81 / 854
日常
第八十一話 とり天
しおりを挟む
日暮れが早くなった。
放課後のカウンター当番を終え、忘れ物をしたのに気付いた俺は二階の教室に向かう。
吹奏楽部は練習を終えすっかり教室から撤収していて、廊下にも教室にも水を打ったような静寂が広がっている。そんな中で俺の足音はよく響くし、ロッカーを開ける音にちょっとびっくりしてしまう。
ふと視線を窓の外にやる。ここからはサブグラウンドとテニスコートがよく見える。
濃い夕暮れの赤が薄青い空をじわじわと侵食していく。名前も知らない虫が鳴いて、わずかに残る夏がゆっくりと秋に飲み込まれていくのを感じる。
「春都~」
静かな空気を震わせる聞きなれた声。振り返ってみれば咲良がいた。
「この時間にいるって珍しいな。当番?」
「おう。忘れ物した」
のろのろと連れ立って歩く。踊り場に差し込む光の中で、細かい粒がきらめいている。
「お前は何してたんだ」
咲良は少し疲れたようにため息をついて言った。
「休んでた日にあった分のテスト。どうしても受けろっていうから」
「そうだったのか」
「病み上がりの人間に二科目分もやらせやがって……」
まあ、ずいぶん元気になっているがなあ。
外に出ればぐっと赤は濃くなっていて、そのまぶしさに思わず目をつむってしまう。
「しかも数学と物理だぞ? どっちもめっちゃ頭使うし~?」
「まあ、仕方ないだろ」
そうだけどさぁ……と咲良は納得いっていない様子だった。
「そっか、お前休んでたか」
「こんなことなら、無理してでも来ればよかったかな~?」
「いや、体調悪かったらテストどころじゃないだろ」
「大丈夫だ。どっちにしても点数も空欄の数もきっと一緒だ」
それはきっと大丈夫じゃないと思う。
呆れる俺をよそに、咲良はのんきにへらへらと笑っている。
「やー、でも学校休むって久しぶりだったな」
「そうだな」
確か高校の卒業式では小学校からの皆勤賞が表彰されるのだとか。俺はもう小学生の頃に散々休んでるから名前が呼ばれることはないだろう。別にどうだっていいけど。皆勤賞って、あんまり興味ないし。
「なんかあった? 俺が休みの時」
と、咲良が両手を頭の後ろにやってこちらを向いた。
「うーん、特に目立ったことはなかったぞ」
「そっかー、まあそうだよな」
「あ、俺、英単語帳忘れて、お前がいなくて大変だったわ」
その日の朝の顛末を話すと、咲良はけらけらと笑った。
「朝比奈がいてよかったな!」
「まあな」
咲良は元気そうで何よりだが、俺は今日一日で結構くたびれた。なんというか、咲良が失った分の元気を吸い取られた感じというか。
今日の晩飯は、簡単に済ませよう……。
「うあ~……」
思いっきりベッドにダイブする。ギシッと軋むような音がして、俺はそっと寝返りを打った。
「疲れた……」
なんとなくスマホを見れば、通知がいくつか溜まっていた。ゲームの通知ばかりで、なんだかほっとする。
疲れてはいるが、とりあえずログインする。これはもう日課だ。無課金だし、こういうコツコツとした積み重ねが大事だ。もらえるアイテムはもらっとけ。
「えーっと、これでいいかな……」
「わふっ」
「おー、うめず」
仰向けになってゲームをしていたら、うめずがベットの傍らに来てお座りした。
「ちょっと待ってな」
すべてのデイリーミッションをクリアしたことを確認して電源を落とす。
「来ていいぞ」
「わう!」
合図をすると、うめずはいそいそとベッドに上り俺をまたぐと、壁と俺の間にもぐりこんできた。最近はこの位置が、俺の部屋でのうめずの定位置になりつつある。別にいいのだが、ちょっと、いやだいぶ暑い。夏場は考えものだなあ。
「そこが落ち着くんか、うめず」
「あうぅ」
「そっか」
夏になったら、せめて、足元に移動してくれよ。と、言ってみるが分かっていない様子だ。
まあいいや。
にしても今日は疲れた。明日は何かしっかり食べたい。晩飯、何にしようかなあ。今日はレトルトのカレーだったし、なんか作るか。
肉。肉食いたい。
そんなわけで晩飯はとり天に決定した。豚や牛もいいが、妙に鶏が食べたかった。からあげにしようかとも思ったが、たまには違うのもいいだろう。
使うのは鶏むね肉。
醤油、酒、ニンニク、ショウガで下味をつける。衣は卵と小麦粉と片栗粉を水で溶いたものだ。
下味をつけた鶏肉に衣をまとわせ、熱した油に入れる。
からあげとは違って、ふわふわした見た目に揚がるんだよな。
そうだ。せっかくだし天つゆも作っとこう。ポン酢もつけて……あ、からしとかも合いそうだなあ。
ご飯はもちろん大盛で。
「いただきます」
やっぱり最初はそのままでしょ。サクッとした歯ごたえの衣は薄甘い。鶏肉はほわほわだ。少しカリッとした部分もいいよな。
からし、つけてみよう。うん、味が引き締まっておいしい。
天つゆにひたすと衣が味を吸ってジューシーだ。あと甘さが加わる。ご飯も一緒にかきこむのがベストだ。
ポン酢はさっぱり。少ししっとりとした衣もまたよしである。
あ、皮。むにっとした食感。風味がまた身と違っていい。からあげとはまた違った食べ応えが最高だ。
がっつり、こってりがからあげの醍醐味とすれば、とり天は食べ応えとあっさりを兼ね備えたものだろう。それぞれにおいしさがあって楽しめるというものだ。
今度は大根おろしもいいかもしれないなあ。
「ごちそうさまでした」
放課後のカウンター当番を終え、忘れ物をしたのに気付いた俺は二階の教室に向かう。
吹奏楽部は練習を終えすっかり教室から撤収していて、廊下にも教室にも水を打ったような静寂が広がっている。そんな中で俺の足音はよく響くし、ロッカーを開ける音にちょっとびっくりしてしまう。
ふと視線を窓の外にやる。ここからはサブグラウンドとテニスコートがよく見える。
濃い夕暮れの赤が薄青い空をじわじわと侵食していく。名前も知らない虫が鳴いて、わずかに残る夏がゆっくりと秋に飲み込まれていくのを感じる。
「春都~」
静かな空気を震わせる聞きなれた声。振り返ってみれば咲良がいた。
「この時間にいるって珍しいな。当番?」
「おう。忘れ物した」
のろのろと連れ立って歩く。踊り場に差し込む光の中で、細かい粒がきらめいている。
「お前は何してたんだ」
咲良は少し疲れたようにため息をついて言った。
「休んでた日にあった分のテスト。どうしても受けろっていうから」
「そうだったのか」
「病み上がりの人間に二科目分もやらせやがって……」
まあ、ずいぶん元気になっているがなあ。
外に出ればぐっと赤は濃くなっていて、そのまぶしさに思わず目をつむってしまう。
「しかも数学と物理だぞ? どっちもめっちゃ頭使うし~?」
「まあ、仕方ないだろ」
そうだけどさぁ……と咲良は納得いっていない様子だった。
「そっか、お前休んでたか」
「こんなことなら、無理してでも来ればよかったかな~?」
「いや、体調悪かったらテストどころじゃないだろ」
「大丈夫だ。どっちにしても点数も空欄の数もきっと一緒だ」
それはきっと大丈夫じゃないと思う。
呆れる俺をよそに、咲良はのんきにへらへらと笑っている。
「やー、でも学校休むって久しぶりだったな」
「そうだな」
確か高校の卒業式では小学校からの皆勤賞が表彰されるのだとか。俺はもう小学生の頃に散々休んでるから名前が呼ばれることはないだろう。別にどうだっていいけど。皆勤賞って、あんまり興味ないし。
「なんかあった? 俺が休みの時」
と、咲良が両手を頭の後ろにやってこちらを向いた。
「うーん、特に目立ったことはなかったぞ」
「そっかー、まあそうだよな」
「あ、俺、英単語帳忘れて、お前がいなくて大変だったわ」
その日の朝の顛末を話すと、咲良はけらけらと笑った。
「朝比奈がいてよかったな!」
「まあな」
咲良は元気そうで何よりだが、俺は今日一日で結構くたびれた。なんというか、咲良が失った分の元気を吸い取られた感じというか。
今日の晩飯は、簡単に済ませよう……。
「うあ~……」
思いっきりベッドにダイブする。ギシッと軋むような音がして、俺はそっと寝返りを打った。
「疲れた……」
なんとなくスマホを見れば、通知がいくつか溜まっていた。ゲームの通知ばかりで、なんだかほっとする。
疲れてはいるが、とりあえずログインする。これはもう日課だ。無課金だし、こういうコツコツとした積み重ねが大事だ。もらえるアイテムはもらっとけ。
「えーっと、これでいいかな……」
「わふっ」
「おー、うめず」
仰向けになってゲームをしていたら、うめずがベットの傍らに来てお座りした。
「ちょっと待ってな」
すべてのデイリーミッションをクリアしたことを確認して電源を落とす。
「来ていいぞ」
「わう!」
合図をすると、うめずはいそいそとベッドに上り俺をまたぐと、壁と俺の間にもぐりこんできた。最近はこの位置が、俺の部屋でのうめずの定位置になりつつある。別にいいのだが、ちょっと、いやだいぶ暑い。夏場は考えものだなあ。
「そこが落ち着くんか、うめず」
「あうぅ」
「そっか」
夏になったら、せめて、足元に移動してくれよ。と、言ってみるが分かっていない様子だ。
まあいいや。
にしても今日は疲れた。明日は何かしっかり食べたい。晩飯、何にしようかなあ。今日はレトルトのカレーだったし、なんか作るか。
肉。肉食いたい。
そんなわけで晩飯はとり天に決定した。豚や牛もいいが、妙に鶏が食べたかった。からあげにしようかとも思ったが、たまには違うのもいいだろう。
使うのは鶏むね肉。
醤油、酒、ニンニク、ショウガで下味をつける。衣は卵と小麦粉と片栗粉を水で溶いたものだ。
下味をつけた鶏肉に衣をまとわせ、熱した油に入れる。
からあげとは違って、ふわふわした見た目に揚がるんだよな。
そうだ。せっかくだし天つゆも作っとこう。ポン酢もつけて……あ、からしとかも合いそうだなあ。
ご飯はもちろん大盛で。
「いただきます」
やっぱり最初はそのままでしょ。サクッとした歯ごたえの衣は薄甘い。鶏肉はほわほわだ。少しカリッとした部分もいいよな。
からし、つけてみよう。うん、味が引き締まっておいしい。
天つゆにひたすと衣が味を吸ってジューシーだ。あと甘さが加わる。ご飯も一緒にかきこむのがベストだ。
ポン酢はさっぱり。少ししっとりとした衣もまたよしである。
あ、皮。むにっとした食感。風味がまた身と違っていい。からあげとはまた違った食べ応えが最高だ。
がっつり、こってりがからあげの醍醐味とすれば、とり天は食べ応えとあっさりを兼ね備えたものだろう。それぞれにおいしさがあって楽しめるというものだ。
今度は大根おろしもいいかもしれないなあ。
「ごちそうさまでした」
13
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる