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変化

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 瑞穂は重たくてあちこち痛む体で目が覚めた。目を開けたのだが、さっといつものように起きることはできず、生まれたての小鹿のごとく、少しずつ少しずつ指から手、手から腕、腕から上半身、といった具合に動かしていった。そして、やっと上半身を上げて壁に預けながらも部屋の中を見渡すことができるようになり一息吐いた。
 ベッドルームらしいが、やはり、モデルルームのように決まったもの以外は何も置かれていなかった。アンティークだと思うランプとランプ台以外に目立ったものはなく、白基調だから日が差し込む今の時間帯は明るいけれど、アロマもなければテーブル一つ置いていなかった。一時一緒に暮らしていた時はテーブルも椅子もカーペットもあって、ベッドルームだけでも生活ができるようにしていたので彼がこんなに物を置かない主義なのかと驚いた。確かに、あの時瑞穂が物を置いていってそんな風になった経緯があったと今更ながらに思い出して、また一つ自分の黒歴史にため息が出た。

「起きたのか。体は辛くないか?」

 扉を開けて入ってきた晴哉は遠慮なしに瑞穂に近づいてキスをされると思うほどに顔を近づけた。それに身をこわばらせたがそんな心配は必要なかった。

「発情期は落ち着いたな。薬は飲んだ方が良いのか?一応、おばさんに連絡をして薬を持ってきてもらった。」

 晴哉の言葉に瑞穂は顔を上げた。

「今何時?」
「ちょうど昼を回ったところだな。翔なら気にするな。保育園に行ったとおばさんが言っていたからな。会社には連絡を入れておいた。第二次性のことは知らないようだったから、風邪ということにしておいた。まあ、社長が仕事の件はすでに終わっているし、今は帰国の準備期間だから無理に会社に来る必要はないって言っていたから気にする必要はない。」
「えっと、昼回った?マジ?」

 呆然としてまだ頭が回っていない瑞穂は少ししか反応ができない。そんな時にグラグラと頭を撫でられてさらに混乱しつつも、力が入らない腕で何とか払いのけた。

「ちょっと今頭の整理しているから止めて。」
「整理な。そうだな、まずはめしからにするか?腹減っただろう?」
「いや、それよりも家にかえ(グー)」

 お腹が鳴り何の根拠もないことがわかる言葉を続けることができなくなるどころか恥ずかしくなった瑞穂は口を閉じた。

「まあ、いいから。そうは言ってもおばさんが持ってきてくれたおかずばかりだけどな。着替えはこれ着ろ。」

 いつの間にか持ってきたのか着替え一式を晴哉から渡された。彼は立ち上がり部屋から出て行こうとした。

「まだ食べられたりないなら俺は乗るけどな。」
「!そんなわけないだろう!」

 晴哉の視線で自分が裸で布団さえかぶっていないことに気づいて慌てて布団を胸を隠す位置まで引き上げた。大きな声を上げたのはせめてもの抵抗だった。笑いながら晴哉が部屋から出て行った後にさっさと着替えてごはんを食べに向かった。

 並べられたパックからは湯気が上がっていて、馴染み深い料理ばかりだった。

「ほら、食べるといい。」
「うん、ありがとう。」

 瑞穂は受け取った取り皿に好きなだけ料理を盛っていく。手を合わせて食べると、出来立ての料理の味と温かさが体に染み込んできた。

「そういうところ、変わってないな。」

 晴哉が頬に手をつきながら温かい目を向けた。少し前から思っていたけど、その何か懐かしむような目を向けるのはこちらが恥ずかしくなるので瑞穂はやめてほしいと思った。しかし、そんなことを言うと何か理由をつけてあっさりと躱されて、それどころかもっと瑞穂にとって負担が大きいものを要求されそうなので口に食べ物を詰め込んだ。

「・・・・・それで、瑞穂は俺と一緒に住むことになったから。」

 ゴホッ

 文に脈略がなくて瑞穂は口に入れていた食べ物を吐き出しそうになった。口を開かなかったので飛ばなかったのは幸いだったが、一体何を言い出すんだ、と瑞穂は晴哉を睨みつけたが、彼はそんなことをお構いなしだった。

「お前の母さん、おばさんが荷物も置いて行ったんだ。息子の翔と三人で一度住んでみなさいって。帰国も必要な時はあるけど基本的にリモートでも構わないんだろ?会社が好きだから通勤を選んだって聞いたけど。」
「待って、そんな情報をどこで手に入れたの?母さんには言っていないはずなんだけど。」
「翔だよ。」

 え?
 
 瑞穂は思いもよらない答えに思考が停止した。確かに、翔が寝ている時や朝食の時に同僚や上司と電話で話すことは多々あった。その内容を聞いても翔や父がわからないと思ったからだ。業界的に機密保持が特段強く求められるところではあるが、その内容を理解していなければ、そして、そういうことに興味があり第三者に話すことがなければいいと判断した。まあ、瑞穂が話す内容に機密情報などほとんど含まれていないのだけど。そんなこともあり、翔が聞いていても不思議ではないが、それが可能である場合、翔は瑞穂が話す内容を理解していることになる。そんなことがまだ四歳になる子供に可能なのだろうか。

「翔も日本が気に入ったというよりは瑞穂が彰彦らと一緒にいて楽しそうにしていたのを見てここにいたいって思ったんだよ。向こうのお前の友人に会ったことがないけれど、あんな風に笑うママは見たことないってさ。」
「いや、確かに奈桜さんや彰彦さんは何というか友人というよりもすごい気の良い兄って感じなんだけど。だから、ちょっと気の抜けた顔をしていたかも。」

 向こうの友人と仲が悪いわけではないが、競争心が激しいから少し気疲れしてくるのだ。その点、奈桜たちは瑞穂にとって家族に近い存在なので自然体でいられた。それは帰国してからも変わらなかった。それを幼い息子に見破られていたと思うと瑞穂は親として恥ずかしくなった。

「翔は賢い子だよ。俺のことも父親だとわかっていたらしい。時々俺の名前を呼んでいたって言っていた。」
「いつ!?」
「寝ている時。」

 今度こそ羞恥で顔を上げられず手で顔を覆った。
 黒歴史が続々と出てきて耐えられなくなり、ごはんを口の中に突っ込んで洗面所に駆け込んだ。鏡には赤くなった自分の顔が映っており、今後翔への説明や母の策略からの回避、晴哉の対応など考えることは山ほどあるが、最初にどうやって家に帰るかを思案したが、体力が残っておらず体のだるさもあり床に座り込んだ。疲労がたまっていて今日も動ける気がせず、結局一日家に寝ていた。
 夜に翔が帰ってきて普通の家族風景のように晴哉と三人でごはんを囲んでいた。この形に初回なのに違和感がないことに瑞穂は戸惑った。
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