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第一部

忍び寄る現実 1

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「わーっ、ありがとう!」

律子さんにお土産を渡した。バイトを終えた後、二人でロッカールームの隣にある休憩室で帰り支度をしながら、旅行の感想を根掘り葉掘り聞かれている。

「ねぇ、これめちゃくちゃ高そうなんだけど。なんだか気を使わせてごめんね」

しっかりとした化粧箱に見た目も綺麗な和菓子が並んでいる。あの売店で一番高いだけのことはあるなと、私は苦笑した。

「本当に律子さんのおかげなので。それで、彼が自分もお礼したいからって二人で出し合ったので気にしないでください」

律子さんは私の家庭状況も知っているから、高いものを買わせてしまったと気にしているのだろう。私は慌てて弁解した。

「えーっ! いい彼氏じゃーん」
「あの、前にも言ったと思いますが、彼氏ではなくて……」
「覚えてるよ? 付き合っているわけじゃなくて、雪ちゃんが好きな人で連絡があれば会う。そういう関係なんだよね」

パイプ椅子に座る律子さんが私に顔を近付けた。

「でも、それって、雪ちゃんが勝手にそう思い込んでるだけなんじゃないの? 私も最初は、雪ちゃんの気持ちに付け込んでいいように扱われてるんじゃないかなんて思ってた。だけどさ、雪ちゃんの話聞いてたら、どうしてもそう思えなくなってさぁ」

律子さんはパイプ椅子の背もたれに頬杖をついて、考え込むような表情をする。

「『好きだ』とか『付き合おう』とか、はっきり言葉にしない男って結構多いんだよ? 『言わなくても分かるだろ?』なんて感じでさ。うちの主人なんてプロポーズの言葉さえ曖昧だったし」

私と創介さんの場合は違う。そういうことでもない。

「私の言ってること信じてないって顔だよね? でも、雪ちゃんより多く生きている女の先輩としては、彼はちゃんと雪ちゃんのこと好きなんじゃないかなって思うよ?」

さっきまでの明るくはしゃいだ雰囲気ではない、少し真剣になった顔。そんな律子さんの言葉を、私はただ静かに聞いていた。

「言葉と態度、どちらが大事かって話になるけどさ。言葉って、難しい場合もあれば意外にも簡単な時もある。むしろ、心がなくたって口さえ動かせば言葉は吐ける。その場しのぎの嘘にまみれた甘い言葉とか? でも、本当に思っていることほど言えなかったりする。その点態度って、どれだけ取り繕ってもふっと本音が出てしまうもの」

言葉と態度。私たちは――。

「今回の旅行、雪ちゃんのための『卒業旅行』って言ってくれたんでしょ? ”クリスマスプレゼント”ではなく”卒業旅行” そういうの、常日頃から雪ちゃんのこと考えていないと出て来ない発想だと思うけどな。少なくとも、絶対に雪ちゃんは彼にとって特別な人なんだと思う」
「律子さん、ありがとう……」

私は目を伏せて、笑顔でそう返した。

 律子さんには、創介さんがどんな立場にいるのかを一切話していない。だから、律子さんがそんな風に考えてくれるのも無理はない。

「雪ちゃんはすっごく素敵な女の子だもん。もっと、自信を持ちな!」

私の肩をポンと叩いて、満面の笑みをくれた。

「――ちょうど良かった。戸川さん、まだいてくれたんだね」

律子さんと話しているところに、店長がやって来た。

「お疲れ様です」

慌てて立ち上がり挨拶をすると、店長に続いて一人の男の人が現れた。

「今度、新しいバイトさん入るから。さかき君――」
「あーっ!」

店長の声を遮るように、律子さんが大きな声を上げた。

「竹田さん、急に何?」
「あ、いえ、何でもありません」

慌てて声のトーンを落として、律子さんが私に耳打ちして来た。

(あの子、ここ最近、毎日牛丼食べに来てたイケメン君だよね?)
「え?」

そう言われてみれば……。確かにその顔に見覚えがあった。

「大学四年の榊理人です。よろしくお願いします」
「雪ちゃんと同級生じゃない?」

礼儀正しく頭を下げた榊さんを見て、律子さんが言った。

「そっか。なら、ちょうどいいかな。戸川さん、榊君にいろいろ教えてもらえるかな。指導係、頼むよ」
「はい。分かりました」

店長にそう告げられて、改めて榊さんに身体を向けた。

「戸川と言います。これから、よろしくお願いします」
「こちらこそ、ご指導よろしくお願いします」

丁寧な喋り方――。榊さんの第一印象はそれだった。

 こうして向き合ってみると、律子さんが言うように驚くほどに端正な顔立ちをしている。色白の透き通るような肌は、女子にも引けをとらない。欠点なんて一つも見つけ出せないほどに完璧な外見でも、醸し出す雰囲気は優しげで穏やかな好青年といった感じだった。

『榊』という名字に、一瞬引っかかったけれど、「まさか」とも思いもしなかった。創介さんに弟さんがいることは知っているけれど、どう考えてもこういう店にバイトに来るような家の人ではないし、それに何よりあまりに顔が似ていない。だいいち、榊という名字はそんなに珍しいものでもない。

「店長、若い男の子が入って来るの、久しぶりじゃないですか?」
「竹田さん、既婚者なのにはしゃぎすぎ」

店長と律子さんのやり取りを、榊さんは静かに笑って見ていた。

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