軽はずみで切ない嘘の果て。【完結】

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第四章 忍び寄る苦しみ

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 二月末の土曜日。朝7時に美久からの電話が鳴った。自分の部屋のベッドに腰掛けて、スマホを耳に当てる。おはようと言う前に美久の声が飛び込んで来た。

(伊藤、まだ出掛けてないよね?)

開口一番にそんなことを聞いて来る美久に、一瞬言葉に詰まる。

「それがどうしたの?」
(あと一時間くらいは家にいるでしょ?)

ドアの向こうから音がする。おそらく、和樹さんが起きてきて出かける準備をしているのだろう。週末は必ずお姉さんに会いに行く。

(伊藤が出かける前にそっちに行くから。私が着くまで、何とかして足止めしといて。あと30分くらいでそっちに着く。じゃあね!)
「え……っ、え? ちょっ――」

既に耳に届くのは通話の切れた電子音だった。

一体、何――?

手のひらにあるスマホを見ても、不安しかない。

 それから美久に掛け直してもその電話に出てくれることはなかった。仕方なく着替えを済ませ、自分の部屋を出た。

「……柚季、おはよう」

ちょうど洗面所から出て来た和樹さんと廊下で出くわす。

「おはようございます。あの、すみません」
「どうしたの?」

まだ部屋着のままの和樹さんが、不思議そうに私を見る。

「急なことで、本当に申し訳ないのですが。これから美久がこっちに来るって連絡があって。和樹さんには迷惑をお掛けしないようにするので」

和樹さんを前に頭を下げる。

「それは全然構わないけど、でも、こんな朝からどうしたんだろうね」
「ホントに、私もよく分からなくて……。でも、こっちのことは気にせず出掛けてくださいね」

私の言葉に和樹さんが困ったように笑った。

 そして。美久の言った通り、30分後きっかりにインターホンが鳴った。

「おやすみの日の朝から本当にすみませーん」

玄関ドアを開けるなり、美久がわざとらしいほどの明るい声を放った。それが非常識だということは、十分に理解していての行動だ。玄関先で美久を出迎えながら、少し非難めいた目を向けてしまう。

「いえいえ、構いませんよ」

私の隣で和樹さんが温和な笑顔で出迎える。

「結婚式以来ですよね。ご無沙汰してます。それで、今日は伊藤さんに許可を貰いたいと思いまして」

気持ち悪いほどの笑顔のままに、そんなことを言い出した。

「これから、私の友人二人と一緒にドライブにでも行こうかなって。もちろん、男性は二人とも身元もしっかりしているきちんとした人たちですが、一応、ご主人である伊藤さんのお許しをもらってから柚季を連れて行こうと思いまして」

突然何を言い出すのか。

「そんな話、何も聞いてない――」
「突然来たのは、直接誘いに来ないと柚季が断ると分かっていたからです」

私の言葉にまるで構うことなく、美久はただ和樹さんだけを見ていた。

「伊藤さんはお気づきではないかもしれませんが、ここ最近、柚季が元気がないんです。聞くところによると、伊藤さんは毎週末留守だというし」

表情は笑っていても、どこか棘のある言い方だ。

「だったら、柚季を気晴らしに連れ出そうかなって。いいですよね?」

和樹さんにわざわざ許可を取る必要はない。この結婚の事情を理解していて、敢えて美久は和樹さんにこんなことを言っている。和樹さんの目が激しく揺れる。無理もない。この状況にどう答えればいいのか戸惑っているのだろう。

「柚季が、決めればいいと思います」

何故か苦悩したようにそう言った。それに気を取られていると、私に何も言葉を挟ませまいと美久が即座に口を開いた。

「ありがとうございます! では、今日一日柚季をお借りします。帰りもここまで送り届けますから」
「美久、ちょっ……」
「下に車止めてるから。準備出来たらすぐ来てね。じゃあ、失礼しました」
「ねえ、待って――」

それはもう、逃げるという言葉をそのまま描いたように美久はさっさと立ち去った。

「柚季、最近元気ないって、どうかしたのか?」

二人取り残されると、すぐに和樹さんが私に身体を向けた。

「い、いえ。あれは、美久が勝手に……」
「辛いことがあるなら僕に言えよ」

思いも寄らず、その目に苛立ちを滲ませている。

「一緒に暮らしてるのに、どうして僕には何も言わないんだ?」
「和樹……さん?」

どこか責める口調に驚く。

「……ごめん。何、言ってるんだろうな。夫婦といっても戸籍だけのものだし、君を責めるのはお門違いだ」

ふっと息を吐くと、またその笑みが歪む。

「それより、君は大丈夫か? 若林さんと他の男性と一緒なんて辛くない?」

和樹さんは、私が美久を好きだと思っている。美久好きな人と他の男性とで過ごす――この状況に同情してくれているのだろう。

「もう勝手に行ってしまいましたし。仕方がないので出掛けてきます。どこに連れて行ってくれるのかわかりませんが、せっかくなので楽しんできますね」

そう笑顔を作り、家を出た。
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