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日常
第六十五話 カレードリア
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ああ、今日は朝から最悪の気分だ。
こんなことはめったにない。俺は基本、負の感情は引きずりたくないタイプだ。だって嫌な気分で飯を食いたくないから。だからといって常にハイテンションというわけでもないが、なんというか、いつも感情は平坦なイメージだ。
まあ、咲良にはしょっちゅう乱されているが。
それでもこの気分は久しぶりだ。ずっとピリピリしているというか、イライラするというか。
原因は分かっている。一日中体育祭の練習があるからだ。去年もそうだった。
行進の練習から競技の予行、応援合戦の練習に片付け。それに加えてずっと怒鳴られるのだ。先生だけじゃない。実行委員やブロックの代表からもなんかいろいろいちゃもんつけられる。
大体、何が楽しくて体育祭なんかやるんだ。一致団結だの全力全開だの、やってられるか。
休憩もろくにないし、暑いし、埃っぽいし、何も面白くない。
そもそも俺は声を張るのが苦手だ。運動も苦手だ。もう、体育祭の参加は任意にすればいいのに。
そして今、俺はなぜか、競技で使う道具を片付けさせられている。
練習が終わって昼休み、ということで昇降口へと向かっていたのだが、そこを引き留められたというわけだ。さっさと片づけたいから手伝え、と。
しかし道具係がいるはずだ。聞いてみれば仕事を忘れてそのまま教室へ帰ってしまったのだとか。
ちくしょう。ぜってえ許さねえ。あとでしこたま怒られればいいんだ。
「はあ~、やってらんねえ~」
本来の道具係はもう教室に帰っているみたいだ。なんだってこんなことに……他にもいただろ、適任者はよぉ。
誰もいなくなった昇降口でため息をつけば反響し、その音が耳に残る。それすらも腹が立つ。
腹が減った。今日も今日とて咲良は食堂で飯を食うらしく、一緒に行くかという話だったが、これだけ時間が過ぎたのだ。一人か、あるいは誰かを誘って行っているだろう。ま、あいつも俺がイライラしてるの知ってたし、当たられなくていいやとでも思ってるんじゃないか。
しかし、人もまばらな廊下の、二組の教室の前には一人、ぽつんと立つ人影が。
「お! 帰ってきたな~。お疲れ」
咲良はにぱっと笑ってこちらに手を振る。
「んだよ、食堂行ってなかったのか」
ちょっととげのある言い方になってしまったが、咲良は一向にかまう様子を見せない。俺は教室から弁当の袋を持ってきて、並んで食堂へ向かった。
「いや、だってさ、一緒に食うって言ってたし」
「でもだいぶ混んでるんじゃないか」
「最後の方に定食頼むとさ、おばちゃんがサービスしてくれんだよな!」
「ゆっくり食べられないぞ」
「俺そんなに食うのに時間かからないからなー」
ふんふんと調子はずれな鼻歌を歌う咲良。
いつもは散々迷惑かけてくるくせに、こういう時は察しがいいというか、なんというか。
運よく空いた席に陣取りぼーっとしていたら、定食を頼んだ咲良が戻ってきた。生姜焼き定食だ。
「な、これ。おまけの小さいからあげ! 一口サイズが三つも~」
「ああ、本当だ」
咲良が示したのは別皿で添えられた、小さなからあげ。なるほど、これがサービスってやつか。
「いただきます」
弁当の中身はいつも通り。ミートボールとプチトマト、ウインナーと冷凍のナポリタン、そして卵焼き。冷凍のナポリタンは甘みが強いように思う。
「大変だったな」
「ひどい目に合った」
ゴマ塩をかけたご飯は、汗をかいた体に嬉しいしょっぱさだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。もう午後からさぼってやる」
「じゃあ、俺も一緒にさぼろうかな。俺も楽しくないし」
はは、と咲良は笑った。こいつのことだから、俺がさぼれば本当に一緒になってさぼりかねない。
「はあ……」
普段であれば「冗談だ」と返すような場面だが、俺はただため息をつくしかできなかった。
「しょうがないなあ」
「あ?」
うつむいていた顔を上げれば、咲良が俺の弁当箱に何かを入れていた。
「なんだ? ……からあげ?」
弁当箱にあったのは、おまけの小さなからあげだった。咲良は得意げに笑った。
「頑張った春ちゃんにご褒美だ。ありがたく思えよ?」
「……む」
咲良は自分の口にもからあげを放り込む。こいつ、どさくさに紛れて春ちゃんって呼びやがった。
「んー、うっま」
食堂のからあげ、久々に食った。うちのからあげよりニンニク控えめで、コショウの味が濃い。
「で、どうする? 午後さぼる?」
堂々と悪びれずそう聞く咲良。
一つ嘆息し、俺は首を横に振って否定の意を示す。
「……さぼったら、内申に響く。あと春ちゃんって呼ぶな」
「あ、ばれた?」
「ばれるわ」
まあ、ここでイライラしていてもいいことはないよな。
気づけば、波立っていた心が落ち着き始めているのを感じていた。
結局午後の練習もなんとか乗り越え、這うようにして帰宅した。
体育祭も、その練習も、休めば大きく減点されることは暗黙の了解だ。なんかその辺も気にくわないけど、言っても仕方ないのでもう忘れることにする。
もう寝てしまいたいが、腹が減った。料理をする気力も体力も残っていないけど、がっつり食いたい。
というわけで今日は、レトルトのカレーのお世話になる。
耐熱皿にご飯をよそい、その上にレトルトのカレーをかける。そしてチーズをさらに盛る。これをオーブンで焼けばカレードリアの完成だ。
「あ~、うまそうなにおい」
カレー鍋を混ぜているときの香りとは違い、香ばしいにおいとチーズのまろやかな香り。カレードリアは食べ応えがあるのでいい。
「いただきます」
パリッと焼けたチーズの表面をスプーンでつつき、すくえばトローッと伸びる。少し冷まして口に運ぶ。
普段のカレーよりスパイシーなカレーは、チーズのやわらかさと相性抜群だ。控えめな具材もいい。しっかりとうま味があっておいしい。
少し醤油を垂らす。こうすると味が引き締まり、醤油の香ばしさも加わってうま味が倍増するのだ。
少しかたくなったチーズも塩気があっていい。カリカリに焼けた部分はスナック菓子の様だ。おいしいなあ。スパイスの香りが体に染みる。
これから先一週間は同じような日が続くのだろうから憂鬱だが、嘆いても仕方ない。
うまい飯食って、イライラを跳ね除けられるようにしたいものだ。
いや、イライラはするだろうから、飯のことを考えたり、しっかり食いたいもん食ったりしてしのげるようにしよう。
今日は、そう考えられるようになったってだけで上々だな。
「ごちそうさまでした」
こんなことはめったにない。俺は基本、負の感情は引きずりたくないタイプだ。だって嫌な気分で飯を食いたくないから。だからといって常にハイテンションというわけでもないが、なんというか、いつも感情は平坦なイメージだ。
まあ、咲良にはしょっちゅう乱されているが。
それでもこの気分は久しぶりだ。ずっとピリピリしているというか、イライラするというか。
原因は分かっている。一日中体育祭の練習があるからだ。去年もそうだった。
行進の練習から競技の予行、応援合戦の練習に片付け。それに加えてずっと怒鳴られるのだ。先生だけじゃない。実行委員やブロックの代表からもなんかいろいろいちゃもんつけられる。
大体、何が楽しくて体育祭なんかやるんだ。一致団結だの全力全開だの、やってられるか。
休憩もろくにないし、暑いし、埃っぽいし、何も面白くない。
そもそも俺は声を張るのが苦手だ。運動も苦手だ。もう、体育祭の参加は任意にすればいいのに。
そして今、俺はなぜか、競技で使う道具を片付けさせられている。
練習が終わって昼休み、ということで昇降口へと向かっていたのだが、そこを引き留められたというわけだ。さっさと片づけたいから手伝え、と。
しかし道具係がいるはずだ。聞いてみれば仕事を忘れてそのまま教室へ帰ってしまったのだとか。
ちくしょう。ぜってえ許さねえ。あとでしこたま怒られればいいんだ。
「はあ~、やってらんねえ~」
本来の道具係はもう教室に帰っているみたいだ。なんだってこんなことに……他にもいただろ、適任者はよぉ。
誰もいなくなった昇降口でため息をつけば反響し、その音が耳に残る。それすらも腹が立つ。
腹が減った。今日も今日とて咲良は食堂で飯を食うらしく、一緒に行くかという話だったが、これだけ時間が過ぎたのだ。一人か、あるいは誰かを誘って行っているだろう。ま、あいつも俺がイライラしてるの知ってたし、当たられなくていいやとでも思ってるんじゃないか。
しかし、人もまばらな廊下の、二組の教室の前には一人、ぽつんと立つ人影が。
「お! 帰ってきたな~。お疲れ」
咲良はにぱっと笑ってこちらに手を振る。
「んだよ、食堂行ってなかったのか」
ちょっととげのある言い方になってしまったが、咲良は一向にかまう様子を見せない。俺は教室から弁当の袋を持ってきて、並んで食堂へ向かった。
「いや、だってさ、一緒に食うって言ってたし」
「でもだいぶ混んでるんじゃないか」
「最後の方に定食頼むとさ、おばちゃんがサービスしてくれんだよな!」
「ゆっくり食べられないぞ」
「俺そんなに食うのに時間かからないからなー」
ふんふんと調子はずれな鼻歌を歌う咲良。
いつもは散々迷惑かけてくるくせに、こういう時は察しがいいというか、なんというか。
運よく空いた席に陣取りぼーっとしていたら、定食を頼んだ咲良が戻ってきた。生姜焼き定食だ。
「な、これ。おまけの小さいからあげ! 一口サイズが三つも~」
「ああ、本当だ」
咲良が示したのは別皿で添えられた、小さなからあげ。なるほど、これがサービスってやつか。
「いただきます」
弁当の中身はいつも通り。ミートボールとプチトマト、ウインナーと冷凍のナポリタン、そして卵焼き。冷凍のナポリタンは甘みが強いように思う。
「大変だったな」
「ひどい目に合った」
ゴマ塩をかけたご飯は、汗をかいた体に嬉しいしょっぱさだ。
「大丈夫か?」
「大丈夫じゃない。もう午後からさぼってやる」
「じゃあ、俺も一緒にさぼろうかな。俺も楽しくないし」
はは、と咲良は笑った。こいつのことだから、俺がさぼれば本当に一緒になってさぼりかねない。
「はあ……」
普段であれば「冗談だ」と返すような場面だが、俺はただため息をつくしかできなかった。
「しょうがないなあ」
「あ?」
うつむいていた顔を上げれば、咲良が俺の弁当箱に何かを入れていた。
「なんだ? ……からあげ?」
弁当箱にあったのは、おまけの小さなからあげだった。咲良は得意げに笑った。
「頑張った春ちゃんにご褒美だ。ありがたく思えよ?」
「……む」
咲良は自分の口にもからあげを放り込む。こいつ、どさくさに紛れて春ちゃんって呼びやがった。
「んー、うっま」
食堂のからあげ、久々に食った。うちのからあげよりニンニク控えめで、コショウの味が濃い。
「で、どうする? 午後さぼる?」
堂々と悪びれずそう聞く咲良。
一つ嘆息し、俺は首を横に振って否定の意を示す。
「……さぼったら、内申に響く。あと春ちゃんって呼ぶな」
「あ、ばれた?」
「ばれるわ」
まあ、ここでイライラしていてもいいことはないよな。
気づけば、波立っていた心が落ち着き始めているのを感じていた。
結局午後の練習もなんとか乗り越え、這うようにして帰宅した。
体育祭も、その練習も、休めば大きく減点されることは暗黙の了解だ。なんかその辺も気にくわないけど、言っても仕方ないのでもう忘れることにする。
もう寝てしまいたいが、腹が減った。料理をする気力も体力も残っていないけど、がっつり食いたい。
というわけで今日は、レトルトのカレーのお世話になる。
耐熱皿にご飯をよそい、その上にレトルトのカレーをかける。そしてチーズをさらに盛る。これをオーブンで焼けばカレードリアの完成だ。
「あ~、うまそうなにおい」
カレー鍋を混ぜているときの香りとは違い、香ばしいにおいとチーズのまろやかな香り。カレードリアは食べ応えがあるのでいい。
「いただきます」
パリッと焼けたチーズの表面をスプーンでつつき、すくえばトローッと伸びる。少し冷まして口に運ぶ。
普段のカレーよりスパイシーなカレーは、チーズのやわらかさと相性抜群だ。控えめな具材もいい。しっかりとうま味があっておいしい。
少し醤油を垂らす。こうすると味が引き締まり、醤油の香ばしさも加わってうま味が倍増するのだ。
少しかたくなったチーズも塩気があっていい。カリカリに焼けた部分はスナック菓子の様だ。おいしいなあ。スパイスの香りが体に染みる。
これから先一週間は同じような日が続くのだろうから憂鬱だが、嘆いても仕方ない。
うまい飯食って、イライラを跳ね除けられるようにしたいものだ。
いや、イライラはするだろうから、飯のことを考えたり、しっかり食いたいもん食ったりしてしのげるようにしよう。
今日は、そう考えられるようになったってだけで上々だな。
「ごちそうさまでした」
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