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第二部

繋がっていく絆【side:創介】 8

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「創介さん、私、自分で行けるから。だから、仕事に戻って」

雪野の準備した鞄を手に取ったら、すぐさま雪野が俺を引き留めた。

「仕事のことなら大丈夫だから、送らせてくれ」

雪野が準備をしている間に雪野の実家に連絡をし、その後に神原に電話をかけた。さすが有能な秘書だ。突然の休暇にも上手く対処してくれたようだ。

「俺がそうしたいんだ」

おそらく俺は、情けない表情をしているのだろう。雪野が困ったように歪んだ笑みを見せた。


 雪野の家族が住む団地の前に車を停める。階段を上り呼び鈴を押すと、雪野の母親が出て来た。すぐさま挨拶をする。

「突然、すみません。よろしくお願いします」

雪野の母親に、電話で大体の事情は話しておいた。

「分かりました。雪野は先に入っていなさい」

雪野がそれに頷き、俺の方に振り返った。

「創介さん、送ってくれてありがとう」
「いいよ。ゆっくりさせてもらえ」
「……はい」

その無理して作ったと分かる雪野の硬い表情に、苦しいほどの寂しさを感じる。
家の中へと入って行くその背中を俺はただ見送った。

 義母が玄関のドアを閉めて、夕焼けの茜色射す踊り場へと出て来た。

「お義母さん、どうか、雪野のことよろしくお願いします。かなりのショックを受けている。久しぶりにお義母さんのそばでゆっくりできたら、少しは雪野の気持ちも休まるかもしれない。俺がもっとしっかりしてればいいんですが、不甲斐なくて申し訳ないです」

改めて頭を下げる。

「――創介さんは? あなたは大丈夫?」
「え……?」

予想をしていなかった言葉に、顔を上げた。

「創介さん。今のあなたの顔、とても傷付いた顔をしているよ?」

雪野の母親の、労わるような目が俺の強張りに強張った心を刺激した。

「い、いえ。今、一番辛いのは雪野ですから。それに、雪野の傷を大きくしたのは、誰でもない俺です」
「だからよ」

雪野の母親が俺を見上げて、真っ直ぐな視線を向けて来た。

「優太に雪野が倒れた時のあなたの様子を聞いて、なんとなく察した」

何でも見透かされてしまいそうなのに、視線を逸らせない。

「創介さん、雪野が妊娠したこと、心から喜べなかったんじゃない? 優太が言っていた。雪野が倒れた日、駆け付けたあなたの取り乱しようにびっくりしたって。無事だって分かった時の創介さんの姿が忘れられなかったみたい。その後、妊娠したことを知った創介さんは、別人のようだったって。そんなあなたのまま、今日が来てしまったんでしょう?」

――雪野の妊娠を喜べなかった。

その言葉だけを聞けば、責められているともとれるのに、俺に向けた視線があまりに慰めるようなものだったから、どうしようもなく心が揺さぶられる。

「でも私は、あなたがどれだけ雪野を大事にしてきてくれたか分かっているつもり。それは雪野を見ていれば分かること。そんなあなたにとって、雪野が一番苦しい時に傍にいられないことがどれだけ辛いことか。そして自分を責めるのか。それくらいのこと、分かるのよ」

この人はいつも大きな心で人を包み込む。その包容力に、弱音を吐き出してしまいたくなって、それを抑えるのに必死だった。

「創介さんが雪野の妊娠を心から喜べなかったのは、妊娠したことで雪野が倒れたからでしょう? 違う?」
「――そう、です。倒れたと聞いた俺は、雪野の身体のことしか考えられなかった。もう新しい命がそこにあったのに、目を向けられなかった」

項垂れる俺の腕を、温かい手のひらが慰めるようにぽんぽんと叩いた。

「第三者なら想像できることでも、きっと今の雪野には考えられない。今は、失った赤ちゃんのことしか見られないの。女として、そんな雪野の気持ちも理解出来るのよ。女は、妊娠したと知った瞬間から母親の気持ちになれる。男の何歩も先を行ってしまうからね。でも――」

諭すように俺に言った。

「あなたの愛情は雪野だって分かっているはず。少し離れて、冷静になって落ち着いたら、必ずそれを思い出す。だから、あの子のこと待っていてくれるかしら」
「――はい」

苦しさと雪野の母親の優しさに、ただただ胸を締め付けられる。

「それと」

俺が頷くと、さらに言葉を続けた。

「あなたのそのままの気持ちを、雪野に伝えてね。男の人は、自分に責任があると思う時ほど、口を閉ざすから。”言い訳にしかならない”なんて思ってね。
いいのよ。夫婦なんだから、言い訳したって。あなたが感じたこと、思ったこと、そういうこと全部雪野に言い訳してあげて?」
「……はい」

義母はふっと息を吐いて、改めて俺を見つめた。

「今日は、女同士で語り合うから。任せておいて」
「ありがとうございます。よろしく、お願いします」

もう一度深く頭を下げる。

「うん」

そんな俺に、優しい声が降って来た。

 それから、雪野のいない部屋へと車を走らせた。
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