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第一章 秋霖

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「――ごめんっ!」

突然、切迫感のある声を向けられた。その声の主に視線をやったと同時に、矢継ぎ早に言葉が放たれる。

「誰か来たかって聞かれたら、誰も来なかったって言って!」

図書室へ向かう廊下を歩いていたことを思い出す。ちょうど、目の前には図書室の扉があった。

「あのっ、ちょっ――」

何がなんだか分からなくて、引き留めようとした。でも、ろくに何も言わせてはくれずにその人は扉の向こうへと消え、勢いよく扉は閉じられた。その人は、ここ数日図書室で見る人だった。

一体、何――?

疑問符だらけの私の前に、すぐに数人の男子生徒が現れた。

「今、入って行った奴いるだろ? どけ」

人数は三人。そのうちの一番背の低い男子生徒が前に出る。

「い、いえ。誰も来てないですよ。間違いないです。ここで落とし物して拾ってたから。その間に来た人なんていないです!」

でまかせを勢いのままに吐き出した。あの人を助ける義理はないのに、私は必死になっていた。

「……本当か? こっちに来たの見たんだ」

信じられない、というような視線が一気に私に向けられる。

「この廊下の先に行ったんじゃないですか? でも、誰も見てないけどな」

人に嘘をつくというのは結構大変なことだ。平然とした顔をしているつもりだけれど、自信はまったくない。

「とりあえず、図書室の中、確認するか?」

それは、困ります――!

男子生徒三人で顔を見合わせている姿を見て、さらなる緊張が襲う。でも、ここでそれを拒んでしまえば、余計に怪しまれてしまう。どうしようと、表情には出さないようにして懸命に考えを巡らせていると、一人の男子生徒が私にとって都合のよいことを言い出した。

「この子があいつをかばう理由もないだろうし。別のところに行ったんなら、早く他を探した方がいいんじゃないか?」

うんうん。そうした方がいい。その気持ちがつい身体に出てしまい、大きく頷いてしまった。

「……そうだな。じゃあ、行くぞ」

その後すぐに三人衆は立ち去った。三つの背中を見送りながら、大きく胸を撫でおろした。

 ふっと息を吐いてから、図書室の扉を開けた。
 いつもと同じ、図書委員二人がカウンターにいる。それ以外に、この図書室内に人影は見当たらない。周囲を見回しながら歩く。
 図書室一番奥までたどり着いた時、本棚と本棚の間に一人の男子生徒の姿が目に入った。
 床に腰を下ろし本棚に背を預けて、本を読んでいる。その姿は、ついさっき焦って逃げ込んで来た人とは思えない。

「あの……」

おそるおそる声を掛ける。

「あぁ……、あいつら、どっか行ってくれた?」
「は、はい」

ゆっくりと私を見上げた。柔らかな声のせいか、やっぱりそれは他人事のようだった。

「ありがとう。助かったよ」

その反対に、私はつい訝し気にその人を見てしまう。

「君、放課後、ここに来ているよね。僕も、ここ数日来てたんだけど」
「はい。知ってます」
「いつも熱心に本を読んでるけど、本、好きなの?」

これは、世間話を振られているのか――?

確かにここ数日顔を合わせてはいたけれど、知り合いではない。たまたま、この人のピンチに居合わせただけ。突然詰められた距離感に、私の表情はどんどん険しくなっていると思う。警戒心のせいで、この前感じた緊張感は完全に消え去っていた。

「――僕はね、特別本が好きってわけでもないんだけど。ここが一番居心地いいから来てるんだ」

私が答える前に、その人が自分の話をし出した。

「でも、この本は結構面白い。適当に手に取ったんだけど、冒頭から引き込まれた」

その人が、手にしていた本の表紙を私の方に向けて来た。

「……その本、私も読んだことあります!」

というか、大好きで私の部屋の本棚にしっかり収まっている。

「面白いよね。この主人公のイカレ具合が」
「そうなんです。ぶっ飛んでますよね!」

いたって善良そうな顔をしたその人の口から、”イカレ具合”なんて言葉が出て来たのが不釣合いで。それがまた、面白いと感じてくれたことに真実味を持たせる。誰とも共有したことのない大好きな本の話題に嬉しくなって、引き寄せられるように近付いた。

「主人公、誰にも相手にされず基本一人なんですけど、それをまったくなんとも思ってないんです。あまりに堂々としているもんだから、周りの人まで、『実はあいつ、本当は凄い奴なんじゃないか?』って思い始めて。孤独だったはずなのに、主人公の周りに人が集まり始めるんです。最初は鬱陶しいと思っているんだけど、人と関わることを嬉しいと思う気持ちが芽生えて――」
「ストップ!」

つい夢中になって語り初めてしまった私を、その人が勢いよく制止した。いつの間にか私は床に膝をついていて、前のめりになっていた。

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