軽はずみで切ない嘘の果て。【完結】

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第五章 崩れて行くバランス

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 疲れた身体を引き摺るようにして、マンションの部屋にたどり着いた。玄関は暗い。今日も、和樹さんはまだ帰っていないみたいだ。そのままお姉さんと過ごすのかもしれない。
 パンプスを脱ぎ、ダイニングへとむかう。カーテンが開いたままのリビングから、月の明かりがさして。電気をつけなくても支障はなかった。
 ペットボトルの水を冷蔵庫から取り出してソファに向かう。鉛のように重い身体を沈み込ませるように腰掛けた。

「――おかえり」

その声とともに部屋の明かりがつく。

「あ……和樹さん、帰っていたんですね」

こうして顔を合わせるのは、あの日曜日以来。いないと思っていたから、心の準備がまったく出来ていない。目も合わせられず、すぐに視線を逸らした。

「いつも、お仕事お疲れ様です――」

何を言えばいいかなんてわからなくて、そう口にしてしまって後悔する。お姉さんと過ごしていたのかもしれない。でも、口から出てしまった。撤回するのもおかしい。だからと言って、それ以上言葉も見つからず俯く。

「こんな時間まで、どうしたの?」
「え……っ」

声の近さに驚くと、和樹さんが隣に座っていた。

「若林さんと一緒? それとも……例の、若林さんの従弟?」

じっと顔を見られて、激しく動揺する。動揺してしまう自分が嫌でたまらない。

「そ、そうなんです。夜桜を見ようって誘ってくれて、お花見をしました」
「二人で?」
「は、はい」

和樹さんに嘘をつく必要なんてないのだ。

「酒の匂いがするね。それに……泣いたの?」

そう聞かれて咄嗟に顔を逸らす。そうしたら、何故か和樹さんの手のひらが私の頬を掴んだ。

「目が腫れてるよ?」
「あ、あの……和樹、さん?」

いつもの和樹さんじゃない。

「酒を飲んで泣くほど辛いことがあるなら、僕に言ってくれ。男と二人でいて、酒が入ったところに泣いたりしたら、どうなると思ってるの?」
「何も……っ」

顔をその手のひらで硬く固定され、和樹さんが間近に迫って。のけぞるように後ろに下がった。

「今日は何もなくても、この先は分からないよ? こんな風に押し倒されるかもしれない」
「……和樹さん?」

ソファに上半身を倒され和樹さんに見下ろされる。この状況が理解できなくて、ただその目を見返した。

「君は男がダメなのに、これ以上のことをされたらどうするんだ。抵抗したところで、男の力には敵わない」

和樹さんの綺麗な目に熱が灯る。そんな目を向けられたことなどなくて混乱する。

「……三村さんは、そんなこと、しない」
「その男、三村って言うのか。柚季は、そんなにその男のことを信用してるんだ」

気づけばきつく腕を掴まれていた。

「和樹さん、離して」
「ダメだ」

歪んだ眼差しが、苦しげに閉じられる。

「こんな風に力任せに押さえつけられて、今、柚季はどう? 怖いだろ? 好きでもない、それも男に無理やりされたら、柚季は深い傷を負うことになる。もっと、危機感を持てよ」

私は――。

「それとも……柚季は、若林さんではなく、男であるそいつのこと、好きになったの……?」

和樹さんにこんな風に押し倒されて、頬に触れられて。嫌でもなければ怖くもない。私のことを好きではないとわかっていても、それでもいいなんて思ってしまう愚かな女でしかない。

「……苦しくてたまらないんです」

溢れる涙を見られたくなくて、無意味だと思いつつ顔を思い切り逸らした。

「好きな人を目の前にしながら、何でもないように振る舞うのが辛い。一生、言えなくても構わないって思ってたのに、どんどん変わって行く自分が怖い。自分で決めたことなのに、自分で自分を裏切ってしまいそうなのが悔しくて……辛いんです。だから――」
「……柚季、ごめん」

顔を背けたままの私を和樹さんが抱きしめた。こんな風に、和樹さんに感情を露わにしたのは初めてだ。

「……柚季が、苦しい思いをしているのは知っていたのに。こんな、追い詰めるようなことして、辛いこと言わせて、悪かった」

この感情はどこにも行き場のないものだ。肩を震わせる私をなだめるように、その手は優しいものになっていく。

「どこかで、柚季が一番心許している男は僕だと思っていたから。その座を奪われるみたいで、大人げなく嫉妬したんだ」

背中をさする手のひらが温かくて涙が止まらない。

「……柚季が楽になれるなら、応援してやらなきゃいけないはずなのにな。ごめん」

こんな風に、ためらいなく私を抱きしめられるのも、私が和樹さんにとって異性ではないから。

 その胸に縋り付くこともできず、腕の中でただじっとする。

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