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第二部
欲しいのは、ただ一人の愛おしい人【side:創介】 11
しおりを挟む「――今日は、かなり無理させたな。悪かった」
バスタブの端で雪野が黙ったまま小さくなって、膝を抱えて座っているから、その後ろから恐る恐る抱きしめてみる。
ちゃぷん――。
お湯が揺れる音ともにその身体を引き寄せたけれど、雪野は小さくなったままだ。膝に顔を埋めたままで、雪野は何も答えてくれない。露わになったうなじと背中が俺の目の前にある。そのうなじにも、背中にも、たくさんの痕が散っていた。
「おい……。怒ってるのか……?」
いくらなんでも、やり過ぎたか――。
今頃不安になる俺も、どうかと思う。
「許してくれ。今日は、おまえがあまりに可愛いことを言うから。あんな風に求められたら、理性なんか全部吹っ飛んで――」
焦って雪野の小さくなった身体を抱きしめる。それでも不安が膨らんで、雪野の表情を確かめたくてその身体をこちら側へと反転させた。
「雪野……?」
「私も、です。自分で自分が怖い」
怒っているのかと思ったら、雪野が神妙な顔をして俯いている。湯の中から少し出ている肩までも、赤くなっていた。
「どんどん自分が、変わって行くみたいで。あんな風に、乱れてしまう自分が、自分じゃないみたいで怖いです」
それは、雪野らしい思考だと思う。でも――。
「俺は、そんな風に雪野が変わって行くのは嬉しいよ。俺がそうさせているのかと思うと余計に」
怒っているわけじゃないんだと安心したせいで油断していると、雪野がキっと俺を可愛く睨みつけて来た。
「でも、やっぱり、今日の創介さんはいつもと違ってた。すごく――意地悪だった。こんなに、いっぱい……。私、外、歩けないです……っ」
雪野が自分の肩を抱きしめる。確かに。背中だけじゃない。首筋、鎖骨、胸元、肩……。雪野の肌に、青紫の跡がいくつもある。まともな思考なんて吹っ飛んで夢中だったとは言え、俺は一体、どれだけ雪野の身体を貪っていたんだ。でも、それはやっぱり、雪野を愛し過ぎているからで。仕方がない。抑えられないものは抑えられない。
今だって、もう――。
雪野の背中に手を回し、俺の方へと抱き寄せて。そのまま、露わになっている首筋を唇で触れる。
「見せてしまえよ。俺に愛されてる証拠なんだから」
「な、何言って――や……んっ、そ、そうすけさんっ。ちゃんと、反省してますか?」
首筋から上へ上へと舌を滑らせ、耳たぶを唇に含む。
「反省? ああ、してるよ。当分、自重する」
「そ、創介さんっ」
雪野の濡れた肌を手のひらで触れる。それにぴくりと反応するのに気付く。
「ここも、ここも、白い肌に浮き出て、綺麗だな」
自分で付けた痕に唇を当てる。
「――見せたいよ。世界中の人に分からせたい」
俺がどれだけ雪野に溺れているのか。この愛が、どれだけ重くて狂気をはらんでいるのか。それを知れば、尋常じゃない想いに恐怖すら感じるだろう。そうしたらきっと、誰も雪野のことを傷付けようとは思わないかもしれない。
「あ……んっ」
柔らかな乳房に手を這わせ、真ん中にある突起に触れて。雪野の肌を味わうように舐める。
「おまえを見下す奴ら全員に、見せてやりたい――」
俺にとって、自分の命より大切な、かけがえのない人で。どれだけ特別な存在なのか――。
どいつもこいつも、知ればいい。
翌朝、出社する支度を終えてから、ベッドの淵に腰掛けた。ひそやかな寝息を立てながら眠る雪野の頬に、そっと触れる。その寝顔を見て、少し罪悪感が湧く。
ごめんな――。
あどけない寝顔が、余計に俺を責めたてる。
「……ん」
少し触れるだけのつもりが、つい長く触れてしまった。雪野の瞼がゆっくりと開き、俺を見上げる。
「あれ……。創介さん」
「悪い、起こしたか」
雪野の額に手を当てて微笑みかける。
「え……っ。え? 今日、お仕事ですか?」
意識がはっきりしたのか、雪野が慌てて身体を起こした。
「ああ。今日、出張メンバーが帰国するから社で報告を受けて来る。おまえは、もう少し寝ていろ」
「ごめんなさい。朝ご飯も準備しないで――」
「いいよ。昨晩は嫌って程疲れさせたからな」
そう言って頬に口付けると、雪野が顔を真っ赤にした。
「夕方までには帰って来ると思う。今日は一日、ゆっくりしていろ」
「ありがとうございます。ご飯、作って待ってます」
「ああ」
雪野が申し訳なさそうに微笑むから、もう一度、今度は唇にそっと唇を重ねる。
寝ていていいと言ったのに、雪野は玄関先まで出て来て送り出してくれた。
「じゃあ、行って来る」
「はい。いってらっしゃい」
今度は、はにかむような笑顔で小さく手を振る。
この日、仕事を終えた後に行くところがある。一つ一つ俺が出来ることをしていくしかなくて。その一つが、叔母のところだ。きちんと会って、話をしなければならない。
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