72 / 854
日常
第七十二話 ペペロンチーノ
しおりを挟む
休みの日かあるいは休みの前の日にしか食べられないものってあるよな。
例えばほら、においの強いものとか。
「ん? なんか匂うな」
「え、なに。事件の香り的な?」
「いや、そうじゃなくて……」
昼休み、教室で弁当を食った後、咲良とだべっているとどこからか独特なにおいが漂ってきた。なんていうか、悪いにおいではないのだが教室で嗅ぐとなったら違和感のあるにおいだ。
「確かに」
と、咲良もスンスンと鼻を鳴らす。
「お前、すげーにおいするじゃん! なんでそれ買ってきたんだよ」
俺の席からだいぶ離れた場所で笑い声が上がる。見れば何人か男子が集まっていた。
「食いたかったんだよ!」
「なにそれ、豚骨か!」
どうやら豚骨ラーメンを買ってきたらしい。確かにコンビニには売ってるよな、レンチンして食えるやつ。でも学校には生徒が自由に使える電子レンジないし、もしかしてこいつら今買ってきたのか。
「あー、あれか」
咲良は紙パックのバナナオレを飲みながらつぶやく。
「財布持って昇降口から出てきてたの見たもん。買いに行ってたんだな」
「そうなのか」
昼休みとか、授業中とか、許可がないと学校の外には出てはいけないはずなのだが。ま、俺には関係ないか。
にしても、ここまで香ってくるとは。すごいな。
「さて、じゃ、俺は行ってくるな」
今日は金曜日なので咲良はカウンター当番だ。
「あ、俺も行く。本借りたい」
「おー、そうか。一緒に行こうぜ」
飲み終わったらしい紙パックをくしゃりとつぶしごみ箱に捨てると、咲良は一つ大きなあくびをした。
「さすがの俺でも、昼飯買いに学校抜け出すのはためらうわ~」
「ああ、確かにな」
「しかも匂いが強いのはちょっとな。せめておにぎりだろ」
匂いというのは結構気をつかうもんな。
「飯の匂いも気になるけど、体育の後とかやべーよな」
「分かる。制汗剤の匂い混ざってな」
そのあとが昼休みとなったらもう最悪だ。その中で飯を食うのはしんどい。あんまり我慢できないときは食堂に避難する。飯はうまく食いたいよな。
「最近は柔軟剤の匂いもするしな~」
「こないだ職員室行ったら、めっちゃ酒臭い先生いた」
「マジ? 誰?」
「いや、そこまでは分からんかった」
図書館に入れば、漆原先生が本棚の整理をしているところだった。
「おや、今日は一条君も一緒なのか」
「こんちは」
俺と咲良がそろってじっと見ていると、漆原先生は微笑んだまま首を傾げた。
「どうした? そんなに見つめて」
すると何のためらいもなく咲良は言ったものだ。
「先生はなんかいい匂いしそうですよね」
「ん? 匂い?」
ますます不思議そうな表情を浮かべる先生に、俺が先ほどまでの出来事を話す。そしたら先生は納得したようで、あはは、と笑った。
「なるほど。それで先ほどの発言なわけだ」
「先生はなんというか、お香の香りがしそうです。白檀だっけ?」
「あ、それ分かる。線香とか。香水じゃないな」
「だろー?」
なんだそれは、と先生は持っていた本を俺たちそれぞれに渡した。大量のハードカバーの本を渡され、咲良はうめいた。
「うあー、重いー」
一方、俺が渡されたのはちょうど借りようと思っていた本一冊だった。
「おい、咲良。俺これ借りるから、手続きしろ」
「え~、人使い荒い~」
せめてこの本を片付けるのを待ってくれ、と言うので、俺はおとなしく待つことにした。自分でやってもいいのだが、いったんカウンターに座ると、成り行きで仕事をしなくてはいけなくなるので、ここは黙って待つのが一番だ。
椅子に座り、パラパラとページをめくる。文字を追っていけば、頭の中が静かになって、整理されていく感じがする。その感覚が好きだ。
挿絵のない本、初めこそちょっとした違和感があったものの今ではもうすっかり慣れた。想像力だけ文章を読むのは結構楽しい。
背表紙を開くと、ずいぶん古ぼけた長方形の紙がある。それは貸出記録のカードだ。今では全く使われていないが、かつてこの本を借りたであろう人の名前がいくつか書かれているのだ。
図書館の本を借りるということには、こういう楽しみもある。誰が読んで、どんな風に扱って、今に至るのか。それを考えるのも楽しい。あと、古い紙とインクのにおいが純粋に好きだ。
「春都お待たせー」
「おぉ」
咲良が戻ってきた。
さて、貸出してもらったら、少しここで読んでいくか。
明日は課外もないので、ちょっと夜更かししようと思う。今日借りてきた本の続きが気になるのだ。
そして今日の晩飯は、休みの前の日だからこそ食べられるようなもの――ペペロンチーノである。
まずはスパゲティを茹でる。アルデンテとかそういうのはよく分からないが、パッケージに表示された時間で茹でよう。なんでも調べたところ、ゆで汁を少し取っておいて、ソースと麺を絡めるときに入れるとよくなじむらしい。
ニンニクを刻んで、鷹の爪も輪切りにする。オリーブオイルでそれらを炒め、取っておいたゆで汁を入れ、麺も入れてなじませる。
で、塩で味を調える。ニンニクのにおいがものすごい。
おしゃれに盛り付け――はできないが、いい感じに皿に盛る。あ、そうそう。食パンも一緒に食べたいよな。
「いただきます」
作っているときから強かったニンニクの香りは、口に含めばより一層感じる。ニンニクは少し辛味を感じるが、うま味もまたすごいのだ。鷹の爪の風味もいい。
「確かにこれは、平日には食えんな」
具はほとんどないものの、香りが強いのでそれで満足だ。
さて、ソースがもったいないのでパンで拭って食べよう。ガーリックトーストのようで、辛味も強く感じる。
今度フランスパンでガーリックトースト作ってみようか。もちろん休みの日の前に。
ニンニクのにおいは、牛乳やリンゴで落ち着くと聞いたことがある。でも、ニンニクのうま味を十分に楽しみたい気持ちもあるので、においのこととかを気にすることなく思いっきり食える日に食べたいものだ。
あー、口の中が辛い。これこれ、これがおいしいんだよな。ニンニク食ってる~って感じ。
たまらないな。
「ごちそうさまでした」
例えばほら、においの強いものとか。
「ん? なんか匂うな」
「え、なに。事件の香り的な?」
「いや、そうじゃなくて……」
昼休み、教室で弁当を食った後、咲良とだべっているとどこからか独特なにおいが漂ってきた。なんていうか、悪いにおいではないのだが教室で嗅ぐとなったら違和感のあるにおいだ。
「確かに」
と、咲良もスンスンと鼻を鳴らす。
「お前、すげーにおいするじゃん! なんでそれ買ってきたんだよ」
俺の席からだいぶ離れた場所で笑い声が上がる。見れば何人か男子が集まっていた。
「食いたかったんだよ!」
「なにそれ、豚骨か!」
どうやら豚骨ラーメンを買ってきたらしい。確かにコンビニには売ってるよな、レンチンして食えるやつ。でも学校には生徒が自由に使える電子レンジないし、もしかしてこいつら今買ってきたのか。
「あー、あれか」
咲良は紙パックのバナナオレを飲みながらつぶやく。
「財布持って昇降口から出てきてたの見たもん。買いに行ってたんだな」
「そうなのか」
昼休みとか、授業中とか、許可がないと学校の外には出てはいけないはずなのだが。ま、俺には関係ないか。
にしても、ここまで香ってくるとは。すごいな。
「さて、じゃ、俺は行ってくるな」
今日は金曜日なので咲良はカウンター当番だ。
「あ、俺も行く。本借りたい」
「おー、そうか。一緒に行こうぜ」
飲み終わったらしい紙パックをくしゃりとつぶしごみ箱に捨てると、咲良は一つ大きなあくびをした。
「さすがの俺でも、昼飯買いに学校抜け出すのはためらうわ~」
「ああ、確かにな」
「しかも匂いが強いのはちょっとな。せめておにぎりだろ」
匂いというのは結構気をつかうもんな。
「飯の匂いも気になるけど、体育の後とかやべーよな」
「分かる。制汗剤の匂い混ざってな」
そのあとが昼休みとなったらもう最悪だ。その中で飯を食うのはしんどい。あんまり我慢できないときは食堂に避難する。飯はうまく食いたいよな。
「最近は柔軟剤の匂いもするしな~」
「こないだ職員室行ったら、めっちゃ酒臭い先生いた」
「マジ? 誰?」
「いや、そこまでは分からんかった」
図書館に入れば、漆原先生が本棚の整理をしているところだった。
「おや、今日は一条君も一緒なのか」
「こんちは」
俺と咲良がそろってじっと見ていると、漆原先生は微笑んだまま首を傾げた。
「どうした? そんなに見つめて」
すると何のためらいもなく咲良は言ったものだ。
「先生はなんかいい匂いしそうですよね」
「ん? 匂い?」
ますます不思議そうな表情を浮かべる先生に、俺が先ほどまでの出来事を話す。そしたら先生は納得したようで、あはは、と笑った。
「なるほど。それで先ほどの発言なわけだ」
「先生はなんというか、お香の香りがしそうです。白檀だっけ?」
「あ、それ分かる。線香とか。香水じゃないな」
「だろー?」
なんだそれは、と先生は持っていた本を俺たちそれぞれに渡した。大量のハードカバーの本を渡され、咲良はうめいた。
「うあー、重いー」
一方、俺が渡されたのはちょうど借りようと思っていた本一冊だった。
「おい、咲良。俺これ借りるから、手続きしろ」
「え~、人使い荒い~」
せめてこの本を片付けるのを待ってくれ、と言うので、俺はおとなしく待つことにした。自分でやってもいいのだが、いったんカウンターに座ると、成り行きで仕事をしなくてはいけなくなるので、ここは黙って待つのが一番だ。
椅子に座り、パラパラとページをめくる。文字を追っていけば、頭の中が静かになって、整理されていく感じがする。その感覚が好きだ。
挿絵のない本、初めこそちょっとした違和感があったものの今ではもうすっかり慣れた。想像力だけ文章を読むのは結構楽しい。
背表紙を開くと、ずいぶん古ぼけた長方形の紙がある。それは貸出記録のカードだ。今では全く使われていないが、かつてこの本を借りたであろう人の名前がいくつか書かれているのだ。
図書館の本を借りるということには、こういう楽しみもある。誰が読んで、どんな風に扱って、今に至るのか。それを考えるのも楽しい。あと、古い紙とインクのにおいが純粋に好きだ。
「春都お待たせー」
「おぉ」
咲良が戻ってきた。
さて、貸出してもらったら、少しここで読んでいくか。
明日は課外もないので、ちょっと夜更かししようと思う。今日借りてきた本の続きが気になるのだ。
そして今日の晩飯は、休みの前の日だからこそ食べられるようなもの――ペペロンチーノである。
まずはスパゲティを茹でる。アルデンテとかそういうのはよく分からないが、パッケージに表示された時間で茹でよう。なんでも調べたところ、ゆで汁を少し取っておいて、ソースと麺を絡めるときに入れるとよくなじむらしい。
ニンニクを刻んで、鷹の爪も輪切りにする。オリーブオイルでそれらを炒め、取っておいたゆで汁を入れ、麺も入れてなじませる。
で、塩で味を調える。ニンニクのにおいがものすごい。
おしゃれに盛り付け――はできないが、いい感じに皿に盛る。あ、そうそう。食パンも一緒に食べたいよな。
「いただきます」
作っているときから強かったニンニクの香りは、口に含めばより一層感じる。ニンニクは少し辛味を感じるが、うま味もまたすごいのだ。鷹の爪の風味もいい。
「確かにこれは、平日には食えんな」
具はほとんどないものの、香りが強いのでそれで満足だ。
さて、ソースがもったいないのでパンで拭って食べよう。ガーリックトーストのようで、辛味も強く感じる。
今度フランスパンでガーリックトースト作ってみようか。もちろん休みの日の前に。
ニンニクのにおいは、牛乳やリンゴで落ち着くと聞いたことがある。でも、ニンニクのうま味を十分に楽しみたい気持ちもあるので、においのこととかを気にすることなく思いっきり食える日に食べたいものだ。
あー、口の中が辛い。これこれ、これがおいしいんだよな。ニンニク食ってる~って感じ。
たまらないな。
「ごちそうさまでした」
13
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる