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日常
第六十八話 鯛茶漬け
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今日は体育祭の振替休日だ。やーっとあの練習から解放される。
朝から天気も気分もいい。うめずと連れ立って歩けば自然と鼻歌を歌ってしまう。
「風が気持ちいいなー、うめず」
「わふっ」
今日の目的地はもう決まっている。店だ。
いや、正しくは店ではない。店まで一度行って、向かうべき場所がある。
「おはよう」
「お、来たねー、春都。おはよう」
店先ではエプロンをはめたばあちゃんがいた。そのエプロンは料理の時にはめているそれとはまた別の、農作業用のやつだ。
そう、今日は畑に行くのだ。
「うめずもおはよう」
「わう!」
畑までは軽トラで行く。うめずは荷台に乗ってもらい、俺は助手席に座る。荷台を振り返れば、うめずは気持ちよさそうに目を細めて、おとなしく座っていた。
店から畑までは片道五分ぐらいだ。自転車で行くこともある。
広大、というほどではないがささやかというほどでもない、それなりの広さの畑だ。そこには季節の野菜が植えられていて、これだけの畑を毎日、店もやりながらよく世話できるなあと感心する。
俺はちょっとした鉢植え一つでも四苦八苦するというのに。
「はい、軍手」
ばあちゃんから受け取った軍手をはめる。小さいころはぶかぶかで、指先が余っていたものだ。
「じゃあ、よろしくね~」
そう言ってばあちゃんはさっさと作業に取り掛かる。さて、俺もやるか。
「うめず、待ってろよ」
「わふっ」
畑には木があって日陰になっているところがある。そこは風通しもいいので、うめずにはそこにいてもらう。リードを木に固定すれば、木陰の所はウロウロできる。
さて、俺も作業に取り掛かろう。
俺にできる作業といえば、草むしりだ。しかしただの草むしりと侮ってはいけない。夏の雑草は、勢いがすごいのだ。
作業自体は静かなもので、鳥のさえずりや風が木の葉をなでる音ばかりが聞こえる。周囲も田んぼや畑しかなく、たまーに車や自転車が通ってるかな? というほどだ。
昨日の喧騒と熱気がまだ頭に残っている気がしていたが、作業を進めるにつれてだんだんとそれがなくなっていくのを感じる。ごちゃごちゃしていた頭が整理されていくというか、すっきりした気分だ。
「あ、ミミズ」
ちょっと抜けにくい雑草を抜いたら、周りの土が少し掘り起こされて、その拍子にミミズが出てきた。ウゴウゴしている様子は、なんというか、生々しい。
小学生の頃は虫でもなんでもどんと来いって感じだったのに、最近はダンゴムシでもちょっとビビってしまう。よくもまあ、湿っぽいところの石をひっくり返してはダンゴムシを乱獲していたものだ。今じゃ絶対無理。
「ごめんよー」
ミミズにそう言いながら、草むしりを進める。
途中、自分もうめずも水分補給をする。ばあちゃんが麦茶を持ってきてくれていた。凍らせていたらしいそれは少し溶けて、濃い味がした。うめずには水を用意してくれていた。
さて、作業再開……。
「ちょっと、春都」
「んー?」
ばあちゃんに呼び止められて振り返る。
「日が照ってきたから、帽子かぶんなさい。ほら」
渡されたのは麦わら帽子とタオルだった。麦わら帽子には赤いリボンがついているし、タオルはひんやりしている。
「これは首に巻いて」
「分かった……冷たっ!」
「あはは。さっきまで保冷剤と一緒に入れてたからねー」
なんかこれ地味に凍ってないか。まあいいや、気持ちいいし。おおぉ、一気に体が冷えていく。
「似合うね」
「そう?」
見れば帽子はばあちゃんとおそろいだ。たぶん、じいちゃんもなのだろう。
確かに日差しが強くなってきたので、これはありがたい。
「もう少ししたら帰ってお昼にしようか」
「ん、分かった」
あ、そっか。今日は昼飯自分で作らなくていいのか。そう思ったらバリバリ頑張れそうな気がしてきた。
昼飯、なんだろうな。
「ほれ、うめず。足洗うぞ」
「わうぅ」
店の表には蛇口がある。じいちゃんたちがいつもパンク修理で使っている、自転車メーカーのロゴが書かれた箱に水を溜め、うめずの足を洗う。泥だらけなので、このまま家に入ったらもう大惨事だ。
なんでも、この箱で俺も昔は水浴びをしていたらしい。しかも店先で。覚えているような、いないような。
「よし」
上り口でうめずの足を拭く。
居間はとても涼しくて心地よかった。
「おう、お帰り春都」
「ただいまー」
うめずがじいちゃんのもとへ一直線に向かう。新聞を読んでいたじいちゃんだったが、それをたたんでうめずを受け止めた。
「おー、うめずも来てたのかー。引っ越しの日以来だな?」
「わうっ!」
台所に行けば、ばあちゃんが昼ご飯の準備をしていた。
「はい、これ持ってって」
「ん」
ばあちゃんが示したのは電気ケトルだった。なみなみにお湯が沸かされている。
「お待たせ」
どんぶり飯とあと……これは何だ。魚を醤油か何かで漬けたやつ。ごまも入っている。
「で、うめずはこっち」
うめずのために用意された皿には、細かく切り分けられた魚の身がのっていた。これは、鯛か。
「鯛?」
「そう、鯛茶漬け」
おぉー、昼間っから鯛茶漬けとか、贅沢だなあ。自分じゃ絶対作らない。
「いただきます」
炊き立てのご飯の上に、醤油と酒とみりんに漬けられた鯛の刺身をのせる。ごまがたっぷりのその汁もかけて……一度そのまま食べてみる。わさびをのせてご飯と一緒に食べると、まろやかな風味と鯛のねっちりした食感がとてもおいしい。ごまの風味もいいな。ピリッとわさびも効いている。
さて、お湯をかけてみよう。鯛がうっすらと白くなる。生の部分とは違い、熱が加わったところはほくっと、トロッとしている。ばあちゃん特製の漬けダレもよく合うのだ。
若干生の部分が残った部分もおいしい。
うめずのぶんは味付けされていないが、おいしそうに食べている。
「ほら、春都。もっと鯛取りなさい」
「あ、うん」
鯛を後のせすれば、味も濃くなる。
わさびはほんのり風味を足して、鯛のうま味を増幅させるのだ。
なんというか、やさしい味だ。同じものを使って、同じ分量で作っても自分じゃこの味は出せない。
疲れているときでもするする食べてしまう味。落ち着くなあ。
「ごちそうさまでした」
朝から天気も気分もいい。うめずと連れ立って歩けば自然と鼻歌を歌ってしまう。
「風が気持ちいいなー、うめず」
「わふっ」
今日の目的地はもう決まっている。店だ。
いや、正しくは店ではない。店まで一度行って、向かうべき場所がある。
「おはよう」
「お、来たねー、春都。おはよう」
店先ではエプロンをはめたばあちゃんがいた。そのエプロンは料理の時にはめているそれとはまた別の、農作業用のやつだ。
そう、今日は畑に行くのだ。
「うめずもおはよう」
「わう!」
畑までは軽トラで行く。うめずは荷台に乗ってもらい、俺は助手席に座る。荷台を振り返れば、うめずは気持ちよさそうに目を細めて、おとなしく座っていた。
店から畑までは片道五分ぐらいだ。自転車で行くこともある。
広大、というほどではないがささやかというほどでもない、それなりの広さの畑だ。そこには季節の野菜が植えられていて、これだけの畑を毎日、店もやりながらよく世話できるなあと感心する。
俺はちょっとした鉢植え一つでも四苦八苦するというのに。
「はい、軍手」
ばあちゃんから受け取った軍手をはめる。小さいころはぶかぶかで、指先が余っていたものだ。
「じゃあ、よろしくね~」
そう言ってばあちゃんはさっさと作業に取り掛かる。さて、俺もやるか。
「うめず、待ってろよ」
「わふっ」
畑には木があって日陰になっているところがある。そこは風通しもいいので、うめずにはそこにいてもらう。リードを木に固定すれば、木陰の所はウロウロできる。
さて、俺も作業に取り掛かろう。
俺にできる作業といえば、草むしりだ。しかしただの草むしりと侮ってはいけない。夏の雑草は、勢いがすごいのだ。
作業自体は静かなもので、鳥のさえずりや風が木の葉をなでる音ばかりが聞こえる。周囲も田んぼや畑しかなく、たまーに車や自転車が通ってるかな? というほどだ。
昨日の喧騒と熱気がまだ頭に残っている気がしていたが、作業を進めるにつれてだんだんとそれがなくなっていくのを感じる。ごちゃごちゃしていた頭が整理されていくというか、すっきりした気分だ。
「あ、ミミズ」
ちょっと抜けにくい雑草を抜いたら、周りの土が少し掘り起こされて、その拍子にミミズが出てきた。ウゴウゴしている様子は、なんというか、生々しい。
小学生の頃は虫でもなんでもどんと来いって感じだったのに、最近はダンゴムシでもちょっとビビってしまう。よくもまあ、湿っぽいところの石をひっくり返してはダンゴムシを乱獲していたものだ。今じゃ絶対無理。
「ごめんよー」
ミミズにそう言いながら、草むしりを進める。
途中、自分もうめずも水分補給をする。ばあちゃんが麦茶を持ってきてくれていた。凍らせていたらしいそれは少し溶けて、濃い味がした。うめずには水を用意してくれていた。
さて、作業再開……。
「ちょっと、春都」
「んー?」
ばあちゃんに呼び止められて振り返る。
「日が照ってきたから、帽子かぶんなさい。ほら」
渡されたのは麦わら帽子とタオルだった。麦わら帽子には赤いリボンがついているし、タオルはひんやりしている。
「これは首に巻いて」
「分かった……冷たっ!」
「あはは。さっきまで保冷剤と一緒に入れてたからねー」
なんかこれ地味に凍ってないか。まあいいや、気持ちいいし。おおぉ、一気に体が冷えていく。
「似合うね」
「そう?」
見れば帽子はばあちゃんとおそろいだ。たぶん、じいちゃんもなのだろう。
確かに日差しが強くなってきたので、これはありがたい。
「もう少ししたら帰ってお昼にしようか」
「ん、分かった」
あ、そっか。今日は昼飯自分で作らなくていいのか。そう思ったらバリバリ頑張れそうな気がしてきた。
昼飯、なんだろうな。
「ほれ、うめず。足洗うぞ」
「わうぅ」
店の表には蛇口がある。じいちゃんたちがいつもパンク修理で使っている、自転車メーカーのロゴが書かれた箱に水を溜め、うめずの足を洗う。泥だらけなので、このまま家に入ったらもう大惨事だ。
なんでも、この箱で俺も昔は水浴びをしていたらしい。しかも店先で。覚えているような、いないような。
「よし」
上り口でうめずの足を拭く。
居間はとても涼しくて心地よかった。
「おう、お帰り春都」
「ただいまー」
うめずがじいちゃんのもとへ一直線に向かう。新聞を読んでいたじいちゃんだったが、それをたたんでうめずを受け止めた。
「おー、うめずも来てたのかー。引っ越しの日以来だな?」
「わうっ!」
台所に行けば、ばあちゃんが昼ご飯の準備をしていた。
「はい、これ持ってって」
「ん」
ばあちゃんが示したのは電気ケトルだった。なみなみにお湯が沸かされている。
「お待たせ」
どんぶり飯とあと……これは何だ。魚を醤油か何かで漬けたやつ。ごまも入っている。
「で、うめずはこっち」
うめずのために用意された皿には、細かく切り分けられた魚の身がのっていた。これは、鯛か。
「鯛?」
「そう、鯛茶漬け」
おぉー、昼間っから鯛茶漬けとか、贅沢だなあ。自分じゃ絶対作らない。
「いただきます」
炊き立てのご飯の上に、醤油と酒とみりんに漬けられた鯛の刺身をのせる。ごまがたっぷりのその汁もかけて……一度そのまま食べてみる。わさびをのせてご飯と一緒に食べると、まろやかな風味と鯛のねっちりした食感がとてもおいしい。ごまの風味もいいな。ピリッとわさびも効いている。
さて、お湯をかけてみよう。鯛がうっすらと白くなる。生の部分とは違い、熱が加わったところはほくっと、トロッとしている。ばあちゃん特製の漬けダレもよく合うのだ。
若干生の部分が残った部分もおいしい。
うめずのぶんは味付けされていないが、おいしそうに食べている。
「ほら、春都。もっと鯛取りなさい」
「あ、うん」
鯛を後のせすれば、味も濃くなる。
わさびはほんのり風味を足して、鯛のうま味を増幅させるのだ。
なんというか、やさしい味だ。同じものを使って、同じ分量で作っても自分じゃこの味は出せない。
疲れているときでもするする食べてしまう味。落ち着くなあ。
「ごちそうさまでした」
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