軽はずみで切ない嘘の果て。【完結】

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第一章 衝動的で切実な提案

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 それは週末金曜日、唯一の親友、若林美久わかばやしみくと仕事帰りに飲んだ日のことだった。

「今度、飲み会あるけど、柚季ゆずきも来る?」
「いいや。遠慮しとく」

特段熱意の感じられないお誘いに、私も乗り気なく答える。

「そう言うと思った」

毎月通う居酒屋の騒がしい店内で、向き合って座る美久がため息をついた。

「そのうち飲み会の誘いだって無くなってくるんだよ。その時になって、やっぱり出会いが欲しいなんて言ったってもう遅いの。分かってますか?」

頬杖をついて私の顔を覗き込んで来る。

「だって……結果は見えてる。行ったって無駄だもん」
「いつまでそんなこと言ってるつもり? いい加減、あんたは来年三十の独り身だってこと自覚して。ぼけっと憧れみたいな恋愛してていい歳じゃないの!」

ほんと、相変わらず遠慮なしの言葉――。

中学高校時代の同級生で、今でもこうやって仕事帰りに私と飲んでくれる友人の言葉は容赦ない。そして、更に辛辣な言葉は続く。
 
「見た目地味。内向的。挙げ句の果てにまるで生産性のない片思い中で処女。どうしようもないわ」
「それ、ちょっと言い過ぎじゃない?」
「あんたにはね、それくらいはっきり言わないと危機感持ちやしないんだから」

長い髪を乱暴にかきあげながら美久が吐き捨てた。

「だって、伊藤さん以上の人いないから。どうせ心が動かない」

二杯目のジョッキをゆらゆら揺らしながら呟く。
 
「伊藤さん、伊藤さんって、あんたの人生、伊藤のせいで台無しじゃない。二十代という大事な時間を全部棒にふって」
「伊藤さんを呼び捨てにしないで。それに、伊藤さんは何も悪くない」

真正面から、さっきより盛大なため息が聞こえてきた。

「そんなに好きなら、他に心が動かないって確証があるんなら告白すればいいでしょ。それで、スッキリきっぱり諦めな」

諦めるーー振られるの前提。美久の言う通り、生産性のない実ることのない片想い。それなのに、この想いは十年も燻り続けている。

「柚季はずっと女ばかりの中で生きて来て。初めて身近に接した男がとんでもなくイイ男だった。それが不幸の始まり。柚季の基準は全部伊藤になる。無意識のうちに伊藤と比べて、どんな男も魅力を感じなくなる。男にリアリティも感じられなくて、夢の中を生きてるだけ。気づけばもうすぐ三十。サイアク」

伊藤さん――伊藤和樹いとうかずきさんは、私の初恋の相手であり片想い中の人だ。

 小学校から女子校育ちの私が、初めて接した男の人。大学に入学して書店でアルバイトを始めた。そのアルバイト先で出会った二歳年上の大学生だった。
 女子の中でしか生きて来なかったから、特に男の子とは上手く接することができなかった。
 特別見た目も可愛いわけじゃない。そのうえ性格まで内向的だと、バイト仲間が積極的に接してくれることもない。そんな中で、伊藤さんだけは、私のペースに合わせるように距離を測りながら接してくれた。

『大丈夫。少しずつ慣れて行けばいいよ』

上手く言葉が出て来ない私を、嫌な顔せず待ってくれるような人だった。

 アルバイト先の飲み会でも、私は隅の方で一人静かに飲むことが多くて、盛り上がる集団に入って行けるようなタイプじゃなかった。伊藤さんは、どれだけ女の子に囲まれていても必ず私を気にかけてくれた。そして私の隣に座り、二人で他愛もない話をした。それが本当に嬉しかった。

 端正な顔立ちと、柔らかな前髪からのぞく少しグレーがかった優しい目。どんな人にも分け隔てなく接する、そんな彼に恋をするのに時間はかからなかった。

「あんたも、私と同じように外の大学に出ればよかったのよ。そうしたら、もっと現実味のある男をたくさん見ることができた」

私にとって伊藤さんは、現実であり現実じゃない。イケメンで人気があった伊藤さんに告白する勇気なんてあるはずもなく、伊藤さんが大学卒業とともにアルバイトを辞めれば私の恋も終わるはずだった。

「柚季も社会人になれば、現実的な恋を見つけられると思ったのに、そこに伊藤がいるなんてさ。それ聞いた時、何の呪いかと思ったよ」

私が就職した大手楽器メーカーで伊藤さんは働いていた。社内で初めて遭遇した時、驚きのあまり腰を抜かしそうになった。伊藤さんがアルバイトを辞めてから二年。懸命に忘れようと頑張っていた最中さなかに、再会してしまった。

柏原かしわばらさん、うちに就職したんだね。だったら色々相談に乗ってあげれば良かったな』

私のことなんて忘れていても良さそうなのに、顔を合わせた瞬間に声を掛けてきてくれたのだ。

『い、いえ。私は、伊藤さんの就職先知らなかったので……』
『そっか……そうだよな。バイト先では、プライベートなことはあんまり話さないようにしてたから』

社会人の伊藤さんは、大学生の頃よりも更に素敵になっていた。初めて見たスーツ姿は、社内のどの男性よりもカッコよくて。必死に薄れさせようとしていた恋心は、虚しいほどに呆気なく再燃した。

 でも――再会からすぐに、とんでもない事実を知ることになる。

「こうなったらいっそのこと、伊藤と何がなんでも付き合えるようにするのも良いかもなんて思ったけど、あんたの会社の御曹司ときたもんだ。やっぱり呪いだよ」

美久が焼き鳥を串から外す。

「ほんとにね、一度は真剣に新しい恋を探そうとしたんだよ。このままじゃいけないって。でも、全然だめだった」

伊藤さんが、私が勤める会社の創業家の人だと知った。ただのモテる人じゃない。もっともっと手の届かない人だったのだ。

 それからは、美久に誘われた飲み会にも積極的に参加した。でも、私の性格を急に変えられる訳もなく、結局隅にいてばかり。何より、誰に会っても伊藤さんと比べてしまう。そして伊藤さんへの想いを実感していく。哀しいほどの負のループ。

「そうこうしているうちに、今の部署に配属になったんだよね。必死に忘れようとしてたら伊藤が上司になってた」
「あーっ!」

顔を手のひらで覆う。一年前、人事異動で営業部に配属になり、営業部長が伊藤さんだった。

「毎日顔を合わせるんだよ。むしろ、この一年、出会ってからどの時より近くいる。どうしても視界に入って来る。どうやって忘れろっていうの? そんなの無理」
「だいたいさ。そんなイイ男がどうして未だに独身なのよ。どっかのご令嬢と結婚しないの?」
「美久は会うたびにそれを聞いてくるけど、状況は何も変わりませんよ」

伊藤さんは三十一歳になった今でも独身だ。

「じゃあ、付き合ってる人は? 噂ないの?」
「ない」

あんなに素敵な人なのに、全く女性の影がない。社内の女性誰もが不思議がっている。

「ほんと、疫病神!」

心底嫌そうに美久が吐き捨てた。美久は、会ったこともない伊藤さんを目の敵にしている。それが心苦しいけれど、全部私のせいだ。いつまで経っても次の恋に行けない私のせい。

「……もう、飲もう。私も飲むよ」

美久が生ビールを追加注文する。

「あんたと違って、私は地道に婚活してんのにさ。どうしていい人現れないわけ? やってらんない」
「美久、飲むしかないよ。今日は飲もう」
 
結局、私たちは毎月同じ結論に行き着く。


 
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