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日常
第七十一話 麻婆豆腐
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ずいぶん日が短くなったものだ。六時過ぎでもまだ青かったはずの空はオレンジ色に染まり、飛行機雲が線香の煙のようにその空に溶けている。
あの飛行機はどこに行くんだろうなあ。
「春都、ずいぶんくたびれてるね」
百瀬がそう言って笑う。
俺は今美術室にいた。カウンター当番も終わり、完全下校まであと一時間。本当であればとっとと帰っているのだが、あいにく、咲良につかまった。なんでもまた再テストらしく、終わるまで待っていてくれとのことだった。
抵抗むなしく俺は待つことになったわけだ。図書館は施錠されているし、教室は吹奏楽部が練習に使っているし、どこで待っていようかと思って校内をさまよっていれば、美術室に見慣れた顔がいて、今に至るという。
「帰りてぇ……」
「災難だったなぁ」
しばらく窓にうなだれて外を見ていたのだが、それも暇なので絵を描いている百瀬のもとに向かう。近くにあった椅子を持ってきて、背もたれを前にして座った。
「何描いてんの」
「んー、なんか適当に描いてる」
適当、と百瀬は言うがスケッチブックに描かれた絵の数々は、ずいぶん立派なものだ。これが落書きというなら、俺の描く絵はなんといえばいいのだ。
「じゃあ問題。これは何を描いているでしょう」
そう言って百瀬は、絵でいっぱいになったページをめくって新しいページを開くと、さらさらと何かまた描き始めた。
「正解者には素敵なプレゼントを準備しております」
「お、よっしゃ」
ならば本気で答えなければ。
それにしても、ただの黒い線だと思っていたら、だんだんと何かしらの形になっていくって、つくづく絵のうまい人はすごいなと思う。キャラクターとか描いてるときなんか、どうしてこうなったっていう感じだもんな。
「あ? これ人じゃねえな?」
「そう。食べ物だな」
「食べ物?」
百瀬が描く食べ物といえば……やっぱスイーツ? 丸や四角、花形に星、ハート。おまけにラッピングまで。
「うーん……あ、分かった。クッキーか」
「ご名答」
俺が答えると百瀬は描く手を速め、あっという間に描き上げてしまった。
モノクロだがよく分かる。アイスボックスクッキー、ジンジャーマン、チョコチップやココア。
ラッピングの箱や袋にも器用に模様が描かれていて、なんというか、芸が細かい。
「うまいもんだな」
「へへー」
では、と、百瀬は通学用の鞄とは別のバッグから何かを取り出した。
「プレゼントの進呈でーす」
ずいぶんかわいらしいリボンがついた袋の中には、様々な形のクッキーが入っていた。
「おぉ、クッキー」
「まあクイズに正解しなくても上げるつもりだったけど」
「なんだそれ。ありがとな」
ちょうど小腹も空いていたのでありがたい。
「食っていい?」
「どうぞー」
そうだなあ、まずは丸いやつから食うか。サクッと、ほろっとしていて、ほんのり甘い。バターの風味もクッキーらしい。
「おいしい」
「そう? よかったー」
これはサクサク食べてしまう。ココアのやつにはナッツも入っていて香ばしい。
「にしても、ラッピングといい中身といい、ずいぶんかわいらしいな」
「あー、それ? それねー、一番下の妹の仕業」
なんでも「人にあげるならかわいくしなさい!」と小学五年生の妹に言われたのだとか。
「そういやお前、きょうだい多いって言ってたな」
「俺が一番上でー、中三の妹、中一の弟、で小五の妹」
「賑やかだな」
「そ、家で落ち着いていられる時間なんてないよ。だからこうして学校で描いてるわけ」
なるほど、きょうだいが多いとそういうふうになるのか。俺には無縁の話だな。
「でさあ、今度はおからクッキーとか作ってみようと思って」
いくつか残して、あとは家で食おうと思って鞄に入れる。百瀬はまた違う絵を描きながらそう言った。
「おからでクッキーが作れるのか」
「作れるよー。ケーキとかもな。あとは豆腐で生チョコとか」
「豆腐で生チョコ?」
え、何それ。うまいのか。豆腐で生チョコってことは……豆腐とチョコレート混ぜるんだろ? いやまあ、豆乳で作ることもあるだろうし、ありなのだろうが。
「へえ、豆腐とチョコレート……」
「プレゼント向きじゃないけどね、今度レシピあげるよ」
結構簡単なんだ、と百瀬は笑った。
「豆腐か……」
どうやって混ぜるのだろうかとか、本当にうまいのかなどと考えていると咲良が帰ってきた。ずいぶんしなびている。
おそらくこれからは愚痴のオンパレードだろうから、適当に聞き流しながら考えることにしよう。
味の想像がつかないのは、単に俺の想像力が足りないからなのだろう。気が向いたら作ってみることにして、今日の晩飯に思考を移す。
今日はレトルト調味料を買ってきた。献立は麻婆豆腐である。
あんな話の後だったからなんとなく豆腐が目に入って、そしたら麻婆豆腐が食いたくなったので、そうすることにした。
肉は豚肉を使う。先に少量の油で炒め、火が通ったら調味料を入れる。そこに、賽の目切りにした豆腐を入れ、さらに炒める。スパイシーな香りが食欲をそそるな。豆腐を手の上で切るのは、初めはなかなか慣れなかったが今ではうまくやれている。
最後に刻みネギを散らして完成だ。ご飯ももちろん準備した。
「いただきます」
豆腐は木綿を使った。絹ごしの舌触りももちろん好きだが、木綿の食べ応えもまた好きなのだ。程よい辛さと豆腐のまろやかさがいい感じだ。豚肉もうま味があっておいしい。
家にある調味料では出せない香辛料の香りがいい。ピリッと引き締まる。
「あっつい」
中華料理を食うと汗が出る。全身に熱が巡るような、そんな感じだ。
にしてもすごいよな、豆腐って。冷ややっことして食べれば涼しくなるし、こうやって麻婆豆腐として食べれば熱くなる。しかも甘いものにもなれるときたもんだ。豆腐ってオールマイティーだな。
うーん、やっぱり今度、レシピもらったら作ってみようかな。
なんでも食べてみなければ分からないからな。
「ごちそうさまでした」
あの飛行機はどこに行くんだろうなあ。
「春都、ずいぶんくたびれてるね」
百瀬がそう言って笑う。
俺は今美術室にいた。カウンター当番も終わり、完全下校まであと一時間。本当であればとっとと帰っているのだが、あいにく、咲良につかまった。なんでもまた再テストらしく、終わるまで待っていてくれとのことだった。
抵抗むなしく俺は待つことになったわけだ。図書館は施錠されているし、教室は吹奏楽部が練習に使っているし、どこで待っていようかと思って校内をさまよっていれば、美術室に見慣れた顔がいて、今に至るという。
「帰りてぇ……」
「災難だったなぁ」
しばらく窓にうなだれて外を見ていたのだが、それも暇なので絵を描いている百瀬のもとに向かう。近くにあった椅子を持ってきて、背もたれを前にして座った。
「何描いてんの」
「んー、なんか適当に描いてる」
適当、と百瀬は言うがスケッチブックに描かれた絵の数々は、ずいぶん立派なものだ。これが落書きというなら、俺の描く絵はなんといえばいいのだ。
「じゃあ問題。これは何を描いているでしょう」
そう言って百瀬は、絵でいっぱいになったページをめくって新しいページを開くと、さらさらと何かまた描き始めた。
「正解者には素敵なプレゼントを準備しております」
「お、よっしゃ」
ならば本気で答えなければ。
それにしても、ただの黒い線だと思っていたら、だんだんと何かしらの形になっていくって、つくづく絵のうまい人はすごいなと思う。キャラクターとか描いてるときなんか、どうしてこうなったっていう感じだもんな。
「あ? これ人じゃねえな?」
「そう。食べ物だな」
「食べ物?」
百瀬が描く食べ物といえば……やっぱスイーツ? 丸や四角、花形に星、ハート。おまけにラッピングまで。
「うーん……あ、分かった。クッキーか」
「ご名答」
俺が答えると百瀬は描く手を速め、あっという間に描き上げてしまった。
モノクロだがよく分かる。アイスボックスクッキー、ジンジャーマン、チョコチップやココア。
ラッピングの箱や袋にも器用に模様が描かれていて、なんというか、芸が細かい。
「うまいもんだな」
「へへー」
では、と、百瀬は通学用の鞄とは別のバッグから何かを取り出した。
「プレゼントの進呈でーす」
ずいぶんかわいらしいリボンがついた袋の中には、様々な形のクッキーが入っていた。
「おぉ、クッキー」
「まあクイズに正解しなくても上げるつもりだったけど」
「なんだそれ。ありがとな」
ちょうど小腹も空いていたのでありがたい。
「食っていい?」
「どうぞー」
そうだなあ、まずは丸いやつから食うか。サクッと、ほろっとしていて、ほんのり甘い。バターの風味もクッキーらしい。
「おいしい」
「そう? よかったー」
これはサクサク食べてしまう。ココアのやつにはナッツも入っていて香ばしい。
「にしても、ラッピングといい中身といい、ずいぶんかわいらしいな」
「あー、それ? それねー、一番下の妹の仕業」
なんでも「人にあげるならかわいくしなさい!」と小学五年生の妹に言われたのだとか。
「そういやお前、きょうだい多いって言ってたな」
「俺が一番上でー、中三の妹、中一の弟、で小五の妹」
「賑やかだな」
「そ、家で落ち着いていられる時間なんてないよ。だからこうして学校で描いてるわけ」
なるほど、きょうだいが多いとそういうふうになるのか。俺には無縁の話だな。
「でさあ、今度はおからクッキーとか作ってみようと思って」
いくつか残して、あとは家で食おうと思って鞄に入れる。百瀬はまた違う絵を描きながらそう言った。
「おからでクッキーが作れるのか」
「作れるよー。ケーキとかもな。あとは豆腐で生チョコとか」
「豆腐で生チョコ?」
え、何それ。うまいのか。豆腐で生チョコってことは……豆腐とチョコレート混ぜるんだろ? いやまあ、豆乳で作ることもあるだろうし、ありなのだろうが。
「へえ、豆腐とチョコレート……」
「プレゼント向きじゃないけどね、今度レシピあげるよ」
結構簡単なんだ、と百瀬は笑った。
「豆腐か……」
どうやって混ぜるのだろうかとか、本当にうまいのかなどと考えていると咲良が帰ってきた。ずいぶんしなびている。
おそらくこれからは愚痴のオンパレードだろうから、適当に聞き流しながら考えることにしよう。
味の想像がつかないのは、単に俺の想像力が足りないからなのだろう。気が向いたら作ってみることにして、今日の晩飯に思考を移す。
今日はレトルト調味料を買ってきた。献立は麻婆豆腐である。
あんな話の後だったからなんとなく豆腐が目に入って、そしたら麻婆豆腐が食いたくなったので、そうすることにした。
肉は豚肉を使う。先に少量の油で炒め、火が通ったら調味料を入れる。そこに、賽の目切りにした豆腐を入れ、さらに炒める。スパイシーな香りが食欲をそそるな。豆腐を手の上で切るのは、初めはなかなか慣れなかったが今ではうまくやれている。
最後に刻みネギを散らして完成だ。ご飯ももちろん準備した。
「いただきます」
豆腐は木綿を使った。絹ごしの舌触りももちろん好きだが、木綿の食べ応えもまた好きなのだ。程よい辛さと豆腐のまろやかさがいい感じだ。豚肉もうま味があっておいしい。
家にある調味料では出せない香辛料の香りがいい。ピリッと引き締まる。
「あっつい」
中華料理を食うと汗が出る。全身に熱が巡るような、そんな感じだ。
にしてもすごいよな、豆腐って。冷ややっことして食べれば涼しくなるし、こうやって麻婆豆腐として食べれば熱くなる。しかも甘いものにもなれるときたもんだ。豆腐ってオールマイティーだな。
うーん、やっぱり今度、レシピもらったら作ってみようかな。
なんでも食べてみなければ分からないからな。
「ごちそうさまでした」
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