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第一部
忍び寄る現実 9
しおりを挟む鉛のように足は重かったけれど、シフトが入っている以上アルバイトに行かないわけにはいかない。
榊君が、創介さんの弟だった――。
その事実の意味することの大きさが、時間と共に私に襲い掛かって来た。
榊君も、本当は苦学生なんかではなく裕福な生活を送れるはずなのに、どうしてあの店であんなに働いているのか。考えれば考えるほどに疑問は湧き出て来る。榊君のお母さんは、精神を病んでいると言っていた。でも、確か、創介さんのお母さんは創介さんが六歳の時に亡くなっているはずだ。
ただお金持ちなだけではない、私では分かりようもない複雑な事情があるのだろう。創介さんが家族の話をしないのも、時おり口にしても酷く辛そうなのも、家族との関係に何かあるのかもしれない。
創介さんは、榊君とは関わらないでほしいと言った。本当の自分を知られたくないのだと。
本当の創介さん――。
それは、どれだけの意味があるものなのだろう。私にはそう思えた。知っても知らなくても私はきっと変わらない。
だったら、創介さんが知ってほしいと思うことだけを知っていればいい。
「――戸川さん」
裏口から事務所へと入ろうとした時、榊君に呼び止められた。この日も同じシフトなのを知っているから、会うことになる覚悟はできていた。
「バイトのあと、少し話したいんだ。いいかな」
「分かった」
もう私と創介さんが何らかの関りがあるというのは分かっているだろう。創介さんの願うことを貫くためにも、一度きちんと話しておかなければならいと思った。
バイトを終えて、交わす言葉もほとんどないまま、近くのコーヒーチェーン店に榊君と入った。向かいあって座るけれど、もう以前のように接することはできない。
「――君の好きな人って、昨日の人なんだよね?」
コーヒーカップに口を付けてから、榊君が沈黙を破った。それに頷く。
「だったら。尚更、僕は君をあの男のところに行かせるわけにはいかないよ」
強張った声が二人の間に漂う。
「僕のこと、もう聞いたんでしょ?」
「榊君が、創介さんの弟さんだってことだけ」
「……へぇ。それ以外には?」
急にその声音が変わった気がした。酷く冷たい声にびくつく。
「何も」
「なるほどね。自分に都合の悪いことは何も言わないとか、つくづく身勝手な人だな」
吐き捨てるように出た言葉が、まるで自分に言われているみたいにひりひりと胸が痛む。
「あの男が、どれだけ人間として最低な男か分かって付き合っているの? 君のような人間が付き合っていいような善人じゃない。すぐにでも離れるべきだ」
「私は創介さんのすべてを知っているわけじゃない。でも、それでも構わないって思ってる」
「自分が何を言ってるか、分かってる……?」
「知る必要がないから」
榊君の目が唖然としたように私を見る。心の中は逃げ出したい気持ちで一杯だった。でも懸命に姿勢を正し、真っ直ぐに榊君を見つめた。
「昨日、榊君の気持ちを聞いてしまった以上、これまでみたいに接することはできない。ごめんなさい」
「それは、逃げてるだけなんじゃないの? 自分にとって都合の悪い事実と向き合うことから逃げているだけだ!」
その目が、いつもの穏やかな湖面のようなものとは全然違う、憎しみに満ちたもの変わる。
「本当の兄さんの姿を知って、失望したくないんだ。綺麗な気持ちのままでいたいんだろう。でも、そんなことさせないよ。あの男のしたこと全部、君も知ればいい」
感情的に言葉を吐き、肩を上下させて。怒りを剥き出しにした表情がそこにあった。
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