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日常
第三十二話 冷やし中華
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「暑い~」
「扇風機は回してんだけどね」
俺の目の前には椅子に座り机にうなだれる咲良と、スケッチブックにひたすら絵を描いている百瀬がいる。百瀬は涼しい顔をしているが、額には汗が浮かんでいる。
どうして俺は美術室にいるんだ。せっかく課外も終わっているというのに。
「はー……帰りてえ」
しかしまあこの状況には、それなりの、というかしっかりした理由がある。
夏休みの間に担任の先生との二者面談があるのだ。進路のこととか、普段の授業態度のこととか、いろいろ話す。しかも面談は盆休みを挟んで二回あり、二回目はなんと三者面談である。
で、今は面談の時間までの時間つぶしというわけだ。
「俺、図書館行ってくる」
「おー行ってらー」
面談は各教室でおこなわれているので美術室で待っている方があまり移動距離はない、ということでここにいたわけだが、どうにも暑い。暑すぎる。しばらく我慢していようとも思ったが、もう無理だ。耐えきれない。
俺の番になるまでまだだいぶ時間はあるし、少し涼んでいよう。
図書館は心地いい空気に満たされていた。寒すぎない温度設定と本のにおいがいい。
「おや、一条君」
その空気に軽く感動を覚えていると、カウンターに座って本を読んでいた漆原先生が声をかけてきた。
「こんにちは」
「珍しいな。何かあるのか?」
「面談待ちです」
「なるほど」
よく見れば図書館を利用している生徒は俺以外にいない。静かなものだ。
雑誌を読むつもりでいたが、あまり興味のある記事が見当たらない。小説を読んだとしても中途半端になりそうで手が出せない。もう上限いっぱいに他の本を借りてるから、中途半端になっても、借りて家で読むってできないんだよなあ。
完全に手持無沙汰な俺は、少し眠そうな先生に声をかけた。
「図書館っていつもこんなに静かなんですか」
「ん? そうだなあ」
先生は本を閉じて頬杖をついた。
「退屈で仕方がないよ」
そうは言っているが、その表情は妙にすがすがしい。
「……先生は、なんで司書になったんです?」
「前にも井上君に言ったろう。トップシークレットだとな」
「トップシークレットって……」
俺があきれると、先生はからかうように笑って見せた。
「ま、ただ本が好きだから。それだけのことさ」
「……本当ですか?」
「疑うとは失礼だね、一条君。俺が崇高な志など持っているわけがなかろう」
それ、自分で言っちゃうか。
「どうしてあの時答えなかったんですか」
「そりゃあ、君……」
先生はまるで子どもの様に無邪気な笑顔を浮かべて言ったものだ。
「早く図書館に帰りたかったからさ」
まあ、そんなことだろうとは思った。あとで咲良に言ってやろう。
それから先生と色々話していたら、あっという間に時間は過ぎて俺の番が近づいてきた。
「じゃあ、そろそろ行きます」
「おう、がんばれよ」
俺もそろそろ帰るよ、と先生は立ち上がった。
「同じようにクーラーが効いた部屋なら、家の方がいい」
俺もとっとと帰りたい。早いとこ面談を終わらせて、晩飯の材料買って帰ることにしよう。
いろいろ悩んだが、今日の晩飯は冷やし中華にすることにした。冷やし中華始めました、という決まり文句は夏の始まりを告げるものの一つといえよう。
上にのせる具材は毎回違う。基本、うちにあるものだ。
今日は、キュウリ、ハム、プチトマト、あとはゆで卵だ。コンビニなんかで買うときくらげとか錦糸卵とかもあるな。
たれも結構好みが分かれる。ごまだれかポン酢か。うーん、悩ましい。
しかしこの悩む時間も楽しいものだ。何なら悩んでいる時間が一番ワクワクしている、なんてこともあるかもしれない。でもまあ、これも、悩みぬいた後に実際に食えるという前提あってこそ楽しめることなのだ。うちにはどっちもあるし、作りながら考えよう。
まずは麺から茹でていく。
黄色くて少し波打った中華麺。茹でる間はかなり暑い。というか、夏場に火を使うのは結構疲れる。だから最近は、出来合いのものを買ってくることが多かった。
でもなんか今日は、無性に何かを作りたい気分だった。だからといってめちゃくちゃ手の込んだものが作りたいわけでもない。ただ、自分の手で何か作って、食べたかった。
面談をしている途中からそうだった。話聞かねえとなーと思いながら、今日の晩飯何にしようとか、その前に昼飯食わなきゃなとか、なんか作りたいけど何作ろうとか。結局昼飯はコンビニでおにぎり買って食った。鮭と高菜。あと新発売の明太マヨ。
茹で終わったら氷水でしめる。
キュウリとハムは千切りにする。ゆで卵は半分に、プチトマトは……そのままでいいか。
「さて、どっちにしようかな……」
飯はできあがったが、たれが決まらない。
さっぱりポン酢で食べるのもいい。つるっとのど越しがよくて、酸っぱくて今の時期にぴったりともいえる。
ごまだれはまったりしているが、香ばしい風味がいい。麺としっかり絡んでおいしいんだよなあ。
……あ、そうだ。両方かけてみるか。
これはやったことない。まあ、まずいことはないだろう。
「いただきます」
なんか、うまく混ざらない。ま、いっか。
うん、結構いける。ポン酢のさっぱりとした酸味とごまだれの風味がいい塩梅だ。すっきりとまったり、両方味わえるのはいい。
キュウリはシャキッとみずみずしく、トマトも結構甘みがあっておいしい。唯一の肉っ気、ハムのしょっぱさが心地いい。ゆで卵は黄身の部分をたれにつけながら食べる。よく味が染みておいしい。
麺も冷たくて、歯ごたえがいい。ズズッと一気にすするのが最高だ。
やっぱ夏は冷たいものがおいしいな。あんまり食べ過ぎたり飲みすぎたりすると腹壊すから、気をつけなきゃいけないけど。
今度はもやしとかのせてみようか。ラー油で辛くしてみるのもありかな。
「ごちそうさまでした」
「扇風機は回してんだけどね」
俺の目の前には椅子に座り机にうなだれる咲良と、スケッチブックにひたすら絵を描いている百瀬がいる。百瀬は涼しい顔をしているが、額には汗が浮かんでいる。
どうして俺は美術室にいるんだ。せっかく課外も終わっているというのに。
「はー……帰りてえ」
しかしまあこの状況には、それなりの、というかしっかりした理由がある。
夏休みの間に担任の先生との二者面談があるのだ。進路のこととか、普段の授業態度のこととか、いろいろ話す。しかも面談は盆休みを挟んで二回あり、二回目はなんと三者面談である。
で、今は面談の時間までの時間つぶしというわけだ。
「俺、図書館行ってくる」
「おー行ってらー」
面談は各教室でおこなわれているので美術室で待っている方があまり移動距離はない、ということでここにいたわけだが、どうにも暑い。暑すぎる。しばらく我慢していようとも思ったが、もう無理だ。耐えきれない。
俺の番になるまでまだだいぶ時間はあるし、少し涼んでいよう。
図書館は心地いい空気に満たされていた。寒すぎない温度設定と本のにおいがいい。
「おや、一条君」
その空気に軽く感動を覚えていると、カウンターに座って本を読んでいた漆原先生が声をかけてきた。
「こんにちは」
「珍しいな。何かあるのか?」
「面談待ちです」
「なるほど」
よく見れば図書館を利用している生徒は俺以外にいない。静かなものだ。
雑誌を読むつもりでいたが、あまり興味のある記事が見当たらない。小説を読んだとしても中途半端になりそうで手が出せない。もう上限いっぱいに他の本を借りてるから、中途半端になっても、借りて家で読むってできないんだよなあ。
完全に手持無沙汰な俺は、少し眠そうな先生に声をかけた。
「図書館っていつもこんなに静かなんですか」
「ん? そうだなあ」
先生は本を閉じて頬杖をついた。
「退屈で仕方がないよ」
そうは言っているが、その表情は妙にすがすがしい。
「……先生は、なんで司書になったんです?」
「前にも井上君に言ったろう。トップシークレットだとな」
「トップシークレットって……」
俺があきれると、先生はからかうように笑って見せた。
「ま、ただ本が好きだから。それだけのことさ」
「……本当ですか?」
「疑うとは失礼だね、一条君。俺が崇高な志など持っているわけがなかろう」
それ、自分で言っちゃうか。
「どうしてあの時答えなかったんですか」
「そりゃあ、君……」
先生はまるで子どもの様に無邪気な笑顔を浮かべて言ったものだ。
「早く図書館に帰りたかったからさ」
まあ、そんなことだろうとは思った。あとで咲良に言ってやろう。
それから先生と色々話していたら、あっという間に時間は過ぎて俺の番が近づいてきた。
「じゃあ、そろそろ行きます」
「おう、がんばれよ」
俺もそろそろ帰るよ、と先生は立ち上がった。
「同じようにクーラーが効いた部屋なら、家の方がいい」
俺もとっとと帰りたい。早いとこ面談を終わらせて、晩飯の材料買って帰ることにしよう。
いろいろ悩んだが、今日の晩飯は冷やし中華にすることにした。冷やし中華始めました、という決まり文句は夏の始まりを告げるものの一つといえよう。
上にのせる具材は毎回違う。基本、うちにあるものだ。
今日は、キュウリ、ハム、プチトマト、あとはゆで卵だ。コンビニなんかで買うときくらげとか錦糸卵とかもあるな。
たれも結構好みが分かれる。ごまだれかポン酢か。うーん、悩ましい。
しかしこの悩む時間も楽しいものだ。何なら悩んでいる時間が一番ワクワクしている、なんてこともあるかもしれない。でもまあ、これも、悩みぬいた後に実際に食えるという前提あってこそ楽しめることなのだ。うちにはどっちもあるし、作りながら考えよう。
まずは麺から茹でていく。
黄色くて少し波打った中華麺。茹でる間はかなり暑い。というか、夏場に火を使うのは結構疲れる。だから最近は、出来合いのものを買ってくることが多かった。
でもなんか今日は、無性に何かを作りたい気分だった。だからといってめちゃくちゃ手の込んだものが作りたいわけでもない。ただ、自分の手で何か作って、食べたかった。
面談をしている途中からそうだった。話聞かねえとなーと思いながら、今日の晩飯何にしようとか、その前に昼飯食わなきゃなとか、なんか作りたいけど何作ろうとか。結局昼飯はコンビニでおにぎり買って食った。鮭と高菜。あと新発売の明太マヨ。
茹で終わったら氷水でしめる。
キュウリとハムは千切りにする。ゆで卵は半分に、プチトマトは……そのままでいいか。
「さて、どっちにしようかな……」
飯はできあがったが、たれが決まらない。
さっぱりポン酢で食べるのもいい。つるっとのど越しがよくて、酸っぱくて今の時期にぴったりともいえる。
ごまだれはまったりしているが、香ばしい風味がいい。麺としっかり絡んでおいしいんだよなあ。
……あ、そうだ。両方かけてみるか。
これはやったことない。まあ、まずいことはないだろう。
「いただきます」
なんか、うまく混ざらない。ま、いっか。
うん、結構いける。ポン酢のさっぱりとした酸味とごまだれの風味がいい塩梅だ。すっきりとまったり、両方味わえるのはいい。
キュウリはシャキッとみずみずしく、トマトも結構甘みがあっておいしい。唯一の肉っ気、ハムのしょっぱさが心地いい。ゆで卵は黄身の部分をたれにつけながら食べる。よく味が染みておいしい。
麺も冷たくて、歯ごたえがいい。ズズッと一気にすするのが最高だ。
やっぱ夏は冷たいものがおいしいな。あんまり食べ過ぎたり飲みすぎたりすると腹壊すから、気をつけなきゃいけないけど。
今度はもやしとかのせてみようか。ラー油で辛くしてみるのもありかな。
「ごちそうさまでした」
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他サイトでも掲載中。

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