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日常
第六話 ミートソース
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放課後の図書館は静かだ。昼休みとは違い、部活に行く生徒が多いので利用者が少ないのである。ただ、昼休みのうちに本棚に戻しきれなかった返却済みの本は山積みになっている。
「今日の夕飯は何にするつもりだ?」
先生と並んで書架整理をしていたら、おもむろにそう尋ねられ俺はきょとんとしてしまった。
「どうしたんですか急に」
「なに、ただの雑談だよ」
今、図書館にいるのは俺と先生、そしてカウンター業務をしているもう一人の図書委員の三人だけだ。だから、カウンター業務といっても貸し出しというより留守番みたいなものだった。
「さあ……家にあるものでなんか作ろうかなとは思っていますけど」
「俺は手製のドライカレーだ」
「……インスタントは手製って言わないんですよ」
「失敬な。俺だって料理ぐらいする」
と、先生はムッとした表情でデコピンをしてきた。ちょっと痛い。
「ドライカレーって、ひき肉で作るんでしたっけ」
「そうそう、最近はまっているのさ」
「そっか、ひき肉か……」
ひき肉だったら、俺は何が食べたいだろう。ハンバーグ、餃子……。そういえばうちにもひき肉があったな。冷凍のひき肉、結構重宝している。
「君は料理が上手だと聞いたからな。今晩は何を食べるのかなと思ってね」
「いつどこで聞いたんですか、そんな話」
「井上君さ、一年生の頃にね」
先生はカーディガンの袖をまくりながらころころと笑った。
「この間も、弁当を作ってもらったと、それはもう嬉しそうに話してくれたよ。ずっと食べたかったからと言っていたよ」
「ああ……」
あいつは何でもすぐにしゃべる。まったく、うかつなことは言えないしできない。
「買い物にも付き合わせたんで」
「今度はぜひ、俺もご相伴にあずかりたいものだ」
にっこりと笑って顔をのぞき込んでくる先生は、本気でそう思っているのか分からない。俺は本を開き、挟まったままになっていたしおりを取り出して先生に渡した。
「俺なんかの料理でよろしければ」
「喜んで。もちろん、ただでとは言わないさ」
げ、めんどくさいと思っていたのが顔に出ていたのであろうか。笑顔は張り付けたまま先生は薄眼を開けた。なんかいろいろ見透かされていそうでちょっとたじろいだ。
それもあからさま過ぎたのだろうか、先生は受け取ったしおりを胸ポケットにしまうとまたデコピンをしてきた。
「はっはっは、そう身構えるな。なに、金銭を渡すのは何だから、菓子の一つや二つ用意しよう。君が食べたこともないようなものをな」
「……期待しておきます」
五時になったら委員会の仕事は終わりである。ぽつぽつと帰り道を行きながらぼんやりと考える。考えることはもちろん、晩飯のことだ。先生がドライカレーの話をするから、ひき肉を使ったなんかが食べたくなってしまった。
「ひき肉か……」
うちにあるのは他に何だったか、冷蔵庫の中を思い返す。野菜はニンジンにピーマンに玉ねぎとか、そういえばマイタケもあったな。キノコ類は結構好きだから、大体いつも買い置きがある。あとは、使い勝手のいいカットトマトの缶詰がいくつかとご飯の残り、スパゲティも買っておいたな。
「そうだ。あれにしよう」
これだけの材料がそろっていれば、あれを作るしかない。さっそく腹が鳴り始めたので、俺は帰り道を急いだ。
「確かこの辺に……あったはず」
台所で探し物をしていると、うめずがすり寄ってきた。遊んでいると勘違いしているのだろうか、キラッキラした目でこっちを見てくる。
「おうおう、うめず。ちょっと待ってろ。危ねえぞ」
コテンと首をかしげるそのしぐさが子犬の頃から変わらずかわいい。
いや、そんなことを思っている場合ではない。今探しているものは、今日の晩飯に必要なものなのだから。
「あ、あった」
少し色あせた大きめの箱、そこには野菜や肉、魚の絵が描かれていてゴシック体で「フードプロセッサー」とでかでかとあった。
そうだ、今日作るのはミートソース。野菜を細かく切る必要がある。手で切っても構わないのだが、まあ、あれだ。とてもめんどくさいし疲れる。これさえあれば材料を入れてジャーッとすればあっという間にみじん切り完了だ。文明の利器、様様だな。まあ、洗うのは大変だけど。
ニンジンは洗って皮をむきフードプロセッサーに入るくらいの大きさに切る。ピーマンは種を取り、玉ねぎも適当な大きさに切る。マイタケは石づきをとって小分けにしておく。
そしてそれらをフードプロセッサーに入れ、細かく刻む。大げさなほどの機械音とともに、材料が細切れになっていく。こうすれば玉ねぎのみじん切りで号泣することもないし、ほんといいよな。あんまりやり過ぎると大変なことになるので、ほどほどで止める。
フライパンに油をひき、ニンニクを炒めてから牛ひき肉を炒める。こうすると風味がいいんだ。火が通ってきたところで野菜を入れて炒める。ここで小麦粉を少量入れ、後でとろみがつくようにする。そこにカットトマトを入れ、味付けはウスターソースとコンソメとケチャップ。マイタケとか野菜のうまみが出るので、味付けはシンプルな方がいい。
さて、このミートソース、パンにもご飯にもスパゲティにも合うわけだが、今夜はスパゲティにしよう。ちょっと焼いたフランスパンの上にのせてもうまいが、残念ながら今、うちにはフランスパンがない。
時間通りに麺を茹で、皿に盛ったら完成だ。
「いただきます」
ミートソースとパスタを一緒に食べるのは意外と難しい。食べることが好きだからと言って食べ方が上手だとは限らないらしい。
トマトの甘味が鼻に抜け、噛みしめるとまず感じるのは肉のうま味だ。脂身とは違うそれが口いっぱいに広がったかと思えば、次いでマイタケから染み出る、キノコ特有のうま味がやってくる。程よく形の残ったトマトもいい味を出している。ピーマンのほのかな風味と玉ねぎの甘さ、ニンジンの若干のほくほく感がたまらない。
スパゲティの麺は細すぎず太すぎず、うまくソースと絡めるとおいしい。ちょっとタバスコをかけると、酸味と辛みが味を引き締めてくれる。ちょっと前までタバスコって苦手だったのだが、今はあるとありがたいと思うほどだ。
ミートソースのスパゲティは、いつにもまして減りが早い気がする。ハンバーグに負けないぐらいに肉のうま味と野菜のうま味が凝縮されていて、決してあっさりメニューではないのだが、なぜか食べ進めてしまう。不思議だなと毎回思いながら、今日もまたおかわりをする。
明日はご飯にのせて食べることにしよう。レタスとかで巻いてもうまいんだ。今度作るときはパンも忘れずに買っておかないとな。
「ごちそうさまでした」
「今日の夕飯は何にするつもりだ?」
先生と並んで書架整理をしていたら、おもむろにそう尋ねられ俺はきょとんとしてしまった。
「どうしたんですか急に」
「なに、ただの雑談だよ」
今、図書館にいるのは俺と先生、そしてカウンター業務をしているもう一人の図書委員の三人だけだ。だから、カウンター業務といっても貸し出しというより留守番みたいなものだった。
「さあ……家にあるものでなんか作ろうかなとは思っていますけど」
「俺は手製のドライカレーだ」
「……インスタントは手製って言わないんですよ」
「失敬な。俺だって料理ぐらいする」
と、先生はムッとした表情でデコピンをしてきた。ちょっと痛い。
「ドライカレーって、ひき肉で作るんでしたっけ」
「そうそう、最近はまっているのさ」
「そっか、ひき肉か……」
ひき肉だったら、俺は何が食べたいだろう。ハンバーグ、餃子……。そういえばうちにもひき肉があったな。冷凍のひき肉、結構重宝している。
「君は料理が上手だと聞いたからな。今晩は何を食べるのかなと思ってね」
「いつどこで聞いたんですか、そんな話」
「井上君さ、一年生の頃にね」
先生はカーディガンの袖をまくりながらころころと笑った。
「この間も、弁当を作ってもらったと、それはもう嬉しそうに話してくれたよ。ずっと食べたかったからと言っていたよ」
「ああ……」
あいつは何でもすぐにしゃべる。まったく、うかつなことは言えないしできない。
「買い物にも付き合わせたんで」
「今度はぜひ、俺もご相伴にあずかりたいものだ」
にっこりと笑って顔をのぞき込んでくる先生は、本気でそう思っているのか分からない。俺は本を開き、挟まったままになっていたしおりを取り出して先生に渡した。
「俺なんかの料理でよろしければ」
「喜んで。もちろん、ただでとは言わないさ」
げ、めんどくさいと思っていたのが顔に出ていたのであろうか。笑顔は張り付けたまま先生は薄眼を開けた。なんかいろいろ見透かされていそうでちょっとたじろいだ。
それもあからさま過ぎたのだろうか、先生は受け取ったしおりを胸ポケットにしまうとまたデコピンをしてきた。
「はっはっは、そう身構えるな。なに、金銭を渡すのは何だから、菓子の一つや二つ用意しよう。君が食べたこともないようなものをな」
「……期待しておきます」
五時になったら委員会の仕事は終わりである。ぽつぽつと帰り道を行きながらぼんやりと考える。考えることはもちろん、晩飯のことだ。先生がドライカレーの話をするから、ひき肉を使ったなんかが食べたくなってしまった。
「ひき肉か……」
うちにあるのは他に何だったか、冷蔵庫の中を思い返す。野菜はニンジンにピーマンに玉ねぎとか、そういえばマイタケもあったな。キノコ類は結構好きだから、大体いつも買い置きがある。あとは、使い勝手のいいカットトマトの缶詰がいくつかとご飯の残り、スパゲティも買っておいたな。
「そうだ。あれにしよう」
これだけの材料がそろっていれば、あれを作るしかない。さっそく腹が鳴り始めたので、俺は帰り道を急いだ。
「確かこの辺に……あったはず」
台所で探し物をしていると、うめずがすり寄ってきた。遊んでいると勘違いしているのだろうか、キラッキラした目でこっちを見てくる。
「おうおう、うめず。ちょっと待ってろ。危ねえぞ」
コテンと首をかしげるそのしぐさが子犬の頃から変わらずかわいい。
いや、そんなことを思っている場合ではない。今探しているものは、今日の晩飯に必要なものなのだから。
「あ、あった」
少し色あせた大きめの箱、そこには野菜や肉、魚の絵が描かれていてゴシック体で「フードプロセッサー」とでかでかとあった。
そうだ、今日作るのはミートソース。野菜を細かく切る必要がある。手で切っても構わないのだが、まあ、あれだ。とてもめんどくさいし疲れる。これさえあれば材料を入れてジャーッとすればあっという間にみじん切り完了だ。文明の利器、様様だな。まあ、洗うのは大変だけど。
ニンジンは洗って皮をむきフードプロセッサーに入るくらいの大きさに切る。ピーマンは種を取り、玉ねぎも適当な大きさに切る。マイタケは石づきをとって小分けにしておく。
そしてそれらをフードプロセッサーに入れ、細かく刻む。大げさなほどの機械音とともに、材料が細切れになっていく。こうすれば玉ねぎのみじん切りで号泣することもないし、ほんといいよな。あんまりやり過ぎると大変なことになるので、ほどほどで止める。
フライパンに油をひき、ニンニクを炒めてから牛ひき肉を炒める。こうすると風味がいいんだ。火が通ってきたところで野菜を入れて炒める。ここで小麦粉を少量入れ、後でとろみがつくようにする。そこにカットトマトを入れ、味付けはウスターソースとコンソメとケチャップ。マイタケとか野菜のうまみが出るので、味付けはシンプルな方がいい。
さて、このミートソース、パンにもご飯にもスパゲティにも合うわけだが、今夜はスパゲティにしよう。ちょっと焼いたフランスパンの上にのせてもうまいが、残念ながら今、うちにはフランスパンがない。
時間通りに麺を茹で、皿に盛ったら完成だ。
「いただきます」
ミートソースとパスタを一緒に食べるのは意外と難しい。食べることが好きだからと言って食べ方が上手だとは限らないらしい。
トマトの甘味が鼻に抜け、噛みしめるとまず感じるのは肉のうま味だ。脂身とは違うそれが口いっぱいに広がったかと思えば、次いでマイタケから染み出る、キノコ特有のうま味がやってくる。程よく形の残ったトマトもいい味を出している。ピーマンのほのかな風味と玉ねぎの甘さ、ニンジンの若干のほくほく感がたまらない。
スパゲティの麺は細すぎず太すぎず、うまくソースと絡めるとおいしい。ちょっとタバスコをかけると、酸味と辛みが味を引き締めてくれる。ちょっと前までタバスコって苦手だったのだが、今はあるとありがたいと思うほどだ。
ミートソースのスパゲティは、いつにもまして減りが早い気がする。ハンバーグに負けないぐらいに肉のうま味と野菜のうま味が凝縮されていて、決してあっさりメニューではないのだが、なぜか食べ進めてしまう。不思議だなと毎回思いながら、今日もまたおかわりをする。
明日はご飯にのせて食べることにしよう。レタスとかで巻いてもうまいんだ。今度作るときはパンも忘れずに買っておかないとな。
「ごちそうさまでした」
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