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日常
第二十一話 とんかつ
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期末テストも終われば、一学期はもう大した行事もない。部活をやってるやつらなんかは大会だのコンクールだのに向けて集中しだすようで、梅雨明けの熱気と相まって学校中が騒がしい。
「はい、じゃあ一つだけ連絡しまーす」
帰りのホームルーム。担任がバインダーを見ながら話をする。
「明日は体育祭に向けての集まりがあります。二年目だからわかってるとは思うけど、応援団とか、その他もろもろの係決めや出場競技決めがあるので、そのつもりでいてください」
体育祭、という単語に教室がざわつく。
ああ、そっか。学校中が騒がしいのは、体育祭のせいでもあったか。
夏休みが明けたら一週間やそこらで体育祭がある。卒業生はもちろんだが、家族総出で見に来るところも多いので結構にぎわう。
ちなみに雨が降ったら普通に授業がある。正直なところをいえば、俺としてはそっちの方がいい。練習もできればない方がいい。むやみやたらと大声出したり、訳も分からず怒鳴られたりするのはまっぴらごめんだ。
てか単純に、運動神経悪いから憂鬱なのだが。
強制参加で単位もかかってるから参加するけど、ほんといやだ。もう体育の授業だけでいいじゃんね。
「以上、他に何かありますかー」
「はい。体育祭実行委員からです――」
早く終わんねーかな。ホームルームも、体育祭も。
あ、いやでも夏は夏のうまいもんがあるし、あんまり早く終わられてもいやかな。俺は俺なりの夏を楽しむことにしよう。
「夏といえば?」
「は?」
「夏といえばなんだ」
「……祭り?」
蝉時雨と形容するにふさわしいセミの大合唱が、聴覚のほとんどを支配しにかかる。もうちょっと音量抑えた方が長生きできるんじゃないかといつも思う。そんな中で咲良は俺の問いに律儀に答えた。
しかしそれは、俺の求めたものではない。
「……違う」
「違う?」
「食いもんの話をしてるんだろうが」
「いや初耳なんですけど?」
あれ、俺言ってなかったか。
「夏になったら何が食いてえかって聞いてんだ」
「そういうことね」
夏かあ、と咲良は目を細める。直射日光を避け、日陰を選んで歩いても汗がじっとりとにじむ。
「とんかつ!」
「あ? とんかつ?」
「俺、夏になるとなぜかとんかつ食べたくなるんだよな。あれかな? セミの鳴き声が揚げ物の音に聞こえんのかな?」
まあ、分からんでもない。
「冷やしカツとかもあるらしいぜ」
「なんだそれ……てか、揚げ物ってただでさえ暑いのに、夏場はもうすげえんだよなあ……。クーラー意味なし」
「そうなのか。俺、揚げ物とか自分でやったことねーわ」
それからバス停について咲良と別れた後、陽炎が揺れるアスファルトの上を一人、家に向かって歩いていた。セミは依然、けたたましく鳴き続ける。
揚げ物か……できればやりたくない。
だが、咲良があんなことを言うものだから、セミの鳴き声が俺にはもう、油のはじける音にしか聞こえなくなった。
「……あーもー」
俺は足を速める。
この時期に生ものを買いに行くなら、保冷バックは必須だ。
ということで、買ってきました。豚ロース。
出来合いのものでもよかったが、今日は無性に揚げたてが食べたかった。
ピンクの肉と白い脂身のコントラストがいい。分厚く切られたその様子は、とんかつのためにある。いや、トンテキもいけるが、今はとんかつのためにあつらえられたようにしか見えない。
最初に付け合わせのキャベツを切っておこう。とんかつ屋では角切りという選択肢もあるが、俺は千切り一択だ。
豚肉は筋を切る。そうしないと縮んでかたくなってしまうのだ。全部で四枚あるが、結構でかいし二枚にしておく。残りはまた別の料理に使おう。筋を切ったら塩コショウをして、小麦粉、溶いておいた卵、パン粉の順に衣をまとわせていく。
たっぷりの油をフライパンに注ぎ、温まったところにそっと入れる。
久しく聞いていない揚げ物のジュワーッという音に、否が応にもテンションが上がる。騒がしく油が跳ね、パン粉のまわりで気泡がはじけている。
しっかりきつね色になったところで皿に移し、切り分ける。ザクッ、ザクッという音と手に伝わる衣の感触が心地いい。
せっかくだからみそ汁も作ってみた。具材は玉ねぎのみだ。
あーいい。山盛りのキャベツとトンカツ。しかも、二枚。ソースはすりごまを混ぜたのが好きだ。からしも忘れちゃいけない。
「いただきます」
ごまの風味がまず鼻に抜け、ソース味と香ばしい衣、そして豚肉にたどり着く。しっかりとした歯ごたえと、じわっとしみだす豚のうま味。ああ、ご飯によく合う。
脂身も甘みがあっていい。プルッと……いや、プチプチッとしたような特徴的な歯ごたえが面白いんだ。肉と一緒に食べるのもいいが、脂身だけで食べてもいい。ちょっと口の中がこってりするので、キャベツを一口。ソース味のキャベツ。とんかつならではだ。
からしをつけると、ツーンとする。やばい、つけすぎた。
ご飯をかきこんで落ち着かせたら、もう一口。今度はちゃんと加減する。うん、豚の味が引き立つというか、味が引き締まる。
みそ汁もうまい。玉ねぎの甘さがちょうどいいな。
そうだ。ポン酢もかけてみるか。……おお、さっぱり。大根おろしが合いそうだ。夏場にはいいかもな。そういえば冷やしカツって、味付けはどうするんだろう。
でもやっぱソースに戻ってしまう。ソースの甘辛さとゴマの風味、パン粉の香ばしさと肉のうま味、ご飯が尋常じゃなく進む合わせ技ってやつだ。
暑かったけど、揚げてよかった。このおいしさは揚げたてならではだからな。
「ごちそうさまでした」
「はい、じゃあ一つだけ連絡しまーす」
帰りのホームルーム。担任がバインダーを見ながら話をする。
「明日は体育祭に向けての集まりがあります。二年目だからわかってるとは思うけど、応援団とか、その他もろもろの係決めや出場競技決めがあるので、そのつもりでいてください」
体育祭、という単語に教室がざわつく。
ああ、そっか。学校中が騒がしいのは、体育祭のせいでもあったか。
夏休みが明けたら一週間やそこらで体育祭がある。卒業生はもちろんだが、家族総出で見に来るところも多いので結構にぎわう。
ちなみに雨が降ったら普通に授業がある。正直なところをいえば、俺としてはそっちの方がいい。練習もできればない方がいい。むやみやたらと大声出したり、訳も分からず怒鳴られたりするのはまっぴらごめんだ。
てか単純に、運動神経悪いから憂鬱なのだが。
強制参加で単位もかかってるから参加するけど、ほんといやだ。もう体育の授業だけでいいじゃんね。
「以上、他に何かありますかー」
「はい。体育祭実行委員からです――」
早く終わんねーかな。ホームルームも、体育祭も。
あ、いやでも夏は夏のうまいもんがあるし、あんまり早く終わられてもいやかな。俺は俺なりの夏を楽しむことにしよう。
「夏といえば?」
「は?」
「夏といえばなんだ」
「……祭り?」
蝉時雨と形容するにふさわしいセミの大合唱が、聴覚のほとんどを支配しにかかる。もうちょっと音量抑えた方が長生きできるんじゃないかといつも思う。そんな中で咲良は俺の問いに律儀に答えた。
しかしそれは、俺の求めたものではない。
「……違う」
「違う?」
「食いもんの話をしてるんだろうが」
「いや初耳なんですけど?」
あれ、俺言ってなかったか。
「夏になったら何が食いてえかって聞いてんだ」
「そういうことね」
夏かあ、と咲良は目を細める。直射日光を避け、日陰を選んで歩いても汗がじっとりとにじむ。
「とんかつ!」
「あ? とんかつ?」
「俺、夏になるとなぜかとんかつ食べたくなるんだよな。あれかな? セミの鳴き声が揚げ物の音に聞こえんのかな?」
まあ、分からんでもない。
「冷やしカツとかもあるらしいぜ」
「なんだそれ……てか、揚げ物ってただでさえ暑いのに、夏場はもうすげえんだよなあ……。クーラー意味なし」
「そうなのか。俺、揚げ物とか自分でやったことねーわ」
それからバス停について咲良と別れた後、陽炎が揺れるアスファルトの上を一人、家に向かって歩いていた。セミは依然、けたたましく鳴き続ける。
揚げ物か……できればやりたくない。
だが、咲良があんなことを言うものだから、セミの鳴き声が俺にはもう、油のはじける音にしか聞こえなくなった。
「……あーもー」
俺は足を速める。
この時期に生ものを買いに行くなら、保冷バックは必須だ。
ということで、買ってきました。豚ロース。
出来合いのものでもよかったが、今日は無性に揚げたてが食べたかった。
ピンクの肉と白い脂身のコントラストがいい。分厚く切られたその様子は、とんかつのためにある。いや、トンテキもいけるが、今はとんかつのためにあつらえられたようにしか見えない。
最初に付け合わせのキャベツを切っておこう。とんかつ屋では角切りという選択肢もあるが、俺は千切り一択だ。
豚肉は筋を切る。そうしないと縮んでかたくなってしまうのだ。全部で四枚あるが、結構でかいし二枚にしておく。残りはまた別の料理に使おう。筋を切ったら塩コショウをして、小麦粉、溶いておいた卵、パン粉の順に衣をまとわせていく。
たっぷりの油をフライパンに注ぎ、温まったところにそっと入れる。
久しく聞いていない揚げ物のジュワーッという音に、否が応にもテンションが上がる。騒がしく油が跳ね、パン粉のまわりで気泡がはじけている。
しっかりきつね色になったところで皿に移し、切り分ける。ザクッ、ザクッという音と手に伝わる衣の感触が心地いい。
せっかくだからみそ汁も作ってみた。具材は玉ねぎのみだ。
あーいい。山盛りのキャベツとトンカツ。しかも、二枚。ソースはすりごまを混ぜたのが好きだ。からしも忘れちゃいけない。
「いただきます」
ごまの風味がまず鼻に抜け、ソース味と香ばしい衣、そして豚肉にたどり着く。しっかりとした歯ごたえと、じわっとしみだす豚のうま味。ああ、ご飯によく合う。
脂身も甘みがあっていい。プルッと……いや、プチプチッとしたような特徴的な歯ごたえが面白いんだ。肉と一緒に食べるのもいいが、脂身だけで食べてもいい。ちょっと口の中がこってりするので、キャベツを一口。ソース味のキャベツ。とんかつならではだ。
からしをつけると、ツーンとする。やばい、つけすぎた。
ご飯をかきこんで落ち着かせたら、もう一口。今度はちゃんと加減する。うん、豚の味が引き立つというか、味が引き締まる。
みそ汁もうまい。玉ねぎの甘さがちょうどいいな。
そうだ。ポン酢もかけてみるか。……おお、さっぱり。大根おろしが合いそうだ。夏場にはいいかもな。そういえば冷やしカツって、味付けはどうするんだろう。
でもやっぱソースに戻ってしまう。ソースの甘辛さとゴマの風味、パン粉の香ばしさと肉のうま味、ご飯が尋常じゃなく進む合わせ技ってやつだ。
暑かったけど、揚げてよかった。このおいしさは揚げたてならではだからな。
「ごちそうさまでした」
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