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日常
第四十五話 焼き鳥
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自分の部屋で課題をやっていたら咲良から電話がかかってきた。なんでも、暇だから、らしい。俺は暇じゃねえ。
「課題をやれ、課題を」
『や、だって締め切り八月末でしょ? 大丈夫だって』
「そんなこと言って去年、泣きべそかいてたのはどこのどいつだ」
『さて、誰でしょう~』
と、ふざけたように言う咲良。
まったく、泣きついてきても知らねえぞ。
『でさあ、なんか暇な日ない? どっか遊びに行きたい』
「今度映画行くだろ」
『それとは別に』
つくづくこいつは俺とは正反対だと思う。俺は極力、休みの日は家から出たくないが、こいつは、せっかくの休みにじっとしているのはもったいない、というタイプだ。
「やだよ。今人多いし、疲れる」
『えー、じゃあ人が少なくなったら行く? 盆明け?』
「盆明けっつーか、暑すぎず寒すぎないときがいい」
電話の向こうで咲良が『わがままかよー』と笑う。
『じゃあ、何やってんの、休み』
「昨日バーベキューした」
『うそでしょ。めっちゃアウトドア。なんで?』
「誕生日の前祝だって」
俺が言うと、少しの沈黙があったあと、驚いた声が聞こえてきた。
『えっ、お前誕生日なのか?』
「言ってなかったか。俺の誕生日は明日だ」
あー、去年は誕生日だなんだ言ってる場合じゃなかったか。そういえばこいつの誕生日も知らないな。
『言ってくれたらなんかしたのに~』
「別にいいよ。俺もお前の誕生日知らんし」
『俺は冬! 十二月二十七日!』
「そうか、覚えておこう」
俺も覚えたぜ! と咲良は勢いそのままに笑う。ちょっとうるさいし、音が割れる。
『ま、俺の誕生日、クリスマスも終わって年末年始の準備が忙しいし、忘れられがちだけどなあ』
「おい、反応に困るコメントやめろ」
『しかも、クリスマスと一緒に祝うにも、お年玉で済ませるにも微妙な日じゃん?』
もう慣れたけどな~、と咲良はのんきな声で言った。
『じゃ、今度映画見に行ったときにでもお祝いするか』
「何してくれるんだ」
『んー、ポップコーンおごってやる。塩とキャラメル半分ずつにしようぜ』
「それ、お前も食う気だな」
結局通話は三十分ぐらい続いた。よくもまあこれだけしゃべられるものだ。
なんかどっと疲れた。アイスでも食うか。確かこないだ箱で買ったやつが残ってたような。
居間に出て台所へ向かうと、そこでは父さんと母さんが何かしていた。
「何してんの」
冷凍庫からバニラのアイスを取り出し、その手元をのぞき込む。
「焼き鳥作ってる」
「……は?」
「だから、焼き鳥」
確かに、母さんは串に鶏肉を刺している。見れば豚バラやら、オクラ巻きやら、鳥皮なんかもある。なんだあれ、あれもしかして牛肉じゃないか。
「なんでまた急に」
「実はね~、ほら、お父さん」
母さんに言われ、父さんがにこにこしながら、足元の紙袋から何かを取り出した。ずいぶんでかい箱だ。そこには『自宅で焼き鳥!』という売り文句とともに、お店で見るような焼き鳥を焼く台みたいなものの写真が載っていた。
「ガスで使える焼き鳥台だよ」
「なんでこんなものを? 買ったん?」
「昔からごひいきにしてくれてるお客さんからもらったんだ」
こんな立派なもの、もらっていいのか?
「太っ腹だな……」
「いや、それがね。高齢のご夫婦で、地元の夏祭りの福引で当たったんだけど、自分たちは使わないからって。もったいないからよかったらどうぞ~って言われちゃって」
「なるほど」
それで、うちで焼き鳥をしようということになったのか。
なんというか、俺の両親は行動的だな。そうでもないとこんな仕事はできないのだろうけど。ていうかそういう部分、俺には遺伝しなかったな。
「そういうことで、今日の夜は、焼き鳥です」
「なんかしようか」
俺が言うと、母さんが「だめだめ!」と首を横に振った。
「あなたは主役なんだから、ゆっくりしてなさい」
「そうそう」
父さんも俺を台所から追い出して、半強制的にソファに座らされた。そんでもって、テレビのリモコンを渡される。
「好きなテレビでも見ながら、アイス食べてて」
「……分かった」
その言葉に甘えて、俺はゆっくりさせてもらうことにした。
撮り溜めてたアニメがあるし、それでも見るか。少し溶けたアイスを口に含む。わざとらしいバニラの味がおいしかった。
ダイニングテーブルの上に、焼き鳥台。なんともまあ不思議な光景だ。
ねぎま、豚バラ、鳥皮、オクラ巻き、牛串。すげえ豪華だ。キャベツにポン酢をかけたやつもちゃんと準備されている。
「いただきます」
じゃあ、最初は……ねぎまにしよう。ねぎまも結構、論争になるよな。ネギがいるのいらないの。でもネギが無かったらねぎまじゃないよなあ。もちっとした鶏肉は塩コショウ味。シンプルでいい。ネギはつるんと中身が出てくる。シャキッとしながらもとろんとしたところもあって結構好きだ。
砂糖、しょうゆ、みりんというシンプルな素材でできた自家製たれの鳥皮は、カリッと香ばしく、それでいてやわらかい。
飲み物は、今日はオレンジジュースだ。少し酸っぱい、果汁百パーセントのものなので、口の中がさっぱりする。キャベツもいい箸休めになるのだ。
オクラ巻きは小さいころから好きだ。弁当とかにも入っていた。カリカリの豚肉とオクラがよく合う。ザクッとした歯ごたえと、オクラ特有のねばねばが夏らしい。
牛肉。かなり柔らかくて、口の中でほぐれる。
「おいしい?」
「ん、おいしい」
おいしいし、あとはやっぱり楽しい。目の前で焼いていくのって、ワクワクする。
次は何を食べようか。あ、そうだ。ご飯の上にねぎまのっけて、七味かけてねぎま丼なんてどうだろう。うん……やっぱりご飯に合う。おいしい。
父さんと母さんはビールを飲んでいる。俺もいつかこんなふうにビールと焼き鳥、みたいな組み合わせをする日が来るのだろうか。
米で食べるのもいいけど、楽しみ方が増えるのは、悪くないよな。ちょっと楽しみだ。
「ごちそうさまでした」
「課題をやれ、課題を」
『や、だって締め切り八月末でしょ? 大丈夫だって』
「そんなこと言って去年、泣きべそかいてたのはどこのどいつだ」
『さて、誰でしょう~』
と、ふざけたように言う咲良。
まったく、泣きついてきても知らねえぞ。
『でさあ、なんか暇な日ない? どっか遊びに行きたい』
「今度映画行くだろ」
『それとは別に』
つくづくこいつは俺とは正反対だと思う。俺は極力、休みの日は家から出たくないが、こいつは、せっかくの休みにじっとしているのはもったいない、というタイプだ。
「やだよ。今人多いし、疲れる」
『えー、じゃあ人が少なくなったら行く? 盆明け?』
「盆明けっつーか、暑すぎず寒すぎないときがいい」
電話の向こうで咲良が『わがままかよー』と笑う。
『じゃあ、何やってんの、休み』
「昨日バーベキューした」
『うそでしょ。めっちゃアウトドア。なんで?』
「誕生日の前祝だって」
俺が言うと、少しの沈黙があったあと、驚いた声が聞こえてきた。
『えっ、お前誕生日なのか?』
「言ってなかったか。俺の誕生日は明日だ」
あー、去年は誕生日だなんだ言ってる場合じゃなかったか。そういえばこいつの誕生日も知らないな。
『言ってくれたらなんかしたのに~』
「別にいいよ。俺もお前の誕生日知らんし」
『俺は冬! 十二月二十七日!』
「そうか、覚えておこう」
俺も覚えたぜ! と咲良は勢いそのままに笑う。ちょっとうるさいし、音が割れる。
『ま、俺の誕生日、クリスマスも終わって年末年始の準備が忙しいし、忘れられがちだけどなあ』
「おい、反応に困るコメントやめろ」
『しかも、クリスマスと一緒に祝うにも、お年玉で済ませるにも微妙な日じゃん?』
もう慣れたけどな~、と咲良はのんきな声で言った。
『じゃ、今度映画見に行ったときにでもお祝いするか』
「何してくれるんだ」
『んー、ポップコーンおごってやる。塩とキャラメル半分ずつにしようぜ』
「それ、お前も食う気だな」
結局通話は三十分ぐらい続いた。よくもまあこれだけしゃべられるものだ。
なんかどっと疲れた。アイスでも食うか。確かこないだ箱で買ったやつが残ってたような。
居間に出て台所へ向かうと、そこでは父さんと母さんが何かしていた。
「何してんの」
冷凍庫からバニラのアイスを取り出し、その手元をのぞき込む。
「焼き鳥作ってる」
「……は?」
「だから、焼き鳥」
確かに、母さんは串に鶏肉を刺している。見れば豚バラやら、オクラ巻きやら、鳥皮なんかもある。なんだあれ、あれもしかして牛肉じゃないか。
「なんでまた急に」
「実はね~、ほら、お父さん」
母さんに言われ、父さんがにこにこしながら、足元の紙袋から何かを取り出した。ずいぶんでかい箱だ。そこには『自宅で焼き鳥!』という売り文句とともに、お店で見るような焼き鳥を焼く台みたいなものの写真が載っていた。
「ガスで使える焼き鳥台だよ」
「なんでこんなものを? 買ったん?」
「昔からごひいきにしてくれてるお客さんからもらったんだ」
こんな立派なもの、もらっていいのか?
「太っ腹だな……」
「いや、それがね。高齢のご夫婦で、地元の夏祭りの福引で当たったんだけど、自分たちは使わないからって。もったいないからよかったらどうぞ~って言われちゃって」
「なるほど」
それで、うちで焼き鳥をしようということになったのか。
なんというか、俺の両親は行動的だな。そうでもないとこんな仕事はできないのだろうけど。ていうかそういう部分、俺には遺伝しなかったな。
「そういうことで、今日の夜は、焼き鳥です」
「なんかしようか」
俺が言うと、母さんが「だめだめ!」と首を横に振った。
「あなたは主役なんだから、ゆっくりしてなさい」
「そうそう」
父さんも俺を台所から追い出して、半強制的にソファに座らされた。そんでもって、テレビのリモコンを渡される。
「好きなテレビでも見ながら、アイス食べてて」
「……分かった」
その言葉に甘えて、俺はゆっくりさせてもらうことにした。
撮り溜めてたアニメがあるし、それでも見るか。少し溶けたアイスを口に含む。わざとらしいバニラの味がおいしかった。
ダイニングテーブルの上に、焼き鳥台。なんともまあ不思議な光景だ。
ねぎま、豚バラ、鳥皮、オクラ巻き、牛串。すげえ豪華だ。キャベツにポン酢をかけたやつもちゃんと準備されている。
「いただきます」
じゃあ、最初は……ねぎまにしよう。ねぎまも結構、論争になるよな。ネギがいるのいらないの。でもネギが無かったらねぎまじゃないよなあ。もちっとした鶏肉は塩コショウ味。シンプルでいい。ネギはつるんと中身が出てくる。シャキッとしながらもとろんとしたところもあって結構好きだ。
砂糖、しょうゆ、みりんというシンプルな素材でできた自家製たれの鳥皮は、カリッと香ばしく、それでいてやわらかい。
飲み物は、今日はオレンジジュースだ。少し酸っぱい、果汁百パーセントのものなので、口の中がさっぱりする。キャベツもいい箸休めになるのだ。
オクラ巻きは小さいころから好きだ。弁当とかにも入っていた。カリカリの豚肉とオクラがよく合う。ザクッとした歯ごたえと、オクラ特有のねばねばが夏らしい。
牛肉。かなり柔らかくて、口の中でほぐれる。
「おいしい?」
「ん、おいしい」
おいしいし、あとはやっぱり楽しい。目の前で焼いていくのって、ワクワクする。
次は何を食べようか。あ、そうだ。ご飯の上にねぎまのっけて、七味かけてねぎま丼なんてどうだろう。うん……やっぱりご飯に合う。おいしい。
父さんと母さんはビールを飲んでいる。俺もいつかこんなふうにビールと焼き鳥、みたいな組み合わせをする日が来るのだろうか。
米で食べるのもいいけど、楽しみ方が増えるのは、悪くないよな。ちょっと楽しみだ。
「ごちそうさまでした」
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