軽はずみで切ない嘘の果て。【完結】

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第五章 崩れて行くバランス

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「……姉さん、これは一体どういうこと?」

和樹さんも本当に何も知らされていないのだ。その表情は、驚きと困惑に満ちている。

「和樹を驚かせたくて。こっそり準備していたの」

こちらに振り向いた理桜さんは、やはり美しい笑みを浮かべていた。

「私たちの関係では、一生、正式な結婚式を挙げることはできない。でも、そんなことに関係なく私と和樹の絆は絶対に壊れるものではないでしょう? それを形にしておきたくなったの」

何の装飾もない、マーメイドラインのウエディングドレス。お姉さんの美しさにはそれで十分だった。それはまるで、御伽噺の世界から抜け出てきたような麗しさだ。

「……こういうことをしたかったのなら、どうして僕に言ってくれなかったんだ? それに柚季まで同席させる必要はないだろ?」
「そうかしら。柚季さんはこの場に絶対に必要な人よ」

笑みを湛えていたその表情が、瞬時に変わる。

「私と和樹の愛を守ってくれる唯一の人なのよ? 私たちのことを知っている世界でただ一人の人でもある。立会人になってもらうのは柚季さんしかいないわ」

隣で立ち尽くしている和樹さんの手のひらは、きつく握り拳が作られていた。

「私、立会人になります。私でいいのなら、ぜひ立ち合わせてください」

咄嗟にそう口にしていた。お姉さんの思いは何一つ間違っていない。愛する人と共に永遠を誓い合いたいというのも、一生に一度花嫁衣装を着たいという思いも。

「柚季――」
「和樹さん、私に立ち合わせてください。光栄なことですから」

何をどう解釈しても、私はここで笑顔でいなければならない。二人の決して他人に知られてはならない関係を守るために私はいるのだ。そのために結婚しただけの人間で、和樹さんは恩人でありパートナー。何があっても、この表情を歪めたりはしてはならない。

「……ありがとう、柚季さん」

女神のような笑みが私に向けられる。そして次に、その笑みが和樹さんに向けられた。

「和樹、綺麗だとは言ってくれないの……?」
「……綺麗だよ、姉さん」

その声だけが私に届いた。

 こじんまりとしたこの空間は、一番後ろの席に座っても二人の姿はそう遠くない。


 牧師もいない、立会人は私ただ一人の人前式だった。

 お姉さんと和樹さんが、二人寄り添うように並んで立つ。和樹さんは家から着てきた服装のままだけれど、仕立てのいいジャケットを着ていることもあって、並んで立つ姿に違和感はなかった。偽りではない本当に愛し合う二人が並んで立つ姿は、あるがままのものだ。

「――私、伊藤理桜は、生涯をかけて和樹を愛し共に生きていくことを、ここで誓います」

誓いの言葉が書かれているのであろう紙を、お姉さんがそのまま和樹さんに手渡す。

「和樹も、読み上げて」

柔らかでゆっくりとした理桜さんの声が3人しかいないこの部屋で響いた。

「……私、伊藤和樹は、生涯をかけて理桜だけを愛し、命が尽きる時まで添い遂げることを誓います」

どうして、私はこんなにダメな人間なんだろう。膝の上の手のひらを思わずぎゅっと握りしめ、嘘で塗り固められた左手薬指の結婚指輪を隠す。

 偽りの中生きていることを、これでもかと突きつけてくるみたいで見ていられなくなった。

私はいつまで、偽りの中にいるのだろうか……?

全てを理解し納得して、そして自分で選んだ道だ。和樹さんとの生活の中で、もっともっと心を完全武装しておかなければならなかった。
 なのに、今の私と来たらどうだ。無防備の心に鋭いきりで刺されているみたいだ。当たり前の光景をただ見ているだけなのに、刺された場所から血がとめどなく流れる。せめて、この表情には一切それが滲み出たりしないように。それで精一杯だった。

 その後、その邸宅レストランで3人で食事をした。お姉さんと和樹さんが並んで座るその向かいの席につく。

「……やっぱり、ウエディングドレスって女心をくすぐるものなのね。着てみて初めて分かったわ」

終始笑顔のお姉さんに、仮面を被ったような笑顔を向けた。

「とっても素敵でした。写真も美男美女で素敵に出来上がるんだろうな」

式の後、2人は祭壇の前で写真を撮った。それを当然私も見ていた。

「……どうして、和樹は何も言ってくれなかったのかしら? 2人でいる時は、可愛い可愛いってうるさいくらい言ってくれるのに」
「姉さん――」

口角を上げた状態で表情を固定することに必死で、和樹さんの顔をちゃんと見ることもできない。食事の味も、全然わからなかった。

「柚季さんも、早く好きな人と想いが通じればいいのに。そうしたら、こんな風に人前式をすればいいわ」

大きくて潤んでいるような綺麗な目が私を射抜く。

「誓い合うことに、法的なしがらみなんてないのよ? 相手がどんな人だろうと関係ないの。その時は、私と和樹が立会人になってあげる」
「あ……えっと、私には無理なんです。想いを伝えることもできないので……」

仮面のはずなのに、この表情ももろくも崩れそうになる。

「私、柚季さんのこと大好きだから。あなたにも幸せになって欲しいのよ。勇気を出して想いを伝えてみたら? ね、和樹もそう思うでしょう?」
「姉さん、勝手なことを言うもんじゃない。それぞれ状況は違う」

酷く硬い和樹さんの声を聞きながら、出来の悪い愛想笑いを浮かべ続けた。

「ご期待に添えなくてごめんなさい。ホント、不甲斐ないです」

食べてるつもりなのに、一向に減らない目の前の料理を見つめる。

 昼食には遅い時間から始まった食事。永遠にも感じた時間が終わり外に出ると、ようやく深く呼吸ができたような気がした。

「和樹、このレストラン、宿泊施設もあるのよ。今日は私たちの結婚式みたいなものだから、一緒に過ごしてほしいの。お父さんにもお母さんにも泊まってくることはちゃんと伝えて来たから」
「姉さん――」
「お願い。今日は、私たちにとって特別な日でしょ? 違う?」
「和樹さん。どうぞ、お姉さんと過ごしていってください。大切な日じゃないですか。じゃあ、私はここで」

もうこれ以上二人と一緒にはいたくない。半ば逃げるように道路を駆け出そうとした。

「柚季!」

呼び止められ、歪みかけた表情をなんとか取り繕い振り向く。

「タクシーで帰って」
「大丈夫です、電車で――」
「いいから。すぐにタクシーを呼ばせるよ」

その表情はなぜか怒っているようだった。

 和樹さんはレストランの中に入って行くとすぐに戻ってきた。そして、5分くらいでタクシーが邸宅の前に停まる。

「すみません。じゃあ、お姉さん、失礼します」
「また、一緒に夕飯でも食べましょうね」

たおやかに微笑む顔を見ていられなくて、すぐに運転手さんに行き先を告げる。車が発進すると同時に、膝に突っ伏した。

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