63 / 854
日常
第六十三話 トースト
しおりを挟む
風の音がすごい。
雨も結構降っているが、とにかく風がすごい。
「すげー……」
カーテンを少し開けて外を見れば、木は激しくなびいて吹っ飛びそうだし、どこかから何かが飛んできそうな気配さえしてくる。
八月の終わりから九月にかけてはしょっちゅう台風が来る。あまりに強い台風であればそりゃ対策もするし心配もあるのだが、それよりも「もうこんな季節か」という気分の方が強い。何なら休校になるかなー、なんてのんきに考えている。
ま、たいていの台風じゃ休校にはならないし、バスも電車も止まらない。それに、台風というものはなぜか、狙いすましたように週末に襲ってきて週明けには何事もなかったかのように、すがすがしい青空を置いてどこかへ行ってしまうものだ。
カーテンを閉め、ベッドに腰掛ける。
今度は俺の部屋からもベランダに出られるようになった。前の部屋には窓があったし、それでも十分よかったのだが、ベランダに出られるってなんかいいな。
台所からも出られるようになったことだし、プランターで何か育ててもいい。でも俺、植物育てるの下手なんだよな。
「……暇だ」
今日は花火大会だったのだが、この天気じゃ当然中止だ。
「ここからなら見えると思ったんだがなあ……」
居間に向かえば、部屋が変わっても相変わらずソファの決まった場所でくつろぐうめずが目に入る。
「なんか腹減ったなー」
うーん、なんかあったかな。とりあえず台所見てみるか。
「食パン……と、紅茶」
うちではめったに買わないような、高そうな缶に入った紅茶。これは朝比奈からもらったものだった。こないだのお礼らしい。
えんじ色、というのだろうか。濃い赤の缶には金色で、しかも筆記体で何か書かれている。おそらく紅茶の種類だろう。紅茶の種類も大して知らないし、筆記体も確かに読めないものだから、皆目見当もつかない。でも一応、朝比奈からもらった時に説明は受けた。これはダージリンと読むらしい。
「これ、お礼」
学校で、俺と咲良、そして百瀬の三人そろって朝比奈に呼ばれたかと思えば、三つ、缶を見せられた。
えんじ色と、群青色と、深緑色。
「これは?」
「紅茶」
紅茶、と思わず声をそろえておうむ返ししてしまう。
お礼で紅茶って、おしゃれかよ。
「姉さんに話したら、準備されてた。いや、俺も準備するつもりだったけど、先を越されて……」
「へー、ありがとな!」
咲良はそう言って笑うが、俺たちの誰も、どれを選べばいいのか分かっていない。
「で、これはどんな味なんだ?」
と、群青色の缶を指さして咲良が聞く。
「ああ、入れ物の色が違うだけで、味は同じ。ダージリンだ」
「だーじりん……」
聞いたことはあるが、味の想像はつかない。俺、飲んだことあるか?
そんな考えが顔に出ていたのだろう。朝比奈は丁寧に説明してくれた。
「ダージリンにもいろいろ種類があるらしいけど、これはミルクとかを入れずに飲むのがおいしいって聞いた。ホットでもいいけど、アイスティーでもおいしい。ちょっとブドウっていうか、マスカットみたいな味がするな」
「へえ、詳しいんだな」
「姉さんが紅茶結構好きで、さんざん話を聞かされたから、嫌でも覚える」
マスカットの味がする紅茶か、ちょっと楽しみだ。
「まあ、飲んでみてくれ。このメーカーのは昔から買ってるけど、俺は結構好きだ」
「ありがとな」
そのまま持って帰るのもなんだから、と朝比奈は袋をくれた。
その袋がまた、ただのビニール袋ではなく触ったこともないような厚さと質感のものだったので、いったいどんな紅茶なんだと少し緊張したのだった。
缶を開けてみれば、ティーバッグだったので少し安心する。茶葉だけだったらどうしようかと思っていたが、よかったよかった。
それにしてもいい香りだ。ペットボトルのとは違う。……当たり前か。
「……ちょっと調べてみよ」
スマホで調べてみれば、このメーカーのホームページがあったので見てみる。
「おー、これこれ。一緒の缶だ……って、うわ」
どうやらダージリンとは高級な物らしい。
「こりゃ、ミルクティー向きって言われたとしても、牛乳入れる勇気ないわ……」
アイスティーもいいけど、今日はホットにしてみるか。
えーっと……とりあえずお湯を沸かそう。
「パンも焼くかあ」
今日は厚めのを買ってきたので二枚にしよう。
お湯が沸いた。カップは……いつものでいいか。アニメの企画展示があったとき、物販で買ったやつ。結構長持ちしている。
ティーバッグをカップに入れて、お湯を注ぐ。入れ方も見つけたけど、ちょっと難しかったので、申し訳ないがそうさせてもらう。オレンジ色に近い茶色がとてもきれいだ。これでマスカットの味か……。
パンも焼けたみたいだ。バターを持ってテーブルにつく。
なんだか高級な朝食って光景だ。昼食だけど。
「いただきます」
まずは一口、紅茶を飲んでみる。
……ものすごくいい香りだ。確かにマスカットの香りがする。柑橘っぽく感じるのはそのせいだろうか。いわゆるフルーティーというやつか。
この味を十分に説明できるほどの術を俺は持たないが、これはおいしい。
確かにアイスティーにもよさそうだ。
さて、パンの方にはバターを塗って……じんわりと溶けるバターの色がきれいだ。分厚いパンはカリッと、そしてモチッとしていておいしい。
紅茶も一緒に口に含めば、味わったことのない風味がぶわっと広がる。きっと高級な喫茶店やホテルの朝食はこんな感じなのだろうなあ。
「洋菓子とかにも合うんだろうな……」
アフタヌーンティーというのだろうか、こう、三段ぐらいに積み重なったおしゃれなやつ。
あそこまでいかなくても、それこそこないだのアップルパイとかよさそうだ。クッキーもいいかも。あ、漆原先生からもらったラスクもいいな。またもらえないかなー。
少し冷めたパンはもっちり感というか、噛み応えが増す。染み出すバターのうま味がより際立つのだ。
紅茶一つでこれだけ飯の雰囲気って変わるんだなあ。
しょっちゅうは飲めないけど、ちょっと贅沢したいときとかにいいな。これはいいものをもらった。
今度、とりあえずケーキ買ってこよう。
「ごちそうさまでした」
雨も結構降っているが、とにかく風がすごい。
「すげー……」
カーテンを少し開けて外を見れば、木は激しくなびいて吹っ飛びそうだし、どこかから何かが飛んできそうな気配さえしてくる。
八月の終わりから九月にかけてはしょっちゅう台風が来る。あまりに強い台風であればそりゃ対策もするし心配もあるのだが、それよりも「もうこんな季節か」という気分の方が強い。何なら休校になるかなー、なんてのんきに考えている。
ま、たいていの台風じゃ休校にはならないし、バスも電車も止まらない。それに、台風というものはなぜか、狙いすましたように週末に襲ってきて週明けには何事もなかったかのように、すがすがしい青空を置いてどこかへ行ってしまうものだ。
カーテンを閉め、ベッドに腰掛ける。
今度は俺の部屋からもベランダに出られるようになった。前の部屋には窓があったし、それでも十分よかったのだが、ベランダに出られるってなんかいいな。
台所からも出られるようになったことだし、プランターで何か育ててもいい。でも俺、植物育てるの下手なんだよな。
「……暇だ」
今日は花火大会だったのだが、この天気じゃ当然中止だ。
「ここからなら見えると思ったんだがなあ……」
居間に向かえば、部屋が変わっても相変わらずソファの決まった場所でくつろぐうめずが目に入る。
「なんか腹減ったなー」
うーん、なんかあったかな。とりあえず台所見てみるか。
「食パン……と、紅茶」
うちではめったに買わないような、高そうな缶に入った紅茶。これは朝比奈からもらったものだった。こないだのお礼らしい。
えんじ色、というのだろうか。濃い赤の缶には金色で、しかも筆記体で何か書かれている。おそらく紅茶の種類だろう。紅茶の種類も大して知らないし、筆記体も確かに読めないものだから、皆目見当もつかない。でも一応、朝比奈からもらった時に説明は受けた。これはダージリンと読むらしい。
「これ、お礼」
学校で、俺と咲良、そして百瀬の三人そろって朝比奈に呼ばれたかと思えば、三つ、缶を見せられた。
えんじ色と、群青色と、深緑色。
「これは?」
「紅茶」
紅茶、と思わず声をそろえておうむ返ししてしまう。
お礼で紅茶って、おしゃれかよ。
「姉さんに話したら、準備されてた。いや、俺も準備するつもりだったけど、先を越されて……」
「へー、ありがとな!」
咲良はそう言って笑うが、俺たちの誰も、どれを選べばいいのか分かっていない。
「で、これはどんな味なんだ?」
と、群青色の缶を指さして咲良が聞く。
「ああ、入れ物の色が違うだけで、味は同じ。ダージリンだ」
「だーじりん……」
聞いたことはあるが、味の想像はつかない。俺、飲んだことあるか?
そんな考えが顔に出ていたのだろう。朝比奈は丁寧に説明してくれた。
「ダージリンにもいろいろ種類があるらしいけど、これはミルクとかを入れずに飲むのがおいしいって聞いた。ホットでもいいけど、アイスティーでもおいしい。ちょっとブドウっていうか、マスカットみたいな味がするな」
「へえ、詳しいんだな」
「姉さんが紅茶結構好きで、さんざん話を聞かされたから、嫌でも覚える」
マスカットの味がする紅茶か、ちょっと楽しみだ。
「まあ、飲んでみてくれ。このメーカーのは昔から買ってるけど、俺は結構好きだ」
「ありがとな」
そのまま持って帰るのもなんだから、と朝比奈は袋をくれた。
その袋がまた、ただのビニール袋ではなく触ったこともないような厚さと質感のものだったので、いったいどんな紅茶なんだと少し緊張したのだった。
缶を開けてみれば、ティーバッグだったので少し安心する。茶葉だけだったらどうしようかと思っていたが、よかったよかった。
それにしてもいい香りだ。ペットボトルのとは違う。……当たり前か。
「……ちょっと調べてみよ」
スマホで調べてみれば、このメーカーのホームページがあったので見てみる。
「おー、これこれ。一緒の缶だ……って、うわ」
どうやらダージリンとは高級な物らしい。
「こりゃ、ミルクティー向きって言われたとしても、牛乳入れる勇気ないわ……」
アイスティーもいいけど、今日はホットにしてみるか。
えーっと……とりあえずお湯を沸かそう。
「パンも焼くかあ」
今日は厚めのを買ってきたので二枚にしよう。
お湯が沸いた。カップは……いつものでいいか。アニメの企画展示があったとき、物販で買ったやつ。結構長持ちしている。
ティーバッグをカップに入れて、お湯を注ぐ。入れ方も見つけたけど、ちょっと難しかったので、申し訳ないがそうさせてもらう。オレンジ色に近い茶色がとてもきれいだ。これでマスカットの味か……。
パンも焼けたみたいだ。バターを持ってテーブルにつく。
なんだか高級な朝食って光景だ。昼食だけど。
「いただきます」
まずは一口、紅茶を飲んでみる。
……ものすごくいい香りだ。確かにマスカットの香りがする。柑橘っぽく感じるのはそのせいだろうか。いわゆるフルーティーというやつか。
この味を十分に説明できるほどの術を俺は持たないが、これはおいしい。
確かにアイスティーにもよさそうだ。
さて、パンの方にはバターを塗って……じんわりと溶けるバターの色がきれいだ。分厚いパンはカリッと、そしてモチッとしていておいしい。
紅茶も一緒に口に含めば、味わったことのない風味がぶわっと広がる。きっと高級な喫茶店やホテルの朝食はこんな感じなのだろうなあ。
「洋菓子とかにも合うんだろうな……」
アフタヌーンティーというのだろうか、こう、三段ぐらいに積み重なったおしゃれなやつ。
あそこまでいかなくても、それこそこないだのアップルパイとかよさそうだ。クッキーもいいかも。あ、漆原先生からもらったラスクもいいな。またもらえないかなー。
少し冷めたパンはもっちり感というか、噛み応えが増す。染み出すバターのうま味がより際立つのだ。
紅茶一つでこれだけ飯の雰囲気って変わるんだなあ。
しょっちゅうは飲めないけど、ちょっと贅沢したいときとかにいいな。これはいいものをもらった。
今度、とりあえずケーキ買ってこよう。
「ごちそうさまでした」
25
お気に入りに追加
253
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます
沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!


妻を蔑ろにしていた結果。
下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。
主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。
小説家になろう様でも投稿しています。
「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから
キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。
「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。
何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。
一話完結の読み切りです。
ご都合主義というか中身はありません。
軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。
誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。
小説家になろうさんにも時差投稿します。
サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜
野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」
「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」
この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。
半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。
別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。
そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。
学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー
⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。
⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。
※表紙絵、挿絵はAI作成です。
※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる