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しらゆき
しおりを挟む「さぁ、改めて問うわ」
空気が一瞬で張る、まるで鈴の音のような声が鏡を過去の記憶から現実に呼び戻した。
「鏡よ、鏡。一番うつくしいのはーー」
その声に答えるように鏡から光が溢れ出しゆらりとその鏡面を波立たせると、そこに一人の娘が映った。
白く淡い肌、優しい桃色の頬。額には雫がきらめき、可愛らしい紅色の唇からは歌が聞こえるようだった。
見たもの全てを魅了する。そんな美しさが彼女……ではなくその手に包まれた、いいや彼女を取り囲むように点々とたくさん実っていた。
美しいそれらを丁寧にひとつひとつもぎ取ってカゴへと運ぶ。
彼女の名は、しらゆき。うつくしい林檎を育てる果樹農家だった。
険しい表情を浮かべながら姫さまは鏡の中の光景を眺めていた。
「まだ、こんなにたくさんあったのね。」
城のキッチンにあった美しい林檎は、どうやらこの果樹園から仕入れたものらしく美しすぎる林檎とそれを育てあげる農家しらゆきは広く世に知られているようだった。
「この林檎がある限り、私は一番にはなれない!」
ギリギリと歯が擦れ鈍く悔しい音が部屋を満たしていったーー。
それから数日経った頃、姫さまの部屋へ一人の狩人が呼ばれることになった。
コン、コンと扉が鳴り入ってきたのは動物の毛皮をよく加工してつくったベストに、どんな山道も難なく歩けるであろう底の厚いブーツを履いた強面の男だった。
その容姿を見るなり、鏡は姫さまが何をさせようとしているかを察した。
姫さまは鏡の思った通りに狩人へ言いつけしらゆきのもとへ向かわせた。
「ほほほほほ。鏡よ、鏡。これで今度こそ一番うつくしいのは私よ」と姫さまは嬉しそうに笑う。その顔を少し残念に思いながら鏡は問いかけた。「姫さま、どうしてそこまでなさるのです? なぜ一番うつくしくあろうとするのでしょう」
その言葉を聞くと、姫さまはさもおかしそうに高く笑い声をあげた。「そんな当たり前のことを。うつくしければ偉いからよ。一番うつくしければ一番偉く、誰からも褒められる」
そうしてまた一段と高い声で、笑うのでしたーー。
その頃、狩人はお目当の果樹園を訪ねていました。しらゆきと林檎の木全てを亡きものにするために……。
ところが狩人は、すっかりそんな気はなくなっていました。
果樹園に足を踏み入れた途端甘い芳醇な香りに毒気を抜かれ、輝く赤い果実達を愛おしく思ってしまっていたのでした。
狩人は来たときとは正反対に、なんとか林檎を守ることは出来まいかと考えました。
そして、姫さまよりも林檎がうつくしくなければ良いのだという考えに至り、しらゆきに相談へ行きました。
「なんとか、このうつくしい見た目を封じることは出来ないだろうか。俺はこの林檎たちと、それを育てたあんたを殺すことはしたくないんだが……」
事情を聞いたしらゆきはその暖かな顔を真冬の寒空のようにし、大事に育てた林檎たちを守る術をうんうん唸りながら考えました。
「どうもこの赤くて艶々した見た目が、気に入らないようだったが……」狩人の言葉を聞いて、しらゆきの目に光が灯りました。
「それなら、これはどうでしょうか」しらゆきは果樹園の横に建つ小屋へと走って中から複数のものを運んできた。狩人はそれらを確認しながらしらゆきに尋ねた。
「こいつは……身体に悪くなったりしないのかい?」
「いいえ問題ありません。味も変わることはありませんわ」
そうしらゆきが微笑むので、それならと狩人も頷き二人は月が昇るまでぺたぺたと木々の間に音を弾かせながら休むことなく赤を消して行った。
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