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第四章 忍び寄る苦しみ
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しおりを挟むどうしよう、体調悪いかも……。
そう感じたのは、日曜日の朝、顔を洗おうと洗面所に立った時だ。なんとなく熱っぽい気がする。でも、それはあくまで何となくだ。顔でも洗ってスッキリすれば、気にならなくなるだろう。そんな風に甘く見ていた。
この日は、和樹さんの実家に行く日だ。身支度を整えて、リビングのソファに座り和樹さんのことを待っていた。
これは、気のせいではないかもしれない――。気にならなくなるどころか、どんどん悪化している。熱っぽさが火照りに変わり座っているのも辛い。
和樹さんの実家に出向く機会はかなり限られている。この日の訪問もかなり前から予定されていたらしい。滅多に行かないのに、ドタキャンなんてしたら迷惑がかかる――。
「そろそろ出ようか」
朦朧とし始める頭で、懸命にあれこれと考えているところに和樹さんの声が耳に入った。
「あ……はい」
ソファから立ち上がろうとしたら身体に力が入らず、ぐらりとして再び腰がソファに沈み込んでしまった。
「柚季、どうした?」
そんな私の様子に気がついたのか、和樹さんが慌てて駆け寄って来る。
「すみません、ちょっとだけ体調が悪くて。でも、行って帰って来るくらいならなんとか――」
「熱があるじゃないか」
無理矢理に笑顔を作り誤魔化そうとしたけれど、大きな手のひらが私の額に当てられてしまっていた。
「それも、かなり熱い」
「あの――」
「何してるんだ。早くベッドに」
「でも、ご実家には……」
「何バカなことを言ってるんだ。断るに決まってるだろ」
私の悪あがきは一蹴された。
「でも、結婚してから初めての訪問ですし……」
本当に自分ではなんとかなるのではないかと思っている。
「でもでもって、君は頑固だな。それなら仕方ない――」
「え……っ?」
あっと思った時にはもう、身体が浮いていた。
「か、和樹さん! 分かりました。わかりましたから、おろしてください。自分で歩けます!」
抱き上げられた身体で足をばたつかせる。
「おとなしくしていないと、落としてしまうぞ」
どこか厳しい口調でピシャリと言われて、言葉を失う。本当に落ちてしまいそうで、咄嗟にその肩にしがみついてしまった。その拍子に、和樹さんの顔が間近に迫って。
こんなの、困る――。
真っ直ぐに前を見る和樹さんの目を見上げれば、この心臓が何を原因に激しく動いているのか分からなくなる。
躊躇うことなく私の部屋へと入り、窓際にあるベッドに私を腰掛けさせた。
「とりあえず、きちんと体温を測ろう。体温計を持ってくるよ。それから、熱がある時は水分だ。あと食事。朝はきちんと食事は取れたのか?」
私に目線を合わせるようにして、矢継ぎ早に聞いてくる。
「は、はい。少し食べました――」
「じゃあ、薬も持って来る。その間に、着替えておいて。その格好じゃゆっくり休めない」
そう告げるとすぐに立ち上がり、和樹さんがドアへと歩き出す。その背中に慌てて声を放った。
「ほんとに、大丈夫ですから。あとは自分でできます。和樹さんは、ご実家に連絡をしてください。本当にすみません――」
「自分がどれだけ赤い顔をしているのか分かってる?」
くるりと身を翻し私を見下ろした。
「実家にはちゃんと話をしておくから気にしないように。君は僕の言うことを聞くのが仕事だ」
少し厳しい口調で言うと、部屋を出て行った。
閉じられたドアを見つめながらベッドから立ち上がり、クローゼットへと向かう。
頭の中は色々と思考が飛び交うのに、どれも億劫で。重だるい体を無理矢理に動かすようにして、パジャマに着替えた。
「――柚季、入ってもいい?」
少しして、ドアをノックする音とともに和樹さんの声がした。
「はい、大丈夫です」
ちょうどベッドの淵に座ったところだ。ドアが開くと、お盆にペットボトルの水とグラス、薬を載せて、和樹さんがこちらへと近づいて来た。
「まずは体温を測って」
差し出された体温計を受け取る。その間に和樹さんはトレーをベッド脇に置き、私の真正面に膝をついた。身体から発せられる熱に朦朧とするのに、自分の寝室に和樹さんと二人でいるというこの状況に、さらに心臓が激しく動く。
「……熱はどう?」
電子音が鳴り体温計を見てみると、38度5分と表示されていた。
「やっぱり高いな。すぐに薬を飲んで。それで様子を見よう」
解熱剤と水を渡され、素直に飲み込む。
「よし。じゃあ、あったかくして眠るんだ」
「は、い……」
あ――。
和樹さんの身体が間近に迫り、思わず声をあげてしまいそうになった。
和樹さんの腕が私の背中に回り、ベッドへと横たわらせる。
それと同時にその顔が近づいて。見上げた先には、和樹さんの二重の綺麗な目があった。こんなにも至近距離で向き合うことは、滅多にない。胸に置いた自分の手のひらに心臓の鼓動が鮮明に伝わって来る。
こんなことでは、和樹さんにまで聞こえてしまう――。
その恐怖に、思わず固く目を閉じてしまった。
「柚季、苦しいの?」
吐息まで感じられる距離で吐かれる低い声と私の頬に触れる和樹さんの大きな手のひらに胸が苦しくなる。
「い、いえ。大丈夫です」
その間近にある視線から逃れるように顔を背け、布団をかぶった。
「ちゃんと寝ますから、そんなに心配しないでください」
そう言葉にするのがやっとだった。
「柚季がちゃんと眠ってくれれば、僕も安心できるから」
目を閉じてその声を聞く。とにかく早く寝てしまいたい。この心の中が伝わってしまう前に。
「――」
……ん、誰かの声。
「――母さんからも聞いているだろ?」
まだ眠りの中にいるのか、目が覚めたのか。朦朧とした意識の中で、くぐもった声が耳に届いた。
「……そう。彼女の熱、結構高くて。様子を見ていないと心配だから、」
うっすらとした視界の中に、誰かと電話をしている和樹さんの背中が見える。
「一緒に暮らしてるんだ。心配するのが普通だろ。今日会うのはちょっと難しい」
少しずつ声が鮮明になる。
「――ごめん姉さん。じゃあ」
電話の相手は、和樹さんのお姉さん――。
「もしかして、私のせいでお姉さんに会えなくなってしまったんですか?」
手にしていたスマホを下ろすその背中に、気づけば声を掛けていた。
「……柚季?」
私の声でこちらに振り返えると、和樹さんがすぐにベッドへと駆け寄って来た。
「ごめん、起こした?」
「そんなことより、私は寝ていれば大丈夫ですから、和樹さんは出かけてください!」
断片的な言葉からはっきりとは分からないけれど、実家に行けなくなってお姉さんから会いたいと連絡があったのかもしれない。お姉さんのお願いを和樹さんに断らせるなんて、あってはいけないことだ。
大きな手のひらが、躊躇いなく私の顔に触れる。
「まだ、全然熱は下がってないよ」
慌てるあまり起こした上半身を、すぐにベッドへと戻された。
「でも――っ」
「いいから。さっきも言っただろ? 今日は、僕の言うことを聞くことが君のすべきこと」
私を見下ろすグレーがかった目が、有無を言わさないように見つめて来る。
「わかった?」
急に動かしたせいで、身体の軸がぐらつく感覚に襲われる。横になっていて良かった。
「ほら、もう眠るんだ」
脳も身体もまだ熱が引かなくて、私は結局そのまま眠りの中に落ちていった。
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