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第二部

繋がっていく絆【side:創介】 10

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 玄関先だったことを思い出し、早々に寝る支度を終え寝室に向かった。

 雪野を腕に抱きながら、ベッドに横たわる。間接照明だけのオレンジ色のあかりが俺たちを優しく包んだ。
 腕に感じる雪野の頭の重み。それを実感しながら、雪野の髪をそっと撫でる。

「――俺の言い訳を、聞いてもらえるだろうか」

雪野の母親の言葉を頭の中で反芻する。

――夫婦なんだから、言い訳したっていいのよ。

カッコ悪くても、無様でも。きっと、ありのままの気持ちを話すことが、お互いにとって大事なことなんだと言いたかったんですよね――?

心の中で、雪野の母親に問い掛ける。そうしたら、あの笑顔が浮かんだ。

「言い訳?」

雪野が不思議そうに俺を見上げる。

「そう。俺が、おまえを傷付けてしまった、言い訳だ」

その雪野の目を見つめて、一つ一つ、言葉を吐き出して行く。

「雪野が倒れたと聞いた時、どうしようもないほどの恐怖を感じた。その時、一瞬にして、俺の母親が死んだ時の光景が蘇ったからだ」
「……創介さんの、お母様?」
「ああ。俺の目の前で息を引き取った、大事な人を失くした瞬間だ」

思わず、雪野の肩を俺の方へと引き寄せた。

「あの時のような思いはしたくない。いや、今おまえを失えば、あの時以上の喪失感を味わうことになる。それが怖くて仕方がなかった」
「失うって……、私は、ただの貧血で――」
「でも、俺にはそう思えなかった。
俺の母親は、もともと体調があまりよくない状態で俺を出産をして。無理をして俺を産んだから、その後、より体調を崩すようになった。結局、そのまま大きな病気をして。それを聞いたから、余計に不安でたまらなくなったんだよ」
「創介さん……」

雪野に触れていると、いろんな感情がないまぜになって込み上げて来る。

「雪野が、俺の母親と同じようなことになったら。そう思ったら、妊娠を喜べなくなった。無理をさせて出産して、その後、もしも――そんなことばかり考えて、おまえの中にある俺たちの子どもに目を向けることが出来なかった。本当に情けないよな。起こってもいないことを想像して、不安に飲み込まれて。結局、おまえを傷付けた。雪野のこととなると、どうしても弱くなる。許してくれ……」
「創介さんっ」

雪野が突然、俺の首にきつく腕を回して来た。

「創介さんがお母様を失ったこと、知っていたはずなのに。創介さんが、いつも、どれほど私を想ってくれているか分かっているはずなのに、創介さんの気持ちを疑った。私は、創介さんの不安を分かってあげられなかった……っ」

雪野の肩が震える。そして、俺の首筋に、熱いものを感じる。

「私、今日、創介さんのお祖母様に呼んでいただいて、榊の家に行ったの。自分からも赤ちゃんのこと報告したかったし、お義母様とも話をするきっかけに出来たらって。でも、誰も知らないって、分かってーー創介さん、報告してなかったんだと思ったら……」

ごめんね、と雪野が涙を流す。

「俺のためになんか泣かなくていい。雪野に正直に言えなかったんだから。不安のあまり子どもが出来たことを喜べないなんて、どうしても言えなかったんだ。
何も言えなかった、俺が悪いんだよ。そのせいで、雪野を孤独にした」

雪野の身体を強く抱きしめる。泣く雪野を身体に感じて、次から次へと後悔ばかりが湧き上る。

「――でも、失って初めて、俺がどれだけ大事なものから目を逸らしていたのかを思い知らされた。もう、遅いのにな。誰でもない、雪野との子どもだったんだよな。俺は、とんでもない過ちを犯した。ろくでもない父親だった」

俺が、こんなに不甲斐ない父親だったから、芽生えた命は愛想を尽かしたのかな。

俺が、喜べなかったからーー。

そう思うと、雪野に対しても、なくなった命に対しても、申し訳ないという気持ちばかりが込み上げる。

「……本当に、俺は」
「創介さんの後悔はきっと届く。その後悔は、間違いなく消えてしまった赤ちゃんに対する思いだから」

雪野が俺の頬を両手で包み込み、真っ直ぐに見上げて来た。その目には涙があふれていた。

「二人で、ずっと、覚えていよう? 確かに私たちのところに来てくれた命だから。ずっと――っ」

雪野の表情が哀しく歪む。その溢れ出す涙を指ですくった。

「二人で、覚えていよう」

そう言うと、雪野が涙で表情をくしゃくしゃにした。そんな雪野を胸に引き寄せ、抱きしめる。

 それからしばらく、その肩は震え続けていた。その震えが止まるまで、ただじっと抱きしめ続けた。

 少し落ち着いたのか、雪野が静かに口を開いた。

「……創介さん。私は、やっぱり、創介さんとの子どもが欲しいって思うんです。私たちの間に、どんな子が生まれて来てくれるのか会ってみたい。それに、創介さんと一緒に、お父さんとお母さんになりたい」

雪野の身体に少し、力が入ったのに気付く。そう言うのに、緊張しているのかもしれない。

「私は、私だよ。創介さんのお母さんとは違う人間。だから、同じじゃないです。創介さんの傍にいるのは、私だから――」
「雪野……」

腕の中から顔を上げ、俺の腕を雪野が掴む。

「私は、ここでちゃんと生きてる。これからも生きて行くよ。創介さんのそばで」

雪野が掴んだ俺の腕を引き寄せて、頬を寄せた。

「……そう、だな。雪野は、ちゃんとここにいる」

人の命なんて、どこで終わるかなんて誰にも分からない。でも、雪野がそう言うと、何の根拠もないのに信じたいと思える。

「俺も……雪野となら、家族を作りたい。俺にも、出来るかな」

小さな頃から、決して温かいと言われる家庭に育って来たわけではない。だからか、そういうものを想像することは、容易なことではなかった。
 でも、雪野となら作れると、作りたいと思える。

「うん。大丈夫。二人で少しずつ成長して行けばいいんだよね?」
「そうだったな。俺が、おまえにそう言ったんだ」

俺が苦笑すると、雪野が笑った。雪野の頬に触れていた手のひらに、そのまま力を込める。

「――またいつか、俺たちのところにやって来てくれるように。俺も、もっと強くならないとな」
「うん」
「ーー雪野」

雪野の目を真っ直ぐに見つめる。雪野が俺の目を見つめ返してくれる。

「二人で、タイに行こうか」
「タイ、ですか……?」

不思議そうな目をした。

「俺たちの元に来てくれた子が、確かにいた証。いなくなってしまったけど、でも確かに存在したんだ。俺たちの家族に違いない。だから、ゾウを一頭増やさないと」
「創介さん……!」

雪野が目を見開いて、そしてすぐにその目を弓なりにして嬉しそうな顔をした。

「そうですね。二頭の傍に、並べましょう」

こんなことで雪野の気が晴れるかは分からない。でも、俺も、そうしたいと思った。

「……創介さん、ありがとう」

一度引いた涙が、また雪野の目に溢れて来る。

 今日は――。雪野と二人で、失くした命を想って涙を流そう。
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