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日常
第六十六話 豚トロ
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「あっち~! この暑さどうにかなんねえの?」
「やかましい……」
運動場の奥にはブロックごとにテントが設置されている。その下はたくさんの生徒でひしめいているので、日陰だがとても暑い。そこにはいたくなかったので、テント近くの風通しのいい木陰にいれば咲良もやってきた。ほとんどの生徒はテントにいるが、ちらほらと歩き回る生徒や俺たちと同じように別の場所で休憩をする生徒もいるので、あまり目立たない。
今日も今日とて体育祭の練習が行われている。しかし今日はどちらかといえば選抜リレーの練習とか、応援団の場所確認とかが中心なので、俺はあまり出番がない。
最近配布されたハチマキは外し、ポケットに突っ込んでいる。咲良もハチマキは輪にして首にかけている。そしてそろって、先生に見つかれば怒られるであろう体操服の着崩し具合。言われた通りの着方をしていたら、暑くて仕方ない。
「予報じゃ午後からも快晴らしい」
そろって空を見上げれば、雲一つない青空がそこには広がっている。
「まぁじで」
「降水確率はゼロだ」
「それは結構なことで。あっぱれあっぱれ」
咲良はパタパタと帽子で首元を仰ぐ。風通しがいい場所であるとはいえ、そりゃ、クーラーの効いた室内に比べれば非常に暑い。
「ザーッと雨さえ降れば、ちっとは涼しくなるだろうがなあ……」
「蒸し暑くなる可能性だってあるぞ」
ここまで暑いと、不毛な会話しかできない。まあ、普段から実のある話をしているとも思えないが。
「おう、暑そうだなお前ら」
後ろから声が聞こえて振り返れば、ネット裏に石上先生がいた。ワイシャツの袖をまくり上げ、手には段ボール箱が抱えられている。
「あー、石上先生。こんにちは」
「こんちゃーす」
運動場の裏には多目的ホールがある。そこは吹奏楽部の練習場所になっていながら、一部は物置になっているのだ。
「片付けっすか? 暑いのに大変ですねー」
咲良が言うと、石上先生は荷物を持ち直し「いやいや」と苦笑した。
「君たちの方が大変だろう。こんな暑い中、練習やらなにやら」
「先生分かってる~」
「やっぱ大変だって思いますよね。分かってくれますか」
「あはは、分かる分かる」
咲良はうんざりした表情で再び空を見上げた。
「雨降りませんかねえ。そしたら練習も中止に……いや、体育館になるのか」
「体育館は今日、設備点検で午後から使えないらしいよ」
その言葉に、石上先生を見上げる。
「まじすか」
「じゃあ、ワンチャンあるか」
「でもめっちゃ晴れてるし、雨降らんでしょ」
わずかな希望もつかの間、肩を落とす。しかし石上先生は言い切ったものだ。
「降るよ、今日は」
えー? と咲良は疑わしげな視線を先生に向けた。
「ホントっすかあ~?」
「降るね、確実に」
「根拠はあるんですか?」
そう聞けば、先生はにっこりと笑って言ったのだった。
「今日はすごく頭が痛い」
昼休み、教室で飯を食いながら咲良と話す。
「ほんとに降るかなー?」
「どうだろうな」
「天気予報快晴なんだろ? 降らねーって」
まあ、降ったとしても、小雨ぐらいじゃねえかなあ。だって結構晴れてるし……。
しかし、時間が過ぎるにつれ、だんだんと空は暗くなっていく。弁当を食い終わり、二人して外をじっと眺める。
その時、一滴の水が窓を叩いた。
「あ、雨」
次第に雨粒は勢いを増し、あっという間に窓いっぱいに模様を作り出した。
「マジで降ってきた!」
咲良が半分驚愕、半分歓喜というような声を上げた。
すげーな、頭痛天気予報。テレビとかの天気予報よりずっと当たる。
「じゃ、もしかして練習中止?」
「かもな」
周囲も次第に騒がしくなる。中には落胆の声を上げる者もいたが、中止かもしれないと喜ぶ声が大半だ。
少しして放送が入り、各ブロックの代表者が呼び出された。
「自習ならいいなー、練習中止になんねーかなー」
「授業って可能性もあるぞ」
「でも誰も教科書持ってきてねーだろ。授業になんねえ」
「それもそうか」
まだ確定事項でもないのに、俺たちは午後からの練習は中止と勝手に判断していろいろと計画を立てる。
それから間もなくして、午後の予定の放送が入ったのだった。
そうだよな。学校は広いし、どこでも練習場所にしようと思えばできるよな。廊下も、教室も、多目的ホールも。練習が中止になるなんて、めったなことではないよなあ。
結局練習になるのなら、下手に希望を膨らませるんじゃなかった。落差が激しい。
しかも雨が降ってるから蒸し暑いし。途中で石上先生とすれ違ったけど、苦笑いを浮かべてぐっとガッツポーズされた。
今日も簡単に飯は済ませよう。帰りに豚トロを買ってきたのでそれを炒めることにする。
一パックだけだが、結構量がある。それに野菜も準備したからボリュームは申し分ない。フライパンに少し油をひいて、豚トロを炒める。めっちゃ脂が飛ぶので気を付けなければ。
味付けはシンプルに塩コショウで。ちょっとカリッとするぐらいに焼くのが好きだ。
もちろんご飯は山盛りで。豚トロには醤油も合うのだ。
「いただきます」
サクッとカリッとしたような表面。そしてグニッと……シャキッと? どう形容したらいいのか分からない、独特の食感。この食感って、豚トロ以外で味わえない気がする。
にじみ出る脂と肉のうま味。どちらかといえば脂の比率は多いのであろう。塩コショウがよく効いておいしい。
醤油をかければ風味が立ってまたいい。あ、わさびも。豚肉にはわさび醤油がよく合う。
箸休めにキャベツの千切りを。今日はさっぱりポン酢で。そうだ。豚トロと一緒に食べてみよう。
……うん、気持ちさっぱりしてまたおいしい。ご飯との相性もいいな。
さて、練習も終盤。あとは一回通しの予行と、本番。それを乗り越えれば普通の日々がやってくる。
あ、体育祭当日の弁当、何にしようかなあ。
「ごちそうさまでした」
「やかましい……」
運動場の奥にはブロックごとにテントが設置されている。その下はたくさんの生徒でひしめいているので、日陰だがとても暑い。そこにはいたくなかったので、テント近くの風通しのいい木陰にいれば咲良もやってきた。ほとんどの生徒はテントにいるが、ちらほらと歩き回る生徒や俺たちと同じように別の場所で休憩をする生徒もいるので、あまり目立たない。
今日も今日とて体育祭の練習が行われている。しかし今日はどちらかといえば選抜リレーの練習とか、応援団の場所確認とかが中心なので、俺はあまり出番がない。
最近配布されたハチマキは外し、ポケットに突っ込んでいる。咲良もハチマキは輪にして首にかけている。そしてそろって、先生に見つかれば怒られるであろう体操服の着崩し具合。言われた通りの着方をしていたら、暑くて仕方ない。
「予報じゃ午後からも快晴らしい」
そろって空を見上げれば、雲一つない青空がそこには広がっている。
「まぁじで」
「降水確率はゼロだ」
「それは結構なことで。あっぱれあっぱれ」
咲良はパタパタと帽子で首元を仰ぐ。風通しがいい場所であるとはいえ、そりゃ、クーラーの効いた室内に比べれば非常に暑い。
「ザーッと雨さえ降れば、ちっとは涼しくなるだろうがなあ……」
「蒸し暑くなる可能性だってあるぞ」
ここまで暑いと、不毛な会話しかできない。まあ、普段から実のある話をしているとも思えないが。
「おう、暑そうだなお前ら」
後ろから声が聞こえて振り返れば、ネット裏に石上先生がいた。ワイシャツの袖をまくり上げ、手には段ボール箱が抱えられている。
「あー、石上先生。こんにちは」
「こんちゃーす」
運動場の裏には多目的ホールがある。そこは吹奏楽部の練習場所になっていながら、一部は物置になっているのだ。
「片付けっすか? 暑いのに大変ですねー」
咲良が言うと、石上先生は荷物を持ち直し「いやいや」と苦笑した。
「君たちの方が大変だろう。こんな暑い中、練習やらなにやら」
「先生分かってる~」
「やっぱ大変だって思いますよね。分かってくれますか」
「あはは、分かる分かる」
咲良はうんざりした表情で再び空を見上げた。
「雨降りませんかねえ。そしたら練習も中止に……いや、体育館になるのか」
「体育館は今日、設備点検で午後から使えないらしいよ」
その言葉に、石上先生を見上げる。
「まじすか」
「じゃあ、ワンチャンあるか」
「でもめっちゃ晴れてるし、雨降らんでしょ」
わずかな希望もつかの間、肩を落とす。しかし石上先生は言い切ったものだ。
「降るよ、今日は」
えー? と咲良は疑わしげな視線を先生に向けた。
「ホントっすかあ~?」
「降るね、確実に」
「根拠はあるんですか?」
そう聞けば、先生はにっこりと笑って言ったのだった。
「今日はすごく頭が痛い」
昼休み、教室で飯を食いながら咲良と話す。
「ほんとに降るかなー?」
「どうだろうな」
「天気予報快晴なんだろ? 降らねーって」
まあ、降ったとしても、小雨ぐらいじゃねえかなあ。だって結構晴れてるし……。
しかし、時間が過ぎるにつれ、だんだんと空は暗くなっていく。弁当を食い終わり、二人して外をじっと眺める。
その時、一滴の水が窓を叩いた。
「あ、雨」
次第に雨粒は勢いを増し、あっという間に窓いっぱいに模様を作り出した。
「マジで降ってきた!」
咲良が半分驚愕、半分歓喜というような声を上げた。
すげーな、頭痛天気予報。テレビとかの天気予報よりずっと当たる。
「じゃ、もしかして練習中止?」
「かもな」
周囲も次第に騒がしくなる。中には落胆の声を上げる者もいたが、中止かもしれないと喜ぶ声が大半だ。
少しして放送が入り、各ブロックの代表者が呼び出された。
「自習ならいいなー、練習中止になんねーかなー」
「授業って可能性もあるぞ」
「でも誰も教科書持ってきてねーだろ。授業になんねえ」
「それもそうか」
まだ確定事項でもないのに、俺たちは午後からの練習は中止と勝手に判断していろいろと計画を立てる。
それから間もなくして、午後の予定の放送が入ったのだった。
そうだよな。学校は広いし、どこでも練習場所にしようと思えばできるよな。廊下も、教室も、多目的ホールも。練習が中止になるなんて、めったなことではないよなあ。
結局練習になるのなら、下手に希望を膨らませるんじゃなかった。落差が激しい。
しかも雨が降ってるから蒸し暑いし。途中で石上先生とすれ違ったけど、苦笑いを浮かべてぐっとガッツポーズされた。
今日も簡単に飯は済ませよう。帰りに豚トロを買ってきたのでそれを炒めることにする。
一パックだけだが、結構量がある。それに野菜も準備したからボリュームは申し分ない。フライパンに少し油をひいて、豚トロを炒める。めっちゃ脂が飛ぶので気を付けなければ。
味付けはシンプルに塩コショウで。ちょっとカリッとするぐらいに焼くのが好きだ。
もちろんご飯は山盛りで。豚トロには醤油も合うのだ。
「いただきます」
サクッとカリッとしたような表面。そしてグニッと……シャキッと? どう形容したらいいのか分からない、独特の食感。この食感って、豚トロ以外で味わえない気がする。
にじみ出る脂と肉のうま味。どちらかといえば脂の比率は多いのであろう。塩コショウがよく効いておいしい。
醤油をかければ風味が立ってまたいい。あ、わさびも。豚肉にはわさび醤油がよく合う。
箸休めにキャベツの千切りを。今日はさっぱりポン酢で。そうだ。豚トロと一緒に食べてみよう。
……うん、気持ちさっぱりしてまたおいしい。ご飯との相性もいいな。
さて、練習も終盤。あとは一回通しの予行と、本番。それを乗り越えれば普通の日々がやってくる。
あ、体育祭当日の弁当、何にしようかなあ。
「ごちそうさまでした」
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