76 / 84
第十四章 軽はずみで切ない嘘の果て
1
しおりを挟むどんな理由でも、馬鹿げたことでも、彼の近くにいられるなら構わない。こんなチャンスもう二度と訪れない。ただそばにいられるなら――。
その一心だった。
本当の恋の苦しみを知らない私は、嘘をついた。それは、あまりに考えなしで軽はずみな、そして切実で切ない嘘だった。
軽はずみで切ない嘘の果て――。
◇
少し肌寒くなってきた。
また、冬が来るな――。
季節が巡って、あの日と同じ頃になろうとしている。
私の勝手で、暮らしていたマンションを出てからそろそろ一年。私は、子供と二人で暮らしている。家賃を節約するため東京を離れ、その隣県の郊外にアパートを借りた。離婚、再婚、また離婚と、勝手なことをしてしまった手前、両親の下で暮らすという選択肢はなかった。何とか自分の力で生きている。
初めての出産に子育て。何もかもを一人でこなそうなんて、それは無理なことで。どうしても、というときは両親に助けを求めることもある。
どんなに気を強く持とうと思っていても出産の時は怖かった。初産は苦しむことが多いと聞いたけれど、本当に死ぬのではないかと思った。なかなか子宮口が開かず、陣痛に丸2日苦しんだ。最後は促進剤を投与したけれど、またそここらも大変で。助産師さんがいなければ、きっと私はくじけていた。
振り返れば、私の人生、ずっと誰かに守られていた。子供の頃から結婚するまでは両親のもとで暮らし、何の苦労することもなくそれが当たり前だと思って生きていた。自分から動くことのない私を美久が引っ張ってくれた。
結婚してからは和樹さんに守られていた。
頼りなくて人付き合いも苦手だった自分が、シングルマザーとして生きている。追い詰められると、人間は嫌でも成長するみたいだ。母は強しと言うけれど、本当にそうだと思う。
“一人の力で生きていく!“
なんて肩に力を入れずに、頼れるものは頼るなんていうちゃっかりした心も会得した。何よりも大切なものを守るためには、弱いままの自分ではいられなかった。
勝手に別れを決めて、離婚届を置いてきた。そして、和樹さんとの連絡手段を断つために携帯電話の番号も変えた。
一人暮らしを始めてからしばらくは、両親にも美久にも新しい住所を教えないでいた。とにかく、和樹さんが私にたどり着く全ての手がかりを消したかったのだ。人間、どうにもならないことだと知れば、次のことを考えられる。
今どこかで、お姉さんが笑っていてくれたらそれでいい。
ただ。子供のことだけは心苦しかった。和樹さんの子でもあるということ。それだけは、どうやったて変えられない事実で。一方的に勝手なことをして、訴えられでもしたら私に勝ち目はない。
和樹さんはそんなことをしなかった。あのあと、離婚届が提出され受理されたことも確認できた。和樹さんは、私の意思を汲んでくれたのだ。
たった一度のつもりだった。始まるための行為ではなかったのに、子供を宿してしまった。でも、この子を間違いの子にはしたくなかった。和樹さんがそうはさせなかった。この子が宿ってくれてよかったと言ってくれたのだ。
私のことを愛していると言ってくれた。それだけで、十分私は幸せだ。たとえ父親がそばにいなくても、心から大切に思われて生まれてきた子なのだ。その幸せが伝わるように、私は懸命にこの子を育てたい。
「……光樹、いつか、パパがどんな人だったか、お話しするからね」
すやすやとベビー布団で眠る息子の額をそっと撫でる。顔は割と私に似ていると思う。でも、まつ毛が長い所や優しげな目元なんかは、和樹さんに似ているかもしれない。
夜、光樹は熟睡するようになった。それも、最近保育園に通い始めたからだ。
この一年は、貯金でなんとか生きて来た。でも、今後のためにも使い果たす訳には行かない。光樹も10ヶ月で、保育園に入れるにはちょうどいいタイミングだった。シングルマザーということもあり、運よくすんなりと入園することができた。
働き始めてそろそろ一ヶ月。慣れるまでが大変だった。子供がまず保育園に慣れない。毎朝、この世の終わりみたいに泣かれ連れていくだけで大変。なのに、出勤時間は決まっている。小さい子供がいて時間通りに動くと言うことがどれだけ大変かを思い知らされた。
アパートは壁が薄い。泣かれるたびにヒヤヒヤしてなんとか外に連れ出しても、保育園に着いたら着いたで、帰りたいと私の服にしがみつく。後ろ髪引かれる思いでそれを振り解いて園を後にして。
もう、こちらが泣きたくなる気分だった。実は、何度か本当に泣いた。
そんな中でも救いだったのは、勤務先が育児に理解があったこと。勤め始めたレストランのオーナーがまさにシングルマザーだった。子育てと仕事を両立させる厳しさを自分の身をもって経験してきた人だから、とにかく親身になってくれるのだ。そんなオーナーの考えが従業員にも浸透していて、パートのみんなで協力し合っている。
将来的に正社員になれる道もある。今は、それを目標にしている。
光樹を立派に成長させて、いつか時間が経って、胸を張って和樹さんに会わせられる日が来たら。和樹さんが会いたいと思ってくれるなら、そうしたいと思う。大切な大切な宝物だ。
光樹と二人、正直、大変な毎日だ。一人で子育てをする厳しさを嫌と言うほど実感してきた。弱音を吐ける相手も逃げ出す場所もない。子供と一緒に泣いた夜は数知れない。でも、踏ん張れたのはこの子が和樹さんとの大切な子供だから。
ただ、前だけを見て一日一日を精一杯生きていた。和樹さんも、どうか幸せでいてほしい。
今でも、あの、包み込むような優しい微笑みを思い出す。そして、思い出すたび、心の奥底に仕舞い込んだものに蓋をする。
12
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる