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日常
第五十八話 アップルパイ
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ばあちゃんから大量にリンゴをもらった。
リンゴといえば、思いつくのはアップルパイだ。小さいころから母さんが良く作ってくれていて、それで俺もレシピを覚えている。
俺が唯一作れるスイーツなのだ。
パイ生地は冷凍のものを使うので、今度学校帰りに買ってこよう。
「アイスのせてもうまいんだよな~……」
バニラアイスもついでに買おうかな。
久しぶりに図書館に入れば、インクの香りを色濃く感じる。
課外後半はもうほとんど通常授業みたいなものだ。当然のように委員会もあるし、何なら体育祭の練習すらある。午前中で終わるだけまだいいけど。
「九月は特に変わったことはないが、十月は読書月間になっている。まあ、それについては後日改めて連絡しよう」
そして漆原先生の気だるさは倍増したようにも思う。
解散した後、咲良、朝比奈と合流する。
「なんか漆原先生、くたびれてね?」
「ああ。夏バテだろ」
「なる気のなさがにじみ出てる」
新しい本が入ったらしい本棚を見ながら話す。あ、料理本も追加されてる。
「聞こえてるぞ、君たち」
と、後ろから急に低い声が聞こえてきた。
「あ、先生。いたんすか」
「いたよ。ずいぶん前からな」
「疲労回復には豚肉とかがいいんですよ」
「そうか。ご忠告どうも」
ところで、と先生はにっこりと笑う。
なんか嫌な予感がするな。
「君たち、これから何か予定は?」
「ないですけど」
「それはよかった。ぜひ手伝ってほしいことがあるんだ」
ほら、やっぱり。そんなことだろうと思った。俺、パイシート買って帰りたいんだけどなあ。
「なあに、難しいことじゃないさ。今回は新刊がだいぶ増えてなあ。図書館便りの新刊情報が一枚でおさまらなくなってしまったんだ」
ということで、二枚にわたる図書館便りをホチキスで留めていく、という作業をしなければならないらしい。
まあ、いいや。ごねて長引くよりさっさと終わらせて帰ろう。
「先生はしないんですか」
「俺は別の仕事がある」
確かにカウンターをはじめ、先生の机にも本が山積みになっている。なるほど、まだ新刊の準備が追い付いていないのか。
パチン、パチン、と規則正しく音が響く。単純作業は無心になれるな。
今日は帰ったらまずリンゴを仕込まないと。あ、シナモン買わなきゃ。あの香り、たまらなく好きだ。
「これって、三学年分だよな」
咲良がパラパラとプリントをめくる。
「そうだな」
「じゃあ一人一学年分? 何枚だ?」
「考えない方がいい」
明確な数字を意識すると、やる気が出ることもあれば萎えることもある。今日のはなんとなく知らない方がいい気がする。
「なんか暇だなー。ね、なんか面白い話してよ」
作業開始から間もなく、咲良はさっそく無茶振りしてきた。そんなこと言われても、そう都合よく面白い話なんてない。なんかあるかと言われても、変わった話といえばあれしかないな。
「俺、引っ越す」
その言葉を発した途端、ホチキスの音が一つになった。かと思えば咲良の驚いた声が飛んできた。
「え⁉ 春都引っ越すのか?」
転校? と、咲良は作業をそっちのけに、一人で話を進めだす。朝比奈も手を止めてきょとんとするばかりだ。俺は作業を進めながら続けた。
「上の階にな」
「は?」
「上の階に引っ越すんだよ。詳しいことはまだ聞いてない」
「なんだよそれ~」
咲良は「びっくりして損した~」と背もたれにうなだれ、朝比奈は納得したように頷いて作業を再開した。
「じゃあ引っ越ししたらまた遊びに来るよ。どんな眺めか見てみたい」
咲良ものろのろと作業を再開したかと思えば、これだもんな。
「ちゃんと手土産もってこい」
「分かってるって。あ、じゃあ今度は朝比奈も一緒に行こうぜ。百瀬も」
「いいのか」
「犬が大丈夫なら来ていいぞ」
朝比奈も百瀬も犬は好きらしい。まあ、うめずの方は人見知りしないし、大丈夫だろうけど。
「四人集まるなら人生ゲームしようぜ」
どうやら咲良はボードゲームを持ってくるつもりらしい。
つくづく遠慮のないやつだ。
さて、さっそくリンゴを仕込もう。
まずは皮をむいて切っていく。切るときは薄くなり過ぎないようにする。ちゃんと歯ごたえが残るようにするのが、母さん流だ。
鍋にリンゴを入れ、酒、砂糖、レモン汁を加えて煮る。煮えたら最後にシナモンを入れる。
これ、冷凍させてもおいしい。これだけでアイスみたいになるんだ。かき氷機を手に入れたら、削ってみようと思っている。
ある程度冷めてからパイ生地で包んでいく。パイ生地は四角いのを四等分にして、三角形になるように包む。ホールではなく、こっちの形の方が俺はなじみがある。しっかり閉じなければ焼いている間に開いてしまうので丁寧に包む。汁が飛び出すので難しいが、これが焼けるとまたいい味になる。
クッキングシートをひいた鉄板にのせ、予熱しておいたオーブンで焼く。一般的には卵黄を表面に塗るらしいけど、うちでは塗らない。
焼いている間の香りが好きだ。すごくワクワクする。
晩飯前だが、焼きたてを食べたい。もちろん冷めたものもおいしいのだが、焼きたてはすごくおいしいのだ。
そろそろ焼けたかな。
パリッパリ、こんがり焼けたパイ生地からは、わずかながらバターの香りが立ち、こぼれた汁がべっこう飴のように輝いている。
「いただきます」
アイスはあとでのせる。
やけどしないように、そっと口に含む。サクパリッとした層が歯に心地いい。ホワンとバターの風味、次いでシナモンの香りが鼻に抜ける。シャキッとしたリンゴがみずみずしく、とろりとした汁にもリンゴの味があふれている。
これ、これが食べたかった。
さて、バニラアイスも添えてみる。キンと冷えたバニラアイスが熱でトロッと溶け、口の中では温かさと冷たさが混ざり合う。バニラの風味にアップルパイの味が相まって、とんでもなく贅沢な気分だ。おいしい。
食後もまた食べよう。明日も食べられるし……。
あ、そうだ。明日、ばあちゃんちにもっていこうかな。
「ごちそうさまでした」
リンゴといえば、思いつくのはアップルパイだ。小さいころから母さんが良く作ってくれていて、それで俺もレシピを覚えている。
俺が唯一作れるスイーツなのだ。
パイ生地は冷凍のものを使うので、今度学校帰りに買ってこよう。
「アイスのせてもうまいんだよな~……」
バニラアイスもついでに買おうかな。
久しぶりに図書館に入れば、インクの香りを色濃く感じる。
課外後半はもうほとんど通常授業みたいなものだ。当然のように委員会もあるし、何なら体育祭の練習すらある。午前中で終わるだけまだいいけど。
「九月は特に変わったことはないが、十月は読書月間になっている。まあ、それについては後日改めて連絡しよう」
そして漆原先生の気だるさは倍増したようにも思う。
解散した後、咲良、朝比奈と合流する。
「なんか漆原先生、くたびれてね?」
「ああ。夏バテだろ」
「なる気のなさがにじみ出てる」
新しい本が入ったらしい本棚を見ながら話す。あ、料理本も追加されてる。
「聞こえてるぞ、君たち」
と、後ろから急に低い声が聞こえてきた。
「あ、先生。いたんすか」
「いたよ。ずいぶん前からな」
「疲労回復には豚肉とかがいいんですよ」
「そうか。ご忠告どうも」
ところで、と先生はにっこりと笑う。
なんか嫌な予感がするな。
「君たち、これから何か予定は?」
「ないですけど」
「それはよかった。ぜひ手伝ってほしいことがあるんだ」
ほら、やっぱり。そんなことだろうと思った。俺、パイシート買って帰りたいんだけどなあ。
「なあに、難しいことじゃないさ。今回は新刊がだいぶ増えてなあ。図書館便りの新刊情報が一枚でおさまらなくなってしまったんだ」
ということで、二枚にわたる図書館便りをホチキスで留めていく、という作業をしなければならないらしい。
まあ、いいや。ごねて長引くよりさっさと終わらせて帰ろう。
「先生はしないんですか」
「俺は別の仕事がある」
確かにカウンターをはじめ、先生の机にも本が山積みになっている。なるほど、まだ新刊の準備が追い付いていないのか。
パチン、パチン、と規則正しく音が響く。単純作業は無心になれるな。
今日は帰ったらまずリンゴを仕込まないと。あ、シナモン買わなきゃ。あの香り、たまらなく好きだ。
「これって、三学年分だよな」
咲良がパラパラとプリントをめくる。
「そうだな」
「じゃあ一人一学年分? 何枚だ?」
「考えない方がいい」
明確な数字を意識すると、やる気が出ることもあれば萎えることもある。今日のはなんとなく知らない方がいい気がする。
「なんか暇だなー。ね、なんか面白い話してよ」
作業開始から間もなく、咲良はさっそく無茶振りしてきた。そんなこと言われても、そう都合よく面白い話なんてない。なんかあるかと言われても、変わった話といえばあれしかないな。
「俺、引っ越す」
その言葉を発した途端、ホチキスの音が一つになった。かと思えば咲良の驚いた声が飛んできた。
「え⁉ 春都引っ越すのか?」
転校? と、咲良は作業をそっちのけに、一人で話を進めだす。朝比奈も手を止めてきょとんとするばかりだ。俺は作業を進めながら続けた。
「上の階にな」
「は?」
「上の階に引っ越すんだよ。詳しいことはまだ聞いてない」
「なんだよそれ~」
咲良は「びっくりして損した~」と背もたれにうなだれ、朝比奈は納得したように頷いて作業を再開した。
「じゃあ引っ越ししたらまた遊びに来るよ。どんな眺めか見てみたい」
咲良ものろのろと作業を再開したかと思えば、これだもんな。
「ちゃんと手土産もってこい」
「分かってるって。あ、じゃあ今度は朝比奈も一緒に行こうぜ。百瀬も」
「いいのか」
「犬が大丈夫なら来ていいぞ」
朝比奈も百瀬も犬は好きらしい。まあ、うめずの方は人見知りしないし、大丈夫だろうけど。
「四人集まるなら人生ゲームしようぜ」
どうやら咲良はボードゲームを持ってくるつもりらしい。
つくづく遠慮のないやつだ。
さて、さっそくリンゴを仕込もう。
まずは皮をむいて切っていく。切るときは薄くなり過ぎないようにする。ちゃんと歯ごたえが残るようにするのが、母さん流だ。
鍋にリンゴを入れ、酒、砂糖、レモン汁を加えて煮る。煮えたら最後にシナモンを入れる。
これ、冷凍させてもおいしい。これだけでアイスみたいになるんだ。かき氷機を手に入れたら、削ってみようと思っている。
ある程度冷めてからパイ生地で包んでいく。パイ生地は四角いのを四等分にして、三角形になるように包む。ホールではなく、こっちの形の方が俺はなじみがある。しっかり閉じなければ焼いている間に開いてしまうので丁寧に包む。汁が飛び出すので難しいが、これが焼けるとまたいい味になる。
クッキングシートをひいた鉄板にのせ、予熱しておいたオーブンで焼く。一般的には卵黄を表面に塗るらしいけど、うちでは塗らない。
焼いている間の香りが好きだ。すごくワクワクする。
晩飯前だが、焼きたてを食べたい。もちろん冷めたものもおいしいのだが、焼きたてはすごくおいしいのだ。
そろそろ焼けたかな。
パリッパリ、こんがり焼けたパイ生地からは、わずかながらバターの香りが立ち、こぼれた汁がべっこう飴のように輝いている。
「いただきます」
アイスはあとでのせる。
やけどしないように、そっと口に含む。サクパリッとした層が歯に心地いい。ホワンとバターの風味、次いでシナモンの香りが鼻に抜ける。シャキッとしたリンゴがみずみずしく、とろりとした汁にもリンゴの味があふれている。
これ、これが食べたかった。
さて、バニラアイスも添えてみる。キンと冷えたバニラアイスが熱でトロッと溶け、口の中では温かさと冷たさが混ざり合う。バニラの風味にアップルパイの味が相まって、とんでもなく贅沢な気分だ。おいしい。
食後もまた食べよう。明日も食べられるし……。
あ、そうだ。明日、ばあちゃんちにもっていこうかな。
「ごちそうさまでした」
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