軽はずみで切ない嘘の果て。【完結】

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第二章 嘘から始まる結婚

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「……疲れただろ? 特に母はあの調子で。君の家みたいに居心地良くなくて申し訳ない」
「いえ、そんなことないです!」

大邸宅を出るなり、伊藤さんが頭を下げるから慌てて手を振る。

「うちなんて、普通のサラリーマン家庭なのに、何も言わずに受け入れていただけただけで、ありがたいですから」

確かにお母様は、最初の儀礼的な挨拶だけで、一言も言葉を発しなかった。お母様と伊藤さんの関係を考えれば無理もない。ある程度は想像していたことだ。

「君の家に問題なんてあるわけない。縁談だって、会社のためだけでなく、別の理由もあってもたらされたもの。君は何の引け目も感じることないよ」

包み込むような眼差しが、少し身長差のある頭上から注がれる。

「僕と母との交流はこれまでもこれからも必要最低限のものだから。君もそのつもりでいてくれて構わない」
「はい」

創業家だということも特殊な家族関係だということも、普通の家庭とは違う。ご家族との付き合い方は、伊藤さんの望む通りにした方がいい。そう思った。

 結婚は、二人だけの問題ではないとよく言われるけれど、それを身を持って実感する。全くの他人だった人間たちを結びつけ、巻き込んでいく。

 両親への挨拶が終われば、今度は結婚披露宴の準備だ。
 私の本音としては披露宴は気が進まなかったけれど、伊藤さんの立場上、しないわけにはいかない。それでも、結婚の裏側にある事情が事情なだけに、披露宴はできる限り簡素化する方向で伊藤さんが進めてくれた。

 数ある準備の中でも、一番気が重かったのが花嫁衣装を選ぶことだった。お姉さんを目の前にして、それを着ることに躊躇いが生まれてしまう。

 衣装選びに行かないまま日が過ぎてしまい、とうとう、結婚式場から伊藤さんのところに催促の電話が行ってしまった。

「すみません。披露宴をする以上、衣装は選ばなくちゃいけないのに……」

誰もいないオフィスの社員用ラウンジで、伊藤さんに謝る。

「気が進まないかもしれないけど、こう考えたらどうかな。僕たちは、お互いの両親を騙している。でも、騙すと決めたからには徹底して隠し通す。それに何より、君のご両親には、君の花嫁姿を見せてあげたい。たった一人の娘の結婚なんだ。親孝行だとは割り切れない?」

そこまで口にすると、伊藤さんがハッとした表情を見せる。

「やっぱり、僕の隣でそんなものを着て立つのは、嫌だよな……」
「そ、そんなことないです!」

恥ずかしいくらいに必死になって否定してしまった。

「あ……その、嫌だなんて思ってなくて、」

しどろもどろになる私の視線に合わせるように身をかがめ、真意を探るような視線を向けて来た。

「もしかして、僕の姉の気持ちを慮ってくれてる?」

表情を緩める伊藤さんを、ただ見つめる。

「柏原さんの考えそうなことだ。でも、そんなことを君が気にする必要はないよ。僕たち三人が納得してこの形を選んだ。いろんなものを犠牲にしているのは僕らだけじゃない。君もだ。だから、一人で気に病んだりしないで」

私の両親のことを考え、そして、何も言葉にしなくても私の思っていることを察してくれる。

「女性の方が衣装を決めるのには時間がかかるだろ? 君に先に行ってもらう方がいいと考えていたけど、僕が間違ってたな。今度、二人で行こう。そこで僕と君の衣装を一度に決めてしまえばいい。一緒に、行ってくれる?」
「はい」

昔から変わらない。伊藤さんはそういう人だ。


 その週末、結婚式場が指定したレンタル衣装店を二人で訪れた。自分の地味な顔立ちから、洋装よりは和装の方がまだマシな気がして、白無垢を着てみた。

「ど、どうですか……?」

おずおずと、試着室の外で待っていた伊藤さんの前に出ていく。

「まあ、本当にお似合いですよ! 清楚な顔立ちがお着物にとっても映えます。ご主人様、いかがですか?」

大袈裟なほどに声を上げた店員さんに、こちらがいたたまれなくなる。これでは、似合うと言わせるようなものだ。

「ーーすごく、奇麗だよ。本当によく似合ってる」

少しのの後、伊藤さんが声を発した。その間が、伊藤さんの気遣いを表しているみたいで、なんとなく伊藤さんの顔を見られなかった。

「じゃあ、これでお願いします」
「え? 一着目で決めてしまわれてよろしいんですか?」
「はい。後は、伊藤さんの方を」

そうして、私の和装に合わせた袴を伊藤さんが試着した。

 洋装は間違いなく似合うだろうと分かっていたけれど、黒い袴も伊藤さんを凛々しく見せた。ただでさえ端正な顔立ちなのに、何割増しにもなる。気を抜けば、いつまででも見惚れてしまいそうだった。

「お二人並んだ姿、とってもお似合いで素敵な新郎新婦のお姿ですよ」

ーーとってもお似合い。

こんな事態にならなければ、絶対にかけられることのなかった言葉。花嫁衣装を着て、伊藤さんの隣立つ。それがたとえ偽りのものでも、鏡に映る並んだ姿を見れば、心の奥がじんとする。

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