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第二部
欲しいのは、ただ一人の愛おしい人【side:創介】 1
しおりを挟むおもむろに瞼を開けると、薄暗かったはずの部屋がいつの間にか暗闇に包まれているのに気付いた。
あのまま、寝てしまったのか――。
早朝に飛行機に飛び乗った。前の日の明け方からほとんど寝ていない身体は、重苦しい。
靄もやのかかった意識の中で、少しずつ自分のしたことが蘇って来る。久しぶりに会えたというのに、自己嫌悪ばかりが込み上げて許せなくなる。本当は、ただ雪野の身体を抱きしめて包み込んでやりたかった。あの細い背中で一人受け止めなければならなかった傷を、癒してやりたかった。
雪野が俺を心配させるようなことを簡単に言えない性格だということも分かっていたつもりだ。でも、以前の関係じゃない。結婚して夫婦になった今は、もっともっと俺に頼ってほしいと思った。一刻も早く雪野の元に行き、嫌というほど甘えさせて思う存分弱音を吐かせてやりたかった。
すべてを吐き出してくれなければ、雪野を苦しめるものを取り除いてやることはできない。
それなのに、二週間ぶりに会った雪野は、一目見て憔悴しきっているのが分かるのに、俺には何も言ってはくれなかった。
それだけじゃない――。
理人に抱き締められている姿を見たら、正気を失って。
傷付いている雪野に、あんなことを――。
雪野を守るのは、俺でありたい。他の男になど触れさせたくない。
何をしてでも守りたいと思っているのに、そんなくだらない感情で、雪野を――。
感情のままに抱いていた。久しぶりに抱いた身体は、痛々しいほどに細くなっていた。哀しすぎて、最後の方は自分が何を言って何をしたのか、思い出せないほど。ただ、雪野が俺から離れないように、何度も名前を呼んで、すがりつくように抱きしめて。
「雪野――」
静かな部屋で、その名前を呼ぶ。
俺の腕できつく囲ったはずの身体は――。
「雪野……?」
何の重みも感じない腕に、ベッドから飛び起きる。
「雪野!」
広いベッドから、雪野の姿はあとかたもなく消えていた。
寝室を飛び出した先の廊下も暗いままで。得体のしれない焦りが加速度的に増していく。廊下から、リビングダイニングへと勢いよくドアを開けても、そこにも灯りがついていなくて誰かがいる気配はない。
開け放たれたままのカーテン。窓から差し込む月の灯りだけが部屋を照らし出していた。
「雪野? どこにいる?」
我を忘れたように、家の中すべてのドアを開けて歩く。
「雪野っ!」
その姿を確認したくて、必死で呼んでも何の返事もなくて。バスルームにもキッチンにも、雪野はいなかった。
雪野は――。
誰もいない暗い部屋で、呆然と立ち尽くす。
出て行った――?
すぐに過ぎった考えを打ち消したくて、もう一度リビングダイニングへと戻る。
ちょっと出掛けただけ。それなら書き置きがあるはずだ。でも、そんなものはどこにもなくて。まるで、ただ忽然と雪野だけがいなくなったみたいで。ひったくるようにスマホを手にして、雪野に電話をしても無機質な呼び出し音が鳴り続けるだけだった。
『創介さん、どうしたの?』
いつものように俺に振り返る雪野の笑顔が一瞬浮かんだ気がしても、それはすぐに消えた。雪野と二人で過ごした時間で満たされているはずの部屋が、急によそよそしいものになる。
「…….雪野? どこだ?」
俺は雪野を失うのか――?
そんな訳がない。そんなこと、許さない。発狂しそうになって、部屋を飛び出した。
雪野の行きそうなところを懸命に考えた。エントランスを駆け抜けながら、必死に考える。自動ドアを抜けた途端に、ワイシャツをまとっただけの胸に冷たい風が突き刺さる。どこへ向かうべきか分かってもいないのに、じっとなんてしていられない。考えるより前に出た足の向く方向に走る。走りながらスマホを手にして。
雪野の友人は――。
誰一人連絡先を知らないことに気付く。職場にも親しい同僚がいたはずだ。それに、学生時代からの知り合いで、確か、アルバイト先で一緒だった律子という女性。その人とは今でも、繋がっていたはず――。
でも、連絡先を知らない。
雪野、どこだ。どこにいる――?
俺から離れてどこに行ってしまったのか。俺が、あんなことをしたからか。もう、俺といるのが辛くなったのか。ここは、雪野のような人間にとって、あまりに醜い世界で。
夜も深くなっているはずなのに、街の中は明かりと人で溢れている。
今、どこにいる? 何を、思っている――?
金曜日の午前二時。雪野との電話で、雪野の様子が明らかに違うのに気付いた。何度か掛けても繋がらなくて、寝ることも出来ずにずっと雪野からの連絡を待っていたのに、ようやく声が聞いた声は酷く硬かった。
『仕事の後、講演会に呼んでくださって。それに出席して来たから、いつもより疲れちゃったのかも。だから、心配しないでください。創介さんももう寝てください――』
すべてが引っかかった。電話でなければ、その表情を見るとことが出来るのに。雪野に聞いても、早く話を終わらせようとするばかりで、ほとんど何も知り得なかった。雪野のことだ。悪いことほど詳しくは話さない。
そう言えば。幹部夫人の会の話もすぐに終わらせようとしたな――。
きっと、俺の知らない何かがある。そう思った。
その朝一番に、東京のオフィスに電話を掛けた。神原なら、何か探る伝手があるだろう。本社幹部の秘書を勤めていた。それに、雪野が唯一出した名前『栗林』の秘書をして来た人間でもある。遠い異国にいて、何もしてやれない歯がゆさにじりじりとしながら、神原の報告を待った。
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