34 / 84
第六章 決壊
2
しおりを挟む「どうしたんですか……?」
恐る恐る和樹さんの元に近づいて行く。
「何か――」
「……外で飲んで来たんだ」
顔を上げないままで、苦しそうに声を漏らす。
「柚季に迷惑かけたくないから、ホテルにでも泊まろうって考えたのに。結局ここに帰って来てた」
和樹さんのすぐ横にたどり着くと、ゆっくりと私を見上げた。少し乱れた前髪から除くその目は赤く揺らいでいる。いつも隙のないスーツ姿からは程遠く、ジャケットはなくシャツのボタンは第2ボタンまで開けられていた。
「一体、どれだけ飲んだんですか」
この結婚のきっかけになった日、和樹さんが酔い潰れていた姿が蘇る。和樹さんがこんな風に悲しみに溺れてしまう理由は、きっと一つしかない。
「……もう、諦められていると思っていた。なのに……全然、できてなかったんだ」
その言葉の意味が分からず、ただじっと耳を傾ける。
「12年だ。この12年、何も望まないって、そうできるって思ってたのにな。今さら、苦しくて耐えられないなんて、馬鹿だろう?」
「和樹さん、何かあったの……?」
笑っているのか泣いているのか分からない表情に胸がヒリヒリとして。声が掠れてうまく言葉にならない。
「――姉さんが、僕の親友と寝たんだよ」
私を見上げていた顔を、辛そうに手のひらの中に戻す。
「もう、姉さんとの関係は解消してきた」
「まさか……そんなはずないです」
あんなに和樹さんを愛していた人だ。そんなことをするばすがない。
「結果的にそうさせたのは僕だ。この12年、あの人を守るためだけに生きると決めたのに、僕は一体何をしてきたのかな」
その綺麗な顔を酷く歪める。
「自分が決めたことも守れない。僕は、優しくもなければいい人間でもない。中途半端で、最低な男だ!」
「それ以上、自分を貶めるようなことを言わないで!」
苦しくてたまらないはずなのに、より自分を痛めつけるためみたいに言葉を吐き続ける和樹さんを見ていられなかった。
「全部を否定しちゃだめです」
立派な大人であるはずの和樹さんが、とても弱々しく見えて抱きしめずにはいられなかった。取り乱し、小さく震える肩をきつく抱きしめる。
「大切な人と懸命に向き合ってきた大切な時間です。結末はどうであってもそれは変わらない」
大切に想って来た人に裏切られたら。それも、ちょっとやそっとの関係じゃない。深く強い絆で繋がって来た人だ。12年は重い。手足をもぎ取られるように辛いに決まっている。
この人を一瞬でもいいから癒したい――。
それ以外のことは、この瞬間全て吹っ飛んだ。
この痛々しい身体を、力の限りで抱きしめる。
「柚季……僕は、今日は正気じゃない」
「構いません」
「柚季――」
私の身体を離そうとした和樹さんをより強く抱きしめた。
「私も、今日、辛いんです。だから、和樹さんと一緒」
「え……?」
和樹さんの手の力が弱まる。
「……今日、美久と飲んで来ました。恋人ができたと言われました」
咄嗟に出た嘘。
「とっても幸せそうでした。いつかこんな日が来るって分かってたのに、実際にそうなったらやっぱり苦しくて。美久の一番は恋人です。友達の私では絶対に彼女の一番にはなれない」
和樹さんの心の傷の一番深くに触れるために、和樹さんと同じ立場になりたい。同じ痛みを分かち合っているんだと思ってもらいたい。
「私も、苦しくて辛くてたまらない。今日は、何もかも忘れたいんです」
また嘘をついた。私は、この恋のために何度嘘を吐いただろう。それでも構わない。
“誰ともでもうまく接することができるわけではないけれど、私にも、二人でいても自然に振る舞える、そうい人がいるのだと知った“
それを知っても変わらない。和樹さん以外の人と自然に話せたとしても、私の恋はここにしかない。そのこともまた、知ってしまった。理屈じゃない。恋なんて不合理で支離滅裂で、めちゃくちゃに相手を求める感情なんだと思い知る。
「……柚季。言っただろ? 僕は君が思っているようないい人間なんかじゃない。この状況を利用するよ?」
「お互い様です」
「僕は男だ。君は本当にいいのか?」
たった一度の慰め合いでもいい。その後、どれだけ傷ついてもいい。私はこくりと頷いた。
ほんの一筋しか明かりのささない、薄暗いダイニング。私を見上げる和樹さんの目と、和樹さんを見下ろす私の目がぶつかる。言葉も合図もないのに、何かに引き寄せられるみたいに唇を重ね合わせた。
12
お気に入りに追加
54
あなたにおすすめの小説
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?
すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。
「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」
家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。
「私は母親じゃない・・・!」
そう言って家を飛び出した。
夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。
「何があった?送ってく。」
それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。
「俺と・・・結婚してほしい。」
「!?」
突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。
かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。
そんな彼に、私は想いを返したい。
「俺に・・・全てを見せて。」
苦手意識の強かった『営み』。
彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。
「いあぁぁぁっ・・!!」
「感じやすいんだな・・・。」
※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。
※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。
それではお楽しみください。すずなり。
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
腹黒上司が実は激甘だった件について。
あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。
彼はヤバいです。
サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。
まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。
本当に厳しいんだから。
ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。
マジで?
意味不明なんだけど。
めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。
素直に甘えたいとさえ思った。
だけど、私はその想いに応えられないよ。
どうしたらいいかわからない…。
**********
この作品は、他のサイトにも掲載しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる