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日常
第二十八話 ショートケーキ
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今日は終業式。すなわち明日から夏休みだ。
といっても盆休み以外は午前中だけとはいえ課外があるし、課題もたんまりと出されているので休みという実感はない。
「今日もいい天気だな~……」
終業式が行われる体育館に向かう途中、咲良と合流する。咲良は渡り廊下から空を見上げて力なくそうつぶやいた。空はまるで絵の具で塗りつぶしたかのように青く、太陽がギラギラと容赦なく輝きを放っている。
「いい天気どころじゃねえよ……」
「あーつーいー」
全校生徒プラス教職員が集まった体育館はもっと暑い。湿気がない分、外の方がいいか。いや、でも直射日光もしんどいし。
「あ、漆原先生いるじゃん」
先生たちがいる場所の後ろの方にその姿はあった。一応ちゃんとした格好で立ってはいるが、目は死んでいる。
「虚空を見つめている……」
「一刻も早く図書館に帰りたいって顔だろ、あれは」
すでにクラス別に整列し始めていたので、俺も自分の場所に向かう。
一応、暑さを考慮して短縮されるらしいがそれもどこまで信用していいものか。
「漆原先生、すっげー棒読みだったな」
終業式後、本当であれば暑いはずの外が涼しく感じる。風が心地いい。
「そう、それ。俺も思った」
夏休みの図書館利用について説明した漆原先生だが、全くと言っていいほどに抑揚がなかった。見るからに、やる気ありませんよ、という態度だった。案の定、何人かの先生は怪訝そうに漆原先生のことを見ていた。
「俺は暑いのが苦手なんだよ」
「あ、先生」
渡り廊下を歩いていると、俺たちの後ろから漆原先生が声をかけてきた。
終業式前よりなんというか、こう、しんなりしている。冷蔵庫で存在を忘れられて放置されたレタスみたいだ。
「まだいたんですか。真っ先に図書館に帰ると思っていました」
咲良がケタケタ笑うと、先生はあからさまにげんなりとした表情を浮かべた。
「俺だって帰りたかったさ。でも、生徒指導の先生から『これでは生徒に示しがつきませんよ!』って」
「説教受けてたんですか」
生徒指導の先生は確か、英語の渕上先生だ。あー、あの先生うるさそう。自分が気に入らないことには本当、容赦ないんだ。生徒も多数、餌食になっている。
漆原先生は汗をぬぐい、ワイシャツをパタパタとさせた。
「俺は生徒の模範になるつもりで図書司書になったわけではない」
「じゃあ何でなったんですか」
「それはトップシークレットさ」
この先生に生徒の手本となるよう求めるのは、明らかに間違いだろうな。
「ま、これで俺の役目は終わりなわけだ。あとはのんびりさせてもらうとしよう」
のんきにそんなことを言って伸びをすると、先生は「ではな」と手を振って図書館に向かっていったのだった。
俺には夏休みの恒例行事というか、終業式の日に必ずやることがある。
それは――
「じいちゃん、ばあちゃん、来たよー」
祖父母の家に行くことだ。じいちゃんとばあちゃんは自転車店を営んでいる。俺のひいじいちゃん――会ったことはないが――がはじめた店で、じいちゃん――正道――がその跡を継ぎ、ばあちゃんが嫁いできて一緒にやるようになった、ということらしい。ばあちゃんのあのパワフルさは、今もなお現役で自転車修理をしていることからも来るのだろう。
なんかもうすぐ百年になるとか言ってたな。確かに『西元自転車商会』とプリントされた青と黄色のストライプのテントは年季が入っている。
「お、今日で学校終わり?」
「んーまあ、課外とかはあるけどな」
ちょうど昼飯の後だったらしい。昼飯といってもおにぎりと朝ごはんのおかずの残り、みたいな感じだ。特に夏場は忙しいらしく、昼飯を食べる暇がないときもあるのだとか。
「お昼は?」
「食ってきた」
「そう」
奥に長い造りの家の真ん中あたりに位置する居間では、じいちゃんが座椅子に座って冷たいお茶をすすっていた。俺は自分の定位置、じいちゃんの向かいに座る。ばあちゃんは台所で片づけをしている。
じいちゃんは見た感じめちゃくちゃ頑固者って感じで、まあ実際そういうところもあるのだが、家族想いのやさしいじいちゃんだ。ただ顔に出ないだけ、って感じなのだろう。俺たち家族からしてみれば分かりやすいことこの上ないのだが。そして何よりばあちゃんのことが大好きだ。
「春都、お前甘いものは好きだったか」
「好きだよ」
「そうか」
じいちゃんはそう言うと、おもむろに立ち上がって冷蔵庫に向かった。
どうしたのだろうと思って見ていると、何やら白い箱を持ってきた。洋菓子屋のケーキとかを持って帰ってくるときの箱だ。
「どしたん?」
「お客さんにもらったんだが、二人じゃ食べきれん。どれか一つ食べんか」
箱の中には、真っ赤なイチゴがまぶしいショートケーキ、つややかにコーティングされたスフレチーズケーキ、大ぶりの栗がのっかったモンブラン、そして、薄い黄色と濃い茶色のコントラストがきれいなプリンが二つ入っていた。
「え、食っていいの?」
「好きなの食え」
「ありがとう。それじゃ、えっと……」
しばらく悩んだ結果、ショートケーキをもらうことにした。
「ちょうど甘いもの食べたかったんだ」
昼飯、学食のカレーだったからな。アイス我慢しといてよかった。
「いただきます」
「はい、どーぞ」
ばあちゃんがアイスコーヒーを入れて持ってきてくれた。
「ん、ありがとう」
イチゴは……最後に残しておく。何でもその食べ方は一人っ子特有のものだと、咲良たちと話した記憶がある。きょうだいがいると、好きな物やおいしいものは先に食べておかなければ、あっという間にとられてしまうのだとか。
真っ白なクリームを口に含めば、すっきりとした甘さが舌にとろける。これがコーヒーの苦みとよく合う。ウインナーコーヒーみたいな。
「うまいか」
「うん、おいしい」
じいちゃんは少し笑った。それを見てばあちゃんも嬉しそうに笑う。
「コーヒーはおかわりもあるからね」
「ありがとう」
スポンジもしっとりしていて、間に挟まっているイチゴジャムとの相性もいい。少しすっぱくてプチプチとした触感が残るジャムを食べたとき、ショートケーキを食べているなと思う。基本はクリームとかといっしょに食べるのだが、少しだけ、つい、ジャムだけをすくって食べてしまうこともある。でもやっぱ一緒に食べるのが一番だ。
そしてイチゴは半分に割って、一つはイチゴだけで食べる。ショートケーキのイチゴは結構、酸っぱい。やっぱり甘いケーキに合わせるためだろう。だから、もう半分は、スポンジとクリームと、ジャムと、全部一緒にして食べる。
うん、まさしくショートケーキだ。
そういえば久しぶりに食べたな、ケーキ。おいしかった。まさか食べられるとは思いもしなかった。棚からぼた餅――今の状況はまさしくそうなのだろうが、出てきたのはショートケーキなんだよなあ。しかも出てきた場所は棚というより冷蔵庫だし。
まあ、おいしかったし、何よりうれしかったから、いっか。
「ごちそうさまでした」
といっても盆休み以外は午前中だけとはいえ課外があるし、課題もたんまりと出されているので休みという実感はない。
「今日もいい天気だな~……」
終業式が行われる体育館に向かう途中、咲良と合流する。咲良は渡り廊下から空を見上げて力なくそうつぶやいた。空はまるで絵の具で塗りつぶしたかのように青く、太陽がギラギラと容赦なく輝きを放っている。
「いい天気どころじゃねえよ……」
「あーつーいー」
全校生徒プラス教職員が集まった体育館はもっと暑い。湿気がない分、外の方がいいか。いや、でも直射日光もしんどいし。
「あ、漆原先生いるじゃん」
先生たちがいる場所の後ろの方にその姿はあった。一応ちゃんとした格好で立ってはいるが、目は死んでいる。
「虚空を見つめている……」
「一刻も早く図書館に帰りたいって顔だろ、あれは」
すでにクラス別に整列し始めていたので、俺も自分の場所に向かう。
一応、暑さを考慮して短縮されるらしいがそれもどこまで信用していいものか。
「漆原先生、すっげー棒読みだったな」
終業式後、本当であれば暑いはずの外が涼しく感じる。風が心地いい。
「そう、それ。俺も思った」
夏休みの図書館利用について説明した漆原先生だが、全くと言っていいほどに抑揚がなかった。見るからに、やる気ありませんよ、という態度だった。案の定、何人かの先生は怪訝そうに漆原先生のことを見ていた。
「俺は暑いのが苦手なんだよ」
「あ、先生」
渡り廊下を歩いていると、俺たちの後ろから漆原先生が声をかけてきた。
終業式前よりなんというか、こう、しんなりしている。冷蔵庫で存在を忘れられて放置されたレタスみたいだ。
「まだいたんですか。真っ先に図書館に帰ると思っていました」
咲良がケタケタ笑うと、先生はあからさまにげんなりとした表情を浮かべた。
「俺だって帰りたかったさ。でも、生徒指導の先生から『これでは生徒に示しがつきませんよ!』って」
「説教受けてたんですか」
生徒指導の先生は確か、英語の渕上先生だ。あー、あの先生うるさそう。自分が気に入らないことには本当、容赦ないんだ。生徒も多数、餌食になっている。
漆原先生は汗をぬぐい、ワイシャツをパタパタとさせた。
「俺は生徒の模範になるつもりで図書司書になったわけではない」
「じゃあ何でなったんですか」
「それはトップシークレットさ」
この先生に生徒の手本となるよう求めるのは、明らかに間違いだろうな。
「ま、これで俺の役目は終わりなわけだ。あとはのんびりさせてもらうとしよう」
のんきにそんなことを言って伸びをすると、先生は「ではな」と手を振って図書館に向かっていったのだった。
俺には夏休みの恒例行事というか、終業式の日に必ずやることがある。
それは――
「じいちゃん、ばあちゃん、来たよー」
祖父母の家に行くことだ。じいちゃんとばあちゃんは自転車店を営んでいる。俺のひいじいちゃん――会ったことはないが――がはじめた店で、じいちゃん――正道――がその跡を継ぎ、ばあちゃんが嫁いできて一緒にやるようになった、ということらしい。ばあちゃんのあのパワフルさは、今もなお現役で自転車修理をしていることからも来るのだろう。
なんかもうすぐ百年になるとか言ってたな。確かに『西元自転車商会』とプリントされた青と黄色のストライプのテントは年季が入っている。
「お、今日で学校終わり?」
「んーまあ、課外とかはあるけどな」
ちょうど昼飯の後だったらしい。昼飯といってもおにぎりと朝ごはんのおかずの残り、みたいな感じだ。特に夏場は忙しいらしく、昼飯を食べる暇がないときもあるのだとか。
「お昼は?」
「食ってきた」
「そう」
奥に長い造りの家の真ん中あたりに位置する居間では、じいちゃんが座椅子に座って冷たいお茶をすすっていた。俺は自分の定位置、じいちゃんの向かいに座る。ばあちゃんは台所で片づけをしている。
じいちゃんは見た感じめちゃくちゃ頑固者って感じで、まあ実際そういうところもあるのだが、家族想いのやさしいじいちゃんだ。ただ顔に出ないだけ、って感じなのだろう。俺たち家族からしてみれば分かりやすいことこの上ないのだが。そして何よりばあちゃんのことが大好きだ。
「春都、お前甘いものは好きだったか」
「好きだよ」
「そうか」
じいちゃんはそう言うと、おもむろに立ち上がって冷蔵庫に向かった。
どうしたのだろうと思って見ていると、何やら白い箱を持ってきた。洋菓子屋のケーキとかを持って帰ってくるときの箱だ。
「どしたん?」
「お客さんにもらったんだが、二人じゃ食べきれん。どれか一つ食べんか」
箱の中には、真っ赤なイチゴがまぶしいショートケーキ、つややかにコーティングされたスフレチーズケーキ、大ぶりの栗がのっかったモンブラン、そして、薄い黄色と濃い茶色のコントラストがきれいなプリンが二つ入っていた。
「え、食っていいの?」
「好きなの食え」
「ありがとう。それじゃ、えっと……」
しばらく悩んだ結果、ショートケーキをもらうことにした。
「ちょうど甘いもの食べたかったんだ」
昼飯、学食のカレーだったからな。アイス我慢しといてよかった。
「いただきます」
「はい、どーぞ」
ばあちゃんがアイスコーヒーを入れて持ってきてくれた。
「ん、ありがとう」
イチゴは……最後に残しておく。何でもその食べ方は一人っ子特有のものだと、咲良たちと話した記憶がある。きょうだいがいると、好きな物やおいしいものは先に食べておかなければ、あっという間にとられてしまうのだとか。
真っ白なクリームを口に含めば、すっきりとした甘さが舌にとろける。これがコーヒーの苦みとよく合う。ウインナーコーヒーみたいな。
「うまいか」
「うん、おいしい」
じいちゃんは少し笑った。それを見てばあちゃんも嬉しそうに笑う。
「コーヒーはおかわりもあるからね」
「ありがとう」
スポンジもしっとりしていて、間に挟まっているイチゴジャムとの相性もいい。少しすっぱくてプチプチとした触感が残るジャムを食べたとき、ショートケーキを食べているなと思う。基本はクリームとかといっしょに食べるのだが、少しだけ、つい、ジャムだけをすくって食べてしまうこともある。でもやっぱ一緒に食べるのが一番だ。
そしてイチゴは半分に割って、一つはイチゴだけで食べる。ショートケーキのイチゴは結構、酸っぱい。やっぱり甘いケーキに合わせるためだろう。だから、もう半分は、スポンジとクリームと、ジャムと、全部一緒にして食べる。
うん、まさしくショートケーキだ。
そういえば久しぶりに食べたな、ケーキ。おいしかった。まさか食べられるとは思いもしなかった。棚からぼた餅――今の状況はまさしくそうなのだろうが、出てきたのはショートケーキなんだよなあ。しかも出てきた場所は棚というより冷蔵庫だし。
まあ、おいしかったし、何よりうれしかったから、いっか。
「ごちそうさまでした」
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