一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第七十二話 ペペロンチーノ

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 休みの日かあるいは休みの前の日にしか食べられないものってあるよな。

 例えばほら、においの強いものとか。

「ん? なんか匂うな」

「え、なに。事件の香り的な?」

「いや、そうじゃなくて……」

 昼休み、教室で弁当を食った後、咲良とだべっているとどこからか独特なにおいが漂ってきた。なんていうか、悪いにおいではないのだが教室で嗅ぐとなったら違和感のあるにおいだ。

「確かに」

 と、咲良もスンスンと鼻を鳴らす。

「お前、すげーにおいするじゃん! なんでそれ買ってきたんだよ」

 俺の席からだいぶ離れた場所で笑い声が上がる。見れば何人か男子が集まっていた。

「食いたかったんだよ!」

「なにそれ、豚骨か!」

 どうやら豚骨ラーメンを買ってきたらしい。確かにコンビニには売ってるよな、レンチンして食えるやつ。でも学校には生徒が自由に使える電子レンジないし、もしかしてこいつら今買ってきたのか。

「あー、あれか」

 咲良は紙パックのバナナオレを飲みながらつぶやく。

「財布持って昇降口から出てきてたの見たもん。買いに行ってたんだな」

「そうなのか」

 昼休みとか、授業中とか、許可がないと学校の外には出てはいけないはずなのだが。ま、俺には関係ないか。

 にしても、ここまで香ってくるとは。すごいな。

「さて、じゃ、俺は行ってくるな」

 今日は金曜日なので咲良はカウンター当番だ。

「あ、俺も行く。本借りたい」

「おー、そうか。一緒に行こうぜ」

 飲み終わったらしい紙パックをくしゃりとつぶしごみ箱に捨てると、咲良は一つ大きなあくびをした。

「さすがの俺でも、昼飯買いに学校抜け出すのはためらうわ~」

「ああ、確かにな」

「しかも匂いが強いのはちょっとな。せめておにぎりだろ」

 匂いというのは結構気をつかうもんな。

「飯の匂いも気になるけど、体育の後とかやべーよな」

「分かる。制汗剤の匂い混ざってな」

 そのあとが昼休みとなったらもう最悪だ。その中で飯を食うのはしんどい。あんまり我慢できないときは食堂に避難する。飯はうまく食いたいよな。

「最近は柔軟剤の匂いもするしな~」

「こないだ職員室行ったら、めっちゃ酒臭い先生いた」

「マジ? 誰?」

「いや、そこまでは分からんかった」

 図書館に入れば、漆原先生が本棚の整理をしているところだった。

「おや、今日は一条君も一緒なのか」

「こんちは」

 俺と咲良がそろってじっと見ていると、漆原先生は微笑んだまま首を傾げた。

「どうした? そんなに見つめて」

 すると何のためらいもなく咲良は言ったものだ。

「先生はなんかいい匂いしそうですよね」

「ん? 匂い?」

 ますます不思議そうな表情を浮かべる先生に、俺が先ほどまでの出来事を話す。そしたら先生は納得したようで、あはは、と笑った。

「なるほど。それで先ほどの発言なわけだ」

「先生はなんというか、お香の香りがしそうです。白檀だっけ?」

「あ、それ分かる。線香とか。香水じゃないな」

「だろー?」

 なんだそれは、と先生は持っていた本を俺たちそれぞれに渡した。大量のハードカバーの本を渡され、咲良はうめいた。

「うあー、重いー」

 一方、俺が渡されたのはちょうど借りようと思っていた本一冊だった。

「おい、咲良。俺これ借りるから、手続きしろ」

「え~、人使い荒い~」

 せめてこの本を片付けるのを待ってくれ、と言うので、俺はおとなしく待つことにした。自分でやってもいいのだが、いったんカウンターに座ると、成り行きで仕事をしなくてはいけなくなるので、ここは黙って待つのが一番だ。

 椅子に座り、パラパラとページをめくる。文字を追っていけば、頭の中が静かになって、整理されていく感じがする。その感覚が好きだ。

 挿絵のない本、初めこそちょっとした違和感があったものの今ではもうすっかり慣れた。想像力だけ文章を読むのは結構楽しい。

 背表紙を開くと、ずいぶん古ぼけた長方形の紙がある。それは貸出記録のカードだ。今では全く使われていないが、かつてこの本を借りたであろう人の名前がいくつか書かれているのだ。

 図書館の本を借りるということには、こういう楽しみもある。誰が読んで、どんな風に扱って、今に至るのか。それを考えるのも楽しい。あと、古い紙とインクのにおいが純粋に好きだ。

「春都お待たせー」

「おぉ」

 咲良が戻ってきた。

 さて、貸出してもらったら、少しここで読んでいくか。



 明日は課外もないので、ちょっと夜更かししようと思う。今日借りてきた本の続きが気になるのだ。

 そして今日の晩飯は、休みの前の日だからこそ食べられるようなもの――ペペロンチーノである。

 まずはスパゲティを茹でる。アルデンテとかそういうのはよく分からないが、パッケージに表示された時間で茹でよう。なんでも調べたところ、ゆで汁を少し取っておいて、ソースと麺を絡めるときに入れるとよくなじむらしい。

 ニンニクを刻んで、鷹の爪も輪切りにする。オリーブオイルでそれらを炒め、取っておいたゆで汁を入れ、麺も入れてなじませる。

 で、塩で味を調える。ニンニクのにおいがものすごい。

 おしゃれに盛り付け――はできないが、いい感じに皿に盛る。あ、そうそう。食パンも一緒に食べたいよな。

「いただきます」

 作っているときから強かったニンニクの香りは、口に含めばより一層感じる。ニンニクは少し辛味を感じるが、うま味もまたすごいのだ。鷹の爪の風味もいい。

「確かにこれは、平日には食えんな」

 具はほとんどないものの、香りが強いのでそれで満足だ。

 さて、ソースがもったいないのでパンで拭って食べよう。ガーリックトーストのようで、辛味も強く感じる。

 今度フランスパンでガーリックトースト作ってみようか。もちろん休みの日の前に。

 ニンニクのにおいは、牛乳やリンゴで落ち着くと聞いたことがある。でも、ニンニクのうま味を十分に楽しみたい気持ちもあるので、においのこととかを気にすることなく思いっきり食える日に食べたいものだ。

 あー、口の中が辛い。これこれ、これがおいしいんだよな。ニンニク食ってる~って感じ。

 たまらないな。



「ごちそうさまでした」

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