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日常
第六十九話 親子丼
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「海鮮親子丼だって」
昼休み。パイプ椅子にだらしなく座る咲良が、スマホの画面を見て言った。紙パックのイチゴオレを飲んでいるが、あれ、めちゃくちゃ甘いんだよな。
俺はというと、昼飯を食い終わって、おやつとして持ってきていた栗饅頭の包みを開ける。小さい栗饅頭は近所の和菓子屋で売られているもので、昨日じいちゃんからもらった。栗饅頭はじいちゃんの好物だ。
「学校内でのスマホの使用、禁止じゃなかったか」
「先生いないし、ちょっとぐらい大丈夫だって」
栗饅頭の表面は茶色く照っている。卵黄とみりんを混ぜたものらしい。中にはごろっと大きな栗が一つ、あんこにも刻んだ栗が入っている。
「緑茶が飲みたいな……」
程よい甘さは和菓子らしくておいしい。
「で、これよ、これ」
「んー?」
咲良がスマホの画面を見せてくる。
そこに示されているのは、ずいぶん眩しい色合いの食事の数々だった。どうやらどこかの店の、メニューのサイトらしい。
「どこだ、ここ?」
「レストラン街の店。まあ、ここからバスや電車を乗り継いでいかなきゃいけないとこだけど」
「遠いな」
そのレストラン街がある場所の名前を聞けば、年に何回行くかもわからないデパートだった。
「海鮮親子丼、聞いたことある?」
咲良がズームして見せたのは、焼き鮭のほぐし身といくらがたっぷりのった丼だった。
「なるほど、鮭といくらで親子丼、か」
「うまそーだよな」
しかしやはり結構なお値段だ。高校生がおいそれと出せる金額ではない。
「サーモンもあるみたいだぜ」
「いくらはサーモンの子どもなのか?」
「いやそれは知らんけども」
「ふーん。なあ、他に店はないのか」
レストラン街というのだからいろいろな店があるのだろう。
「あるぞー。ステーキ、ハンバーグ、オムライス、とんかつ……」
「ほとんど千円オーバーじゃん」
それなー、と咲良は笑った。
「でも、こういうのって、見てるだけでも楽しくね?」
「それはまあ、分かる」
「定食屋もある。ここは結構安そうだ」
見ればこっちには、見慣れた親子丼がある。卵と鶏肉の親子丼。
「あ、ほんとだ」
「でもさあ、せっかく遠出するならちょっとぐらい高いの食いたいよな」
確かにその考えにも一理ある。たまの贅沢はいいものだ。少しいい肉を買ってみるとか、ケーキを買うとか。
「で、いつ行くよ?」
「何がだ?」
「暑すぎず寒すぎない季節になったらどっか行くっつってたじゃん」
あー……なんかそんなこと、言っていたような。
こいつはよく覚えてるなあ。
「それに当てはまるのって、春か秋じゃん。いつ行く?」
「中間テスト終わってからだろうな」
そう言えば、咲良はぐっと言葉に詰まり、あからさまに表情がこわばった。
「なんだ、忘れてたのか。もうすぐだぞ」
「さすがに覚えてますー! 意図的に忘れていただけですー」
「現実から目を背けるな」
咲良は、むぅ、と口をとがらせる。毎度思うのだが、いたずらがばれて怒られたときの子どものような顔だ。
しかし咲良はすぐに表情を明るくする。百面相だな。
「でも、モチベーションアップのためにも、予定は立てておくべきだよな。楽しみがあれば頑張れるってもんだろ!」
そんなもんかねえ。俺にはよく分からない。そもそも遠出がそこまで好きじゃないからモチベーションアップにもならない。
「そうか」
「あっ、お前。分かってねえな」
ばれたか。
うーん、そうだな。少し考えてみよう。分からないことは何か別のことに例えると分かりやすくなる。
「俺がテンション上がるのは、テスト終わったら好きなもん食いながらゲームする、とか?」
「そう、そんなもん!」
「なるほど。分かった」
確かにそれは頑張れそうだ。
「と、いうわけで。一緒に考えようぜー」
「ああ、そうだな」
もし、先生が来た時にうまいこと隠せるように、弁当を入れていた保冷バッグを壁にしてスマホを二人でのぞき込む。
さて、俺は何を食べたい?
昼間、あれだけ色々な料理屋を見せられてずっと頭に残っているものがある。
親子丼だ。魚の方じゃなくて、鶏の方。
店のようにとろとろ半熟にはできないけど、家で作る親子丼にはそれにしかない良さがあるというものだ。
まずフライパンに水、しょうゆ、砂糖、みりん、酒を入れ、沸騰させる。そこに薄く切った玉ねぎを入れ、次いで鶏肉を入れる。
鶏肉に火が通ったら溶いた卵を流し入れて完成だ。どんぶりに盛ったご飯の上に、鶏肉と卵をいいバランスでのせる。あくまでシンプル。これがいい。
「いただきます」
おお、卵ふわふわ。家の親子丼って、これがいいんだよ。
ジュワーッと甘い出汁があふれ出し、玉ねぎのトロッとしたところとシャキッとしたところの食感がいい。弾力のある鶏肉にも、ちゃんと味が染みている。
つゆだくのご飯をかきこむのが好きだ。鶏のうま味と卵の味、玉ねぎの甘味が染み出した汁を含んだご飯は、少しふやけておいしい。
一味をかけるとピリッと味が締まる。
半熟もいいけど、このふわふわがたまらない。すべての具材とご飯を一緒に口に含めばもう最高だな。
うんうん、うまい。やっぱ親子丼といえば、これだよな。
まあ、ちょっと、魚の方も気になるけど。
「ごちそうさまでした」
昼休み。パイプ椅子にだらしなく座る咲良が、スマホの画面を見て言った。紙パックのイチゴオレを飲んでいるが、あれ、めちゃくちゃ甘いんだよな。
俺はというと、昼飯を食い終わって、おやつとして持ってきていた栗饅頭の包みを開ける。小さい栗饅頭は近所の和菓子屋で売られているもので、昨日じいちゃんからもらった。栗饅頭はじいちゃんの好物だ。
「学校内でのスマホの使用、禁止じゃなかったか」
「先生いないし、ちょっとぐらい大丈夫だって」
栗饅頭の表面は茶色く照っている。卵黄とみりんを混ぜたものらしい。中にはごろっと大きな栗が一つ、あんこにも刻んだ栗が入っている。
「緑茶が飲みたいな……」
程よい甘さは和菓子らしくておいしい。
「で、これよ、これ」
「んー?」
咲良がスマホの画面を見せてくる。
そこに示されているのは、ずいぶん眩しい色合いの食事の数々だった。どうやらどこかの店の、メニューのサイトらしい。
「どこだ、ここ?」
「レストラン街の店。まあ、ここからバスや電車を乗り継いでいかなきゃいけないとこだけど」
「遠いな」
そのレストラン街がある場所の名前を聞けば、年に何回行くかもわからないデパートだった。
「海鮮親子丼、聞いたことある?」
咲良がズームして見せたのは、焼き鮭のほぐし身といくらがたっぷりのった丼だった。
「なるほど、鮭といくらで親子丼、か」
「うまそーだよな」
しかしやはり結構なお値段だ。高校生がおいそれと出せる金額ではない。
「サーモンもあるみたいだぜ」
「いくらはサーモンの子どもなのか?」
「いやそれは知らんけども」
「ふーん。なあ、他に店はないのか」
レストラン街というのだからいろいろな店があるのだろう。
「あるぞー。ステーキ、ハンバーグ、オムライス、とんかつ……」
「ほとんど千円オーバーじゃん」
それなー、と咲良は笑った。
「でも、こういうのって、見てるだけでも楽しくね?」
「それはまあ、分かる」
「定食屋もある。ここは結構安そうだ」
見ればこっちには、見慣れた親子丼がある。卵と鶏肉の親子丼。
「あ、ほんとだ」
「でもさあ、せっかく遠出するならちょっとぐらい高いの食いたいよな」
確かにその考えにも一理ある。たまの贅沢はいいものだ。少しいい肉を買ってみるとか、ケーキを買うとか。
「で、いつ行くよ?」
「何がだ?」
「暑すぎず寒すぎない季節になったらどっか行くっつってたじゃん」
あー……なんかそんなこと、言っていたような。
こいつはよく覚えてるなあ。
「それに当てはまるのって、春か秋じゃん。いつ行く?」
「中間テスト終わってからだろうな」
そう言えば、咲良はぐっと言葉に詰まり、あからさまに表情がこわばった。
「なんだ、忘れてたのか。もうすぐだぞ」
「さすがに覚えてますー! 意図的に忘れていただけですー」
「現実から目を背けるな」
咲良は、むぅ、と口をとがらせる。毎度思うのだが、いたずらがばれて怒られたときの子どものような顔だ。
しかし咲良はすぐに表情を明るくする。百面相だな。
「でも、モチベーションアップのためにも、予定は立てておくべきだよな。楽しみがあれば頑張れるってもんだろ!」
そんなもんかねえ。俺にはよく分からない。そもそも遠出がそこまで好きじゃないからモチベーションアップにもならない。
「そうか」
「あっ、お前。分かってねえな」
ばれたか。
うーん、そうだな。少し考えてみよう。分からないことは何か別のことに例えると分かりやすくなる。
「俺がテンション上がるのは、テスト終わったら好きなもん食いながらゲームする、とか?」
「そう、そんなもん!」
「なるほど。分かった」
確かにそれは頑張れそうだ。
「と、いうわけで。一緒に考えようぜー」
「ああ、そうだな」
もし、先生が来た時にうまいこと隠せるように、弁当を入れていた保冷バッグを壁にしてスマホを二人でのぞき込む。
さて、俺は何を食べたい?
昼間、あれだけ色々な料理屋を見せられてずっと頭に残っているものがある。
親子丼だ。魚の方じゃなくて、鶏の方。
店のようにとろとろ半熟にはできないけど、家で作る親子丼にはそれにしかない良さがあるというものだ。
まずフライパンに水、しょうゆ、砂糖、みりん、酒を入れ、沸騰させる。そこに薄く切った玉ねぎを入れ、次いで鶏肉を入れる。
鶏肉に火が通ったら溶いた卵を流し入れて完成だ。どんぶりに盛ったご飯の上に、鶏肉と卵をいいバランスでのせる。あくまでシンプル。これがいい。
「いただきます」
おお、卵ふわふわ。家の親子丼って、これがいいんだよ。
ジュワーッと甘い出汁があふれ出し、玉ねぎのトロッとしたところとシャキッとしたところの食感がいい。弾力のある鶏肉にも、ちゃんと味が染みている。
つゆだくのご飯をかきこむのが好きだ。鶏のうま味と卵の味、玉ねぎの甘味が染み出した汁を含んだご飯は、少しふやけておいしい。
一味をかけるとピリッと味が締まる。
半熟もいいけど、このふわふわがたまらない。すべての具材とご飯を一緒に口に含めばもう最高だな。
うんうん、うまい。やっぱ親子丼といえば、これだよな。
まあ、ちょっと、魚の方も気になるけど。
「ごちそうさまでした」
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