一条春都の料理帖

藤里 侑

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日常

第四十三話 かき氷

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 今日の四時間目は大掃除だ。

 盆休みに入る前に掃除をしようということらしい。あとついでにロッカーの荷物を片付けろという。

 ま、俺は大しておいているものもないしいいけど、阿鼻叫喚ってやつらもいるだろう。

 現に咲良は朝から「どうやって持って帰ろう……親に迎えに来てもらった方がいいかな」などと悩みまくっていた。いや、迎えがいるほどって、どんだけ溜めてんだよ。

 ロッカーの片付けが終われば、それぞれの掃除場所へ向かう。月ごとに交代するのだが、今月の俺の当番は事務室だ。

 正直言って事務室掃除はやることが少ない。掃除機かけて、そこらへん雑巾がけして、あとはまあ……ごみ捨てか。クーラーが効いた場所で、しかも掃除もすぐ終わるということもあって、結構人気の場所でもある。

 ただ、今日は大掃除だし、それだけでは終わるはずもない。今日は窓ふきも任された。

「はー、あっつ……」

 窓ふきは外と中で分担してやるが、俺は残念ながら外になった。雲一つなく、遮るものが何もない外にいれば、直射日光が容赦なく降りつける。肌がちかちかして痛い。ていうか俺以外のやつらどこ行ったよ。

 ……んだよ、ちゃっかり日陰にいるじゃねえか。

「一条君、大丈夫か」

 ふと聞こえた声に振り返ると、事務室の中から窓を開ける石上先生がいた。

「なんかぼーっとしていたぞ」

「あー、大丈夫です。暑いだけなんで」

 わずかながら流れてくる冷気が心地いい。

「切りのいいところで中に入れ。この暑さの中に長時間いるのは危ない」

 その言葉に俺は素直に従うことにした。

 確かに暴力的な暑さだ。その後聞いた話だが、今日は最高気温が三十八度だったらしい。



 こんなに暑い日は冷たいものが食べたくなる。

 帰りがけにスーパーに寄ってアイスを物色する。今はクリーム系じゃないやつがいい。氷、氷系。ていうか、かき氷が食べたい。

「あ、あった」

 袋入りのかき氷。そうそう、これだよ。でかでかと『氷』と書かれたパッケージ。イチゴ、抹茶、レモン、あとはなんか小豆みたいな豆が混ざってるやつとか。いろいろと種類はあるが、俺はイチゴが好きだ。

 俺もかき氷も家まで持ちそうにないので、店先のベンチに座って食うことにする。

 ベンチは熱気をはらんでちょっと熱いが、日陰にあるので幾分か暑さがいい。出入り口の近くにあるので、時々冷気も流れてくる。

 少し袋を開けて、そこから食べる。シャキシャキとした食感もさることながら、冷たさが本当に気持ちがいい。ちょっと粗目なのがまたいいのだ。かき氷のシロップは全部同じ味らしいが、それでもやっぱり俺はイチゴが好きだ。甘すぎず、かといって無味でもない。程よい甘さが火照った体に染みる。

 うっ、いかん。急に食い過ぎた。頭がキーンてする。

「お、一条君じゃないか」

 痛みを何とか逃しながら声のした方に視線をやると、すっかり健康的に日に焼けた田中さんがいた。かごを片付けに来たらしい。たくましい腕でいくつもの段ボールを抱えている。

「こんにちは……」

「暑いなあ。学校帰りか?」

「はい」

 そうかそうか、と田中さんは白い歯を見せて笑った。

「おぉ、かき氷食ってんのか。いいなあ」

「もー、暑くて……」

 すると田中さんは「ふむ」と少し考えこんだ。

「どうしました」

「いや、実はな。噂で聞いただけだから分からんが、かき氷屋ができたらしい。かき氷専門店」

「えっ、そうなんですか」

 こんな田舎に……? と思わず本音が漏れると、田中さんは面白そうに笑った。

「ああ。結構本格的で、おいしいと聞いたぞ。行ってみたらどうだ?」

 田中さんから聞いた店の場所は、うちの高校とはまた別の高校の近くだった。確かその辺、その学校の生徒が多いんだよなあ……。でも、食ってみたいな……。

 悩みに悩んだ結果、食いたい気持ちには勝てず行ってみることにした。

 暑さですっかり溶けてしまったかき氷を口に流し込む。ちょっとぬるくなったそれは、甘みが増しているような気がした。



「お、いいぞ。行こうぜ」

 咲良にその店のことを話し、一緒に行ってみるかと聞くとあっさり了承した。

「どうせならいろんな味食いたいよな」

「さすがに一人であれこれ頼めん」

 目的の店には歩いていくことにした。セミの鳴き声と日差しにふと下を向くと、小さな影が飛び回っていることに気づいた。その影の正体を見るために再び顔を上げると、それは俺の目の前を素早く通り過ぎた。

「トンボか」

 これは何トンボだろうか。そういえば昔トンボを捕まえようとしたら「この時期のトンボは、ご先祖様がのってるから捕まえたらだめ」とばあちゃんに言われたことがあるような。

「結構飛んでるんだな」

「止まんねえかな~」

 と、咲良は店に着くまで、人差し指を立ててトンボが止まらないか試みていたが、結局止まることはなかった。

 店は結構シンプルで、中もまだ空いていた。どうやら下校時間が被らなかったようだ。

「いらっしゃいませー」

 中に入り、メニュー表を見る。思っていたより値段が手ごろだ。イチゴ、レモン、コーラ、ブルーハワイ、抹茶、梅、ティラミス……。

「結構種類あるなー。どれにする?」

「うーん……」

 練乳をかけるならプラス五十円か。今日は練乳なしにしよう。そんでもってやっぱり味は――

「イチゴ」

「お、いいね。じゃあ、俺は……コーラ!」

「かしこまりました」

 席で待っていると、店の奥から氷を削る音が聞こえてきた。

「どんなのが来るかなー」

「な」

 しばらくしてきたのは、想像の数倍は盛られたかき氷だった。透明の皿が涼しげだ。真っ赤に染まった氷は、確かにふわふわしたように見える。

「おーすげー」

「あ、イチゴの果肉発見」

「俺の方にはラムネのってるぜ」

 スプーンもストローのやつではない。まあ、当たり前か。

「いただきます」

 まずスプーンを入れ、手に伝わってくる感覚が俺の知っているかき氷ではない。ふわっと、さくっと。すげーきめ細かい雪みたいな感じだ。

 イチゴの味も濃い。ひたすら甘いというわけではなく、イチゴの酸味とやさしい甘みのバランスがいい。口の中でシュワッと溶けるのがすごく心地いい。果肉の食感がアクセントになってておいしい。

「コーラも食うか?」

「ん、イチゴも食っていいぞ」

 コーラはとても爽やかだ。ラムネのカリッとした食感が面白い。

「うまいなー」

「ああ、うまい。他のも食いたくなってくる」

「な! ホントそれ。また来ようぜ」

 今度は何を頼んでみようか。抹茶もいいな。ブルーハワイは食べたことないからチャレンジしてみるか……。

「あ、いかん」

 俺たちはそろって眉間を押さえる。キーンて、キーンてする。

「がっつき過ぎたな」

 思わず目を見合わせ、苦笑する。ま、これもかき氷の醍醐味か。



「ごちそうさまでした」

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