軽はずみで切ない嘘の果て。【完結】

文字の大きさ
上 下
62 / 84
第十一章 泡沫の夢

しおりを挟む



 それからほどなくして、新婚旅行が実現した。ちょうど夏季休暇の時期で、すんなりと休暇が取れたのだと言っていた。

 八月の太陽が、朝から容赦なく照り付けて来る。

「これから行くところは、避暑地だから。この暑さから逃れられるよ」

マンションを出て、和樹さんの車の助手席に乗り込む。もちろん、二人の初めての旅行。嫌でもわくわくしてしまう。

「多分、二時間くらいで着くと思うけど、合間に休憩も取るから。疲れたり具合悪くなったりしたら、すぐに言って」
「はい。でも、ここのとこずっと、調子がいいんです」

運転しながら声を掛けてくれる和樹さんに顔を向ける。

「それは良かった。でも、遊ぶ時ほど加減できないって言うから。僕がしっかり、君のこと観察するよ」
「観察?」
「そう、柚季の観察」

そう言って微笑むと、和樹さんが私に視線を寄越した。

「旅行中の柚季の観察だ」
「……なんか、夏休みの宿題によくある生き物の観察、みたいですね」

観察なんて言われると、どれだけ見られるのかと少し怖くなる。

「そんな宿題なら、年中やってもいいな。観察日記でも作ろうか」
「そ、それは、絶対にやめてください!」
「そう言われると、余計に作りたくなる」

基本的に和樹さんは優しいけれど、ときおり、私をこうやってからかう。

「今、この瞬間の柚季は、この瞬間にしかいないかけがえのないものだから」

かと思ったら、真顔でそんなことを言って。

「妊娠中の柚季の、今しか作れない思い出を作ろうな」
「……はい」

それは、この先も違う思い出を作っていくんだと、ずっと一緒にいられるんだと言ってくれているように思えた。

 和樹さんが私の本当の夫になった。そう、なんの躊躇いもなく心から思うことを、もう、自分に許してしまいたくなる。この幸せを、ありのままに噛み締めたい。

 まず最初に到着したのが、湖畔だった。さすが、避暑地だけあって、吹き抜ける風が爽やかで気持ちいい。青々とした木々に囲まれた水辺は、それだけでマイナスイオン満載だ。
 ノースリーブのワンピースから出る手足は、少しひんやりする。思わず腕をもう片方の手で掴んだ。

「山の気温は、やっぱり違うね。寒くないか?」
「あ……でも、大丈夫です」

家を出発した時があまりに暑くて、それに、車内もちょど良い快適な空調だったから、持ってきていた薄手のカーディガンを車の中に置いてきてしまった。それもあって、咄嗟にそう答えていた。

「これから歩いてレストランに向かうから、これ、羽織っておいて」
「え……?」

そう言って差し出されたのは、私が置いてきてしまったカーディガンだった。思わず目を見開く。

「山の気温は東京とは全然違うから。念のため持って来ておいた」

ニコリと和樹さんが自然に微笑む。助手席に置いてあったのを、咄嗟に手にしたということだ。

「もしかして、今私が、少し寒いなって思ってたのも気付いてましたか……?」
「ああ」

当然、というように頷いた。

「だって、さっき言っただろ?」

和樹さんが背を少しかがめ、私に顔を近づける。

「柚季の観察をしてるって」

いつもよりナチュラルな前髪がさらりと揺れて、その隙間から綺麗な瞳が現れる。その目が私にだけ向けられて細められた。

そんな目で見ないでください……!

「ほら。冷えないように」

一人、ドキドキとしている私に、和樹さんがカーディガンを肩にかけてくれた。

「行こうか」

そして、するりと手のひらに和樹さんの指が滑り込んで、手を握り締められる。木々の葉から差し込んでくる明るい日差しが、私たちに降り注いだ。

 私のペースに合わせるように、ゆっくりと並んで歩く。和樹さんの大きな手のひらが、ぎゅっと私の手を握りしめて。思わず見上げると、和樹さんと目が合う。

「今日のワンピース。いつもの柚季があんまり着ない感じのだけど、すごく似合ってる」
「そう、ですか?」

実は、この旅行が楽しみすぎて、ワンピースを新調してしまった。少し膨らみ始めたお腹を締め付けない、コットン素材で少し甘いデザインのサーモンピンクのワンピース。年齢から考えたらちょっと頑張り過ぎかなとも思ったけれど、「買ってしまえ!」と勢いでレジに持っていったのだ。

「よかったです……ちょっと、デザイン的にも色的にも、年不相応かなとも思ったんですけど」
「そんなことないよ。年齢なんて関係ないでしょ? 今朝、柚季を見て、かわいいなって思ったよ」

あんなに美しい人を見慣れていた人が、私を可愛いなんて思うわけない――。

なんてことを思って、すぐにその思考を止める。そんなふうにもう考えたくない。

「ありがとう、ございいます……」
「僕の奥さんが可愛すぎて、いつも困ってるんだよ」

繋いでいない方の手が伸びて、和樹さんの長い人差し指がそっと私の頬に触れた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...