一条春都の料理帖

藤里 侑

文字の大きさ
上 下
22 / 854
日常

第二十二話 回鍋肉

しおりを挟む
「えっ? 百瀬と朝比奈って中学一緒なん?」

 登校早々、廊下で鉢合わせた咲良とだべっていたら朝比奈も来た。そこで何となく百瀬の話になったのだが、それは知らなかった。

「中学どころか小学校も同じだ」

「へー、ポップの時何も言わなかったじゃんか」

「聞かれてないし……」

 朝比奈の言葉は不貞腐れるでもイラつくでもなく、ただ淡々としている。本当に深い意味はなさそうだ。

「昔から絵を描くのが好きで、しょっちゅう賞も取ってた。でも賞状とか景品には興味なくて、ロッカーに置きっぱなしにして怒られてた」

「欲がないのか?」

 咲良のつぶやきに朝比奈は首をひねる。

「まあ……甘いものには目がないが……」

「自分で作るって言ってたもんな」

 俺のその言葉には朝比奈も頷いた。

「弟や妹の誕生日にはケーキを作ってるらしい」

「すっげー。食ってみてえ」

「お前はまた……」

 そうこうしているうちに予鈴が鳴った。見れば廊下にいる生徒はまばらで、先生の姿もある。俺たちは慌てて自分たちの教室に向かったのだった。



 体育祭の係決めは、体育館でブロック別に行われる。赤、白、緑、紫の四チームあり、俺は赤だ。ちなみに咲良は紫で、朝比奈は緑だとか。これは一年生の時に決められて、三年間変わらない。

「俺? 俺は白!」

 体育館に向かう途中、百瀬と会った。まあ、体育館に向かう経路は一組の前を通るし、当然といえば当然だが。

「体育祭、面倒だなー」

「それな」

「でもさー、そんなこと言おうものなら、体育の鈴木が火ぃ吹くぜぇ」

 と、百瀬は両手を頭にやって、鬼の角のようにして「にししっ」と笑った。

 体育館にはもうすでにそれぞれのブロックのリーダーらしき人たちが集まっていた。そういえば去年もいつの間にかリーダーとか応援団長は決まってたけど、いつ決まってんだろう。まあ、俺はやりたくないし誰がなろうが関係ないけど。

 今回も全員強制参加の競技以外には出ないつもりなので、後ろの方で気配を消しておく。

「次、立て看板やりたい人!」

 立て看板、ああ、あれか。ドラゴンとかなんか強そうなやつの絵描いたの。確かそれも得点に反映されるんだっけか。ブロックの目標だかモチーフだか知らんが、各ブロックの色をふんだんに使った絵をでかい看板に描いて、本部テント前に置く。それを先生たちが審査するらしい。詳しいことはよく知らない。小学校の時からあったような気もするが、気にしたこともなかった。

 あ、そういや、やっぱ百瀬も描くんかな。毎回、美術部駆り出されてるもんなあ。

 それにしても蒸し暑い。扇風機は一応回ってはいるが、暑い空気を循環させているだけなので意味がないというか、逆に暑いような気がする。

 早く帰りてえ……。



 なぜか、こうも暑いと、中華が無性に食べたくなってくる。

 俺は今、スーパーのレトルト食品の棚の前にいた。そこには色とりどりの箱が並んでいて、その箱には漢字ばかりの商品名が書かれている。それすなわち、中華料理の素である。

 これを使えば中華料理が家でも作れる。ありがたい話である。

 麻婆豆腐をご飯にかけて食うの、うまいよなあ。旬の野菜を使うなら青椒肉絲とか麻婆茄子とか。麻婆茄子は小さいころ苦手でずっと食べてなかったけど、中学の時に改めて食べてみたらめちゃくちゃうまかった。なんで今まで食ってこなかったんだって後悔したほどだ。

 そういえば冷蔵庫に豚肉残ってたな。早いとこ使っときたい。豚肉使った中華かあ……。

 青椒肉絲も肉を使うが、あれはどっちかって言うと野菜が主役なんだよな。肉がメインの中華……棒棒鶏は鶏か。ていうかもうちょっとこってりしたものが食べたい。

 あ、回鍋肉はどうだろう。あれならキャベツと豚で作れる。最近食ってなかったし、いいな。

 そうと決まれば回鍋肉の素を買って早いとこ帰ろう。

 クーラーがガンガンに効いた部屋で、早く飯をかきこみたい気分だ。



 キャベツも一玉買うと使い切るのが大変だ。現に冷蔵庫にはまだ半玉ぐらい残っている。でも回鍋肉にするとかなりの量消費できるのでいい。ザクザクと切れば青いにおいが立つ。今日は千切りではなく角切りだ。

 今日は豚肉も切る必要がある。いつもであればすでに切り分けられている豚バラ肉とか、豚コマとかを使うが、今日はとんかつにできるような豚ロースだ。さすがにそのままはちょっとな。

 フライパンに油をひいて、キャベツから炒めていく。作り方は回鍋肉の素の箱に書いてある通りだ。箱にはキャベツのほかにも、ネギやピーマンを入れてもいいとあるが、たいていキャベツだけで作るな。

 炒めたキャベツはいったん皿に移して、豚肉を炒める。油がめっちゃ飛ぶので腕が結構熱い。そして、火が通ってきたところに回鍋肉の素を入れる。袋がとても開けづらいと思うのは俺が不器用だからだろうか。そうそう、これを入れるときは火を止めるんだった。そんで、キャベツも入れたら中火にしてよく絡ませる。

 よし、完成だ。ご飯は山盛りでいこう。

「いただきます」

 やっぱりキャベツと肉は一緒に食べたい。

 少しの辛さと味噌や醤油にも似たうま味が、シャキッとキャベツによく合う。肉もかたすぎずおいしい。

 キャベツだけで食べるとみずみずしさが際立つ。

 肉だけだとなんだか贅沢している気分になる。噛むたびにうまみと甘みがジュワ、と滲み出してくるのが好きだ。

 ご飯と一緒にかきこめばもう最強である。米の薄い甘みがこってり味によく合う。

 生卵を絡めてもおいしいらしい。けど今日はこのまま食べたい気分だ。

 ホイコーローを半分くらい食べたところでご飯を食べきってしまった。もちろんおかわりする。そしてそのご飯はホイコーローの皿に一緒に盛る。

 こぼれないようにそっと混ぜて、今度はスプーンで食べる。

 中華の濃い味が、白米に絡んでよりうまみが増した気がする。そして、満足感もばっちりだ。おいしい。

 想像した通りのおいしさが口の中で広がるって、どうしてこう感動的なのだろう。

 やっぱ飯を食うって、幸せだな。



「ごちそうさまでした」

しおりを挟む
感想 16

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレエリートの執愛婚で懐妊させられます

沖田弥子
恋愛
職場の後輩に恋人を略奪された澪。終業後に堪えきれず泣いていたところを、営業部のエリート社員、天王寺明夜に見つかってしまう。彼に優しく慰められながら居酒屋で事の顛末を話していたが、なぜか明夜と一夜を過ごすことに――!? 明夜は傷心した自分を慰めてくれただけだ、と考える澪だったが、翌朝「責任をとってほしい」と明夜に迫られ、婚姻届にサインしてしまった。突如始まった新婚生活。明夜は澪の心と身体を幸せで満たしてくれていたが、徐々に明夜のヤンデレな一面が見えてきて――執着強めな旦那様との極上溺愛ラブストーリー!

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

妻を蔑ろにしていた結果。

下菊みこと
恋愛
愚かな夫が自業自得で後悔するだけ。妻は結果に満足しています。 主人公は愛人を囲っていた。愛人曰く妻は彼女に嫌がらせをしているらしい。そんな性悪な妻が、屋敷の最上階から身投げしようとしていると報告されて急いで妻のもとへ行く。 小説家になろう様でも投稿しています。

「一晩一緒に過ごしただけで彼女面とかやめてくれないか」とあなたが言うから

キムラましゅろう
恋愛
長い間片想いをしていた相手、同期のディランが同じ部署の女性に「一晩共にすごしただけで彼女面とかやめてくれないか」と言っているのを聞いてしまったステラ。 「はいぃ勘違いしてごめんなさいぃ!」と思わず心の中で謝るステラ。 何故なら彼女も一週間前にディランと熱い夜をすごした後だったから……。 一話完結の読み切りです。 ご都合主義というか中身はありません。 軽い気持ちでサクッとお読み下さいませ。 誤字脱字、ごめんなさい!←最初に謝っておく。 小説家になろうさんにも時差投稿します。

「今日でやめます」

悠里
ライト文芸
ウエブデザイン会社勤務。二十七才。 ある日突然届いた、祖母からのメッセージは。 「もうすぐ死ぬみたい」 ――――幼い頃に過ごした田舎に、戻ることを決めた。

サンスクミ〜学園のアイドルと偶然同じバイト先になったら俺を3度も振った美少女までついてきた〜

野谷 海
恋愛
「俺、やっぱり君が好きだ! 付き合って欲しい!」   「ごめんね青嶋くん……やっぱり青嶋くんとは付き合えない……」 この3度目の告白にも敗れ、青嶋将は大好きな小浦舞への想いを胸の内へとしまい込んで前に進む。 半年ほど経ち、彼らは何の因果か同じクラスになっていた。 別のクラスでも仲の良かった去年とは違い、距離が近くなったにも関わらず2人が会話をする事はない。 そんな折、将がアルバイトする焼鳥屋に入ってきた新人が同じ学校の同級生で、さらには舞の親友だった。 学校とアルバイト先を巻き込んでもつれる彼らの奇妙な三角関係ははたしてーー ⭐︎毎日朝7時に最新話を投稿します。 ⭐︎もしも気に入って頂けたら、ぜひブックマークやいいね、コメントなど頂けるととても励みになります。 ※表紙絵、挿絵はAI作成です。 ※この作品はフィクションであり、作中に登場する人物、団体等は全て架空です。

処理中です...