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鏡と涙と血と
しおりを挟む鏡はその様子を見ていました。
姫さまの部屋から、鏡面に映し全てを眺めていたのです。
「姫さまは、死んでしまった」
鏡は嘆きました。
姫さまにありのままの事実ばかりを伝えてしまったこと、いっそ優しい嘘をついていれば良かったのだということ。
自分が彼女を追い詰めてしまっていたのだということーー。
「姫さま、姫さま、姫さまーー」
何度呼んでもそこに生まれるのは後悔の渦ばかり。嘘をつけばよかったんだ。もっと彼女に寄り添った嘘を!
「……嘘じゃない。」
そうだ、嘘なんかじゃない。僕にとっては姫さまが一番うつくしかったのにーー。
でも姫さまは僕の声が聞きたかったんじゃない。世間の評価が欲しかった。だからいつでもその望みに従ってきた。
……それでももし、もしも僕の真実の気持ちを伝えていたら。
鏡の中に銀色に輝く大粒の雫が光りました。
それが何個も何個も現れてはぽろぽろと落ちて、落ちてーー。
そのとき、落ちていく雫を冷たいと感じる者がありました。
その者は初めての冷たいという感触に驚き目を開け、顔を上げました。
そこには一人の少年と、それを映す立派なただの鏡がありました。
「……え?」
少年は鏡に手を当てその姿を上から下へまじまじと眺めました。
カラスの羽のような蝶ネクタイにブーツ。白いシャツの上には短めの黒い外套。
銀色に輝く瞳からはその目を溶かしたような優しさがぽろぽろと流れ、頭には一本一本が絹糸のような柔らかい髪が生え、そして鼻は真っ赤に眉は悲しみでひどく下がっていました。
少年は鼻を擦り眉を上げました。
それから、手を閉じたり開いたりしてその体を動かしてみました。足を持ち上げ、降ろすという行為も試みました。
そして前を向きました。
「歩けるんだ。僕には、足がある。姫さまのところへ歩いていけるんだ!」
また大きな粒が目からこぼれ落ちました。
少年は部屋を飛び出し、走り出しました。慣れない体を急に、それも素速く動かすのは思ったよりも難しくあちこち針を刺されるように痛みました。
足はいまにももげてしまうのではないかと思われました。それほどの痛みでした。
しかし少年は足を止めませんでした。痛みも苦しみも彼の心にとって些細なものでしかなかったからです。
その足で姫さまのもとへ駆け付けられること。
その目で姫さまを見つめられること。
その手で姫さまに触れられること。
なによりも、今度こそ伝えられる。僕の真実を、僕の口からあなたへーー。
ブーツに赤い血が滲み、痛みを我慢するよう握りしめた手の腹にも爪が食い込み赤くあたたかいものが流れていました。
そうして彼を照らしていた空に浮かぶ光が沈む頃、やっとその場所へ辿り着いたのです。
ふらふらと、足を踊らせながら少年はしらゆきの小屋へと近寄り、血塗れの手を外套でよく拭いてからその戸をコン、コンと叩きましたーー。
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