思う。俺もそれぐらい丁寧に生きたいものだ。

「……何の音だろ」

 布団をたたんで、裏に片付けに行く。風呂場や洗面所、押し入れとかがある短い廊下の向こうに、結構広い部屋がある。布団はいつもそこにしまわれている。

 そこから庭に出られるのだが、音はどうやらそこから聞こえてきていたようだった。

「おはよう、春都」

「おはよう」

 ばあちゃんが掃除している音だったか。冷たい空気が心地いい。

「春都が起きたなら、朝ごはんにしようか」

 そう言ってばあちゃんは、ささっと落ち葉を片付けると家にあがった。

「なんか手伝う」

「あら、ありがとう」

 俺はみそ汁を作ることになった。

 具は豆腐とわかめ。わかめは塩蔵わかめという塩漬けされたわかめなので、水に浸して塩抜きをしなければならない。自分じゃまず買わないなあ。かなりでかいので食べやすい大きさに切り分ける。

 豆腐は手のひらでさいの目切りにする。

「上手になったね」

「ん、んー」

 ばあちゃんはおかずの準備をしていた。チーズのオムレツを作るらしい。

 手際よく卵を溶いて、塩コショウをすると熱したフライパンに流し入れる。そしてそこにチーズをのせて、さっと包む。

 皿には野菜が彩りよく盛られていて、すごく豪華に見える。

 間もなくして、じいちゃんも起きてきた。

「おはよー」

「おう、おはよう。早いな」

 食卓はもう準備万端である。自分以外の食事があるって、なんか不思議な感じだ。

「いただきます」

 絹ごし豆腐の舌触りが滑らかだ。わかめも歯ごたえがあっていい。

「うん、おいしいね。これ、春都が作ったんだよ」

「そうか。うん、上等だ」

「よかったです」

 二人が優しく笑うと、なんか胸のあたりがむずむずする。でも、嫌ではない。

 チーズオムレツはトロッとしていて、卵とチーズの塩気が程よく絡み、とてもおいしい。醤油をたらしてもいいな。

「ん?」

 ふとじいちゃんの方を見れば、ご飯に何やら一工夫している。

「なに、それ」

「バター醤油ご飯だ」

 うまいぞー、とじいちゃんは子供のように笑った。

「春都も食べる?」

「食べたい」

「じゃ、バター持ってこようね」

 ばあちゃんが小さい皿にバターをひとかけらのせて持ってきてくれた。

 これを炊き立てご飯の上にのせて、醤油をたーっと回しかける。うまく溶けるように、ご飯で包むようにして混ぜる。ほわんとバターの香りが立った。

 つやっとしたご飯を口に含めば、より一層バターのうま味と香りを強く感じる。醤油がいい感じで味を引き締めている。

「うっま」

「だろう?」

「バター醤油もいいけど、きな粉かけてもおいしいのよね」

 え、きな粉? きな粉か……まあ、きな粉餅って思ったらありか?……今度試してみようかな。

 あ、そうだ。これ、スパゲティにしてもいいんじゃないか。バター醤油スパゲティ。今度家で作ってみよう。

 他にもいろいろ、工夫ができそうだな。



「ごちそうさまでした」

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