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第八章 二人を繋ぐもの
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しおりを挟む退職までの一ヶ月、妊娠したことを周囲に悟られないように勤務するのが精一杯だった。
離婚したことはもちろん同僚には伏せてある。どうせ、一ヶ月過ぎれば去る人間だ。何も気づかれずに一ヶ月働き通すこと。それだけを考えていた。
仕事をしている時は、仕事に集中しているせいかつわりの症状は気にならなくなる。
でも、通勤の時間が辛かった。電車の中で何度も吐き気をもようして、途中下車する始末。
精神的にも、日毎に揺れがある。一人、これからのことと体調の悪さに向き合うのは、孤独と不安との闘いだった。気持ちだけではどうにもならないことがあると、日々実感していく。でも、弱音なんて吐いていられない。
“最近連絡ないけど、どうしてるの?“
スマホに表示された美久のメッセージにびくっとする。まだ、離婚したことすら言っていない。これまで、美久には何でも相談してきた。
いつか、事情を話した時、絶対怒るだろうな……。
でも、まだ頼れない。
“最近、忙しくて。でも何とか元気にしてます。“
そう返信した。
もう一人、きちんと話をしておかなくちゃいけない人がいる――。
「もしもし、今、話しても大丈夫?」
三村さんに電話を掛けた。
(もちろん。柚季さんから連絡くれて、嬉しいよ)
驚いたような声の裏にどこか嬉しそうな感じも滲んでいて、少し言葉に詰まる。
(本当は何度も俺の方から連絡しようと思ってたんだけど、もしかしたら、柚季さんには迷惑かなって思ったりして。それで、連絡できなかった)
「迷惑だなんて思ってないよ」
三村さんの言葉に、思わずそう言っていた。迷惑だなんて思ったことはない。ちゃんと最後に話しておきたいと思うほどに、三村さんには感謝していた。
「今日は、三村さんに話しておきたいことがあって、電話した」
そう言うと、スマホの向こうの緊張が伝わってくる。
「お花見に連れて行ってくれた日、三村さんが、私の辛い気持ち受け止めるって言ってくれたでしょう? 本当に嬉しかったし、救われた」
(その気持ちは今でも変わらないよ。これから、柚季さんを近くで励ましてあげられたらって、思ってる)
その真摯な声に、心を奮い立たせた。
「三村さんの気持ち、本当に感謝してる。だからこそ、私は三村さんには頼れない。夫のこと、本当に愛してるから、自分で向き合わないといけないなって思った。だから、一人で頑張ってみる」
(……柚季さん)
三村さんには、甘えちゃいけない。
「三村さんは、本当にいい人だよ。もちろん、男として。もっと自分に自信を持って。これから、三村さんはちゃんと出会うべき人に出会える。私はそう確信してる」
そうキッパリと言うと、三村さんが息を吐くように笑った。
(やっぱり、柚季さんは不器用な人だな。でも、真っ直ぐな人です。俺に変な期待を持たせちゃいけないって思ったんですよね?)
その笑みもすぐに消える。
(……こうして、電話くれてありがとうございます。今度は、美久ちゃんと悠人と、四人で飲みましょう)
「うん」
電話を切ったあと、もう一度『ありがとう』と心の中で三村さんに言った。
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