軽はずみで切ない嘘の果て。【完結】

文字の大きさ
上 下
21 / 84
第四章 忍び寄る苦しみ

5

しおりを挟む



「――それで、たまらなくなって、私を飲みに誘ったと」

居酒屋でカウンター席の隣に座る美久が、ジョッキを手にしながら私を見る。

「……ごめん。どうしても、吐き出したくなっちゃって」

お姉さんと会った週末、延期にしていた和樹さんのご実家に訪問して。そこでも再びお姉さんと顔を合わせた。決して歓迎しているとは思えないお母様もいて、色々なことに神経がすり減って限界だった。迷惑を承知で、週の頭の月曜日なんかに美久を呼び出してしまったのだ。

「まあ、確かに。柚季の話を聞いているだけで、こっちまでげんなりするもん」

そう言ってビールを飲む美久を見て、私も残りのビールを飲み干した。

「伊藤のキスシーン見て、その恋人に呼び出されて恋人同士の営みについて赤裸々に聞かされて、挙句に義理実家に行って気を重くして来たと……」

言葉にして羅列されると、更に疲労感が増す。美久には、和樹さんの姉だとは伝えていないから、和樹さんの恋人が私と仲良くしてくれていると伝えていた。

「その中でも明らかに違和感あるのが、伊藤の女だよね……」
「え?」

割り箸の紙袋を何かに折りながら美久が呟いた。

「普通なら、いくら仲良くしたいのだとしても、伊藤と一緒に暮らしている人間にそんなこと打ち明けたりするとは思えないわけよ。それも、お詫びするフリして完全に目的違うじゃない。あんたに伊藤との情事を話すためだとしか思えない。頭おかしいんじゃないかな」
「和樹さんの恋人に、そんな言い方……」
「違う? そんな時間にマンションに突然押しかけてきてキスしてるとか。わざとらしくてたまんない」

私に全く言葉を挟ませない。

「私の想像だと、伊藤の女が柚季と鉢合うのを計算の上でキスした。そんなとこでしょ。偶然にしちゃ無理があり過ぎる」

どうしてお姉さんがそんなことをしなくちゃいけないのか、全然分からない。

「あんた、何か心当たりないの?」
「心当たりって……」

鋭い眼差しが私に向けられる。

「伊藤の女があんたに牽制しなくちゃいけなくなるほど焦る理由」
「何、それ」

唖然として美久のその目を見返した。

「普通はそう考えるよ? 伊藤の様子が何か変わったと感じてる。だから、そんなおかしな行動を取り始めてる。伊藤とあんた、何かあった?」
「何もないよ。あるはずない。和樹さんは最初の頃と変わらないよ」
「ふーん……」

納得していないような目を向けたかと思ったら、突然その大きな目を見開いた。

「私、いいこと考えた!」

そんな美久に、私は身体を思わず引く。

「何を企んでるの?」

どんなアイデアかと身構えていたら、秘密だと言う。

「別に何も企んでません」
「嘘だ。絶対おかしなことしないでよ?」

猛抗議する。それでも美久はお構いなしに、涼しい顔で追加のお酒をオーダーしていた。

「ちょっと、美久! 聞いてるの?」

その肩を掴んでブンブンと揺らすと、その手を振り払われる。

「柚季、だんだんその生活が苦しくなって来てるんじゃないの? 普通なら平気なわけない。だって、柚季が一方的に耐えてるだけなんだから」

美久が私から視線を逸らし、空のジョッキを握りしめる。

「……私はまだ、柚季が幸せになることを諦めてないんだから」

絞り出すような声に何も言えなくなった。


 それなりに飲んだはずなのに、全然酔えなかった。確かな足取りで家路に着くと、和樹さんが既に帰宅していた。

「……おかえり」

いつものようにインターホンを鳴らし応答を確認すると、和樹さんが出迎えてくれた。

「あ、あの……鍵なら自分で開けますし、わざわざ玄関先まで来ていただかなくても大丈夫なので」

インターホンを鳴らすことによって、こうして和樹さんを煩わせてしまうことに申し訳なさを感じてしまっていた。

「それを言うなら君も。自分の家に帰って来るのにインターホンを鳴らす必要はない」
「それは……っ」

思わず口を開いてもその先が続かない。和樹さんが目を伏せ、ふっと息を吐いた。

「そうさせているのは、僕のせいだろ? でも――」

伏せられていた瞼が開かれると、どこか歪んだ眼差しが私に向けられた。

「柚季に何の連絡も無くここに姉さんを来させたりしないから。君がそんなふうに遠慮したりする必要はないよ」
「私に気を遣ってのことなら、気にしないでください」
「君のためじゃない。僕がそうすると決めたんだ」

それでは、お姉さんが――。

すぐにお姉さんの顔が過ぎる。

「……今日は、どこかに寄って来たの?」

何を言えばいいのかぐるぐると言葉を探していると、全然関係ない話題に変わっていた。

「は、はい。友人と飲みに……」
「若林さん?」
「あ……は、はい。そうです」

一瞬躊躇って、でも正直に答えた。

「そうか……良かったな」

また――。

最近、和樹さんはどこか苦しそうな表情をする。

私に向ける視線の片端に。一人佇む窓に。

いつも、何か思い詰めたような膜を纏っていた。でも、そこに踏み込むのは私の役目ではない。

「じゃあ、お風呂に入って寝ますね。おやすみなさい」

私はただの同居人だ。

 美久から突然連絡が来たのは、それからしばらく経った頃だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。

海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。 ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。 「案外、本当に君以外いないかも」 「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」 「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」 そのドクターの甘さは手加減を知らない。 【登場人物】 末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。   恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる? 田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い? 【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

腹黒上司が実は激甘だった件について。

あさの紅茶
恋愛
私の上司、坪内さん。 彼はヤバいです。 サラサラヘアに甘いマスクで笑った顔はまさに王子様。 まわりからキャーキャー言われてるけど、仕事中の彼は腹黒悪魔だよ。 本当に厳しいんだから。 ことごとく女子を振って泣かせてきたくせに、ここにきて何故か私のことを好きだと言う。 マジで? 意味不明なんだけど。 めっちゃ意地悪なのに、かいま見える優しさにいつしか胸がぎゅっとなってしまうようになった。 素直に甘えたいとさえ思った。 だけど、私はその想いに応えられないよ。 どうしたらいいかわからない…。 ********** この作品は、他のサイトにも掲載しています。

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

処理中です...