家から追い出されました!?

ハル

文字の大きさ
上 下
18 / 36

郁美とのお出かけ【side ジーク】

しおりを挟む
 郁美が外出したいと言った。
 その報告をリオウから受けた時、僕は外出していて言っている現場におらず残念だったが、それには飛び上がりたいほど嬉しかった。車の中ということも忘れて立ち上がってしまったほどだった。その瞬間、頭を天井にぶつけたことで痛みを感じ、それが現実ということも思い知ったので、まあ、良かった。

「僕が車で一緒に行くから。」

 すぐに電話をして彼にそう言うと、

「はあ?あなたは仕事があるでしょ。彼女が出かけるのは昼食を食べた後すぐですので、物理的にあなたには無理です。車の手配はこちらでしますから、あなたはしっかりと仕事なさってください。」

 と、冷たい声で即却下された。
 しかし、そこで諦められるほど僕の気持ちは小さくなかった。
 今回の仕事は確かに商談だが、仲介みたいなもので向こうの条件などを確認する一歩目だった。こちらは切っても全く問題ないが、向こうは切られればせっかくのチャンスを棒に振ることになるからか、向こうの説明してくれる営業は緊張した面持ちだった。
 郁美は知らないが、僕は日本語が話せない設定なので、商談はほとんど英語だった。彼女がいる空間で電話や会話が日本語なのは彼女が不安がらないようにするための策だった。
 もし、英語だけの会話だったら、責任感の強い郁美のことだから、
 ”自分の能力ではここで雇われている価値がありません。”
 などと言いだし、行く当てなどないというのに出て行ってしまっていただろう。
 それに、紘一や静江も英語は不憫がなく、元々スイスでリオウの祖父の部下だったので外国語は堪能だった。そして、通常僕らはあの家で過ごす時はいつも英語対応だった。しかし、リオウが郁美のことを話してあったおかげで自然に日本語に切り替えてくれていた。これも彼女を安心させるためだった。
 いろんな鎧で自分を守っている彼女はきっと、そう簡単には解れてはくれないだろう。家族、いや、同居人だった人達のことを話してくれた分、少しは心を許してはくれているだろうが、僕にはそれだけでは足らない。
 最終的には僕だけを見て、何でも話して、感情の全てを僕だけに向けてほしいんだ。彼女が足をやけどしてしまったあの時、少しだけ焦って彼女の心を無理やりこじ開けようと少しだけ焦って彼女の顔が怯えたように歪んでいた。それを見てもっともっとめちゃくちゃにしたいと思ったが、そんな顔より笑顔を見せてほしいとも思った。

 自分は歪んでいるし、どんどん欲深くなっていく自覚をした。
 しかし、抑えられない。彼女に対してだけは。

 商談で相手企業のことが少しだけ把握できた。人は企業を表すので、どんな教育を受けてきたのか営業を見れば、だいたいの企業の体が分かってくるものだ。そして、結果から言うと、今回の相手企業は最悪の部類だった。大手だと聞いてはいたが、そうとは思えないほどだった。
 まず、営業の態度がとても苛つかせた。
 営業として相手をした男女2人のうち女性は僕の隣に座り、上司であるだろう男性の説明に付け加えるように持前のタブレットを女性が操作しながら、肩を引っ付けてきて補足していた。彼女の英語はまるで友人に話すかのようにフランク過ぎたし、男性の英語は拙いのか聴いていてイライラした。

 こんなやつらの対応ならリオウに任せればよかった。

 女性の香水の匂いが気持ち悪く帰ったら速攻で匂いを落とすことに決めつつ終始笑顔で対応した。

 その上、自分たちの利益しか考えていないようなありきたりなプロジェクトであり、全く心が動かされなかった。冒険心の欠片もない保守的な考えから出されたものだろう。僕は説明を終えた男性に、

「もう結構。御社との契約は保留としておこう。」

 とだけ言った。それに男性は安堵の笑みを浮かべた。
 おそらく、こちらが悩んでいると考えているんだろう。
 しかし、僕の中ではすでにその企業は切っている。それを知らない彼らはなんと幸せなことか。
 誰も彼もが僕の笑顔で騙されるから、僕は幸運だった。

 そういえば、郁美は騙されてはくれないな。

 幼馴染みたいなリオウならまだしも、会った当初から彼女は僕の笑顔に対して警戒を緩めなかったことを思い出した。

 企業を後にして、多忙だと言い、約束していたはずのその企業の役員との昼食会にも参加せずに帰宅した。

 すでに、昼食が用意されていたので、部屋に一旦戻ってからスーツのみならず全身に匂い消しを撒いた。そして、着替えた僕は慌ててダイニングに戻って昼食を彼女と共にできた。リオウに睨まれていたけれど、僕の考えを言うと、彼は2つ返事をした。その際、彼女がすごい、驚いたような恐怖のような顔をした。

「じゃあ、僕が宣言通り彼女を車で送っていくよ。夕方には帰るから。」

 僕はリオウから鍵をもらって出た。先に出て車をスタンバイしていると、彼女がすごい怪訝な顔をしていた。そんな顔をされると傷つくんだけど。それに信頼なさすぎだね。運転なんかプライベートで結構しているから安心していいのに。
 なんて思っていたけど、彼女が小鹿みたいになってしまって少し反省した。のだが、その姿がとても可愛らしくて笑ったら睨まれた。最近は表情が豊かになった気がする。ただ、笑った顔はめったに見せてくれないけど。

 デパートに入ると、視線が彼女に集中した。彼女はその視線全てが僕に向けられたものだと勘違いしているのだろうが、決して僕だけではない。

「美男美女カップルだ。」
「あんなにお似合いのカップルなかなかいないよ。」
「あれじゃ、どっちにも声かけにくいよね。」
「私たち凡人とは違うよね。」
「あの2人モデルさんかな。」

 なんてヒソヒソ話が聞こえてきたぐらいだ。彼女には聞こえなかったみたいだけど。
 今日の彼女の格好はワンピースとストールで身長が高くて少しだけ丈が合っていないが、その分、足が露出されて足の長さが強調されていた。彼女は細身だが胸はもう少しでDらしく、プロポーションとしてはこれ以上ないぐらいだろう。

 まさに、美の女神だ。

 しかし、そんなことを言っても車の中で言われたように”眼科に行け”と言われるぐらいで決して彼女は信じないだろう。
 しかも、彼女の今回の買い物の目的が日頃お世話になっている紘一と静江に対してのプレゼントだった。それを聞いて、彼女の心の優しさに触れた。そんなことを僕は思いつかなかった。もちろん、リオウも。
 お金を払っているのだから、自分たちのために彼らがその分世話を焼くのは当然だと、どこかで考えてしまったからだろう。僕は自分んが嫌な思考になっていることに気付かされた。
 真剣に彼女は彼らが喜ぶものを考えていたが、雑貨では何も買わず出てしまった。
 すると、彼女の顔から血の気が引いていき、彼女はサッと僕とは反対方向を向き、後ろからでも分かるほどに肩どころではなく、体全体を震わせていた。何かに怯えているようだった。
 そんな彼女の背が出遭った時のように小さく見え、僕は優しいを心がけて彼女に声をかけた。
 すると、意外な返答に僕は思わずそちらの方を見てしまった。好奇心もあったし、怒りもあった。

 そこにいたのは2人の夫婦らしい男女と彼らに挟まれて歩いている郁美ぐらいの女の子だった。彼らを見た時、郁美が言っていたようなことをするような親子だと納得してしまった。彼女は目を瞑っていて極力空気になっていた、なりきれてはいないが、ので、見なかったが、彼ら3人もこちらを見ていたのだ。もちろん、郁美も見えていた。しかし、彼らは驚いた顔1つせずに

「お似合いね。」
「かっこいいし、彼女もきれいな人。」

 なんて母親と娘が言い合い、父親が頷いているのを見た。彼らは少し服装を変えただけで娘として育てていた郁美のことが分からないらしい。

 その瞬間、ドロッとした気持ちが心の殻を破った気がした。
 郁美に抱くのとは全く別の産物だった。
 どんな結末を用意してやろうか。
 僕の中で彼らの歩むシナリオを何通りか用意した。
 後で、リオウに相談しよう。
 心の中で思った。

 少し落ち着いた彼女を連れてデパートを出ようとエスカレーター前まで移動したのだが、構内放送を聞いた彼女は僕の手を逆に引いて1階の広場まで来た。そこで、さっきまでの表情とはうってかわって嬉しそうに、そして、真剣に毛糸を睨みつけていた。
 訊けば、彼女は編み物ができるようで、すかさず僕の分もお願いした。
 祖母も母もこんな彼女がいてくれたら大喜びだろう。彼女たちは手先はそれほど器用ではないのだから、講師を頼むかもしれない。
 スイスに連れて行った郁美がたじたじするのが目に浮かび、僕は彼女に向けて微笑んだ。

 彼女に向ける表情にも感情にも何1つ今まで偽りがないことに、彼女はいつ気付いてくれるだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

処理中です...