俺にとってはあなたが運命でした

ハル

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もう会わない

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 瑞穂は大学に留学の手続きをした。向こうの国に姉妹校があり、ちょうど留学制度が整った学校が応募をしていて、住む場所からも近かったため即座に手を挙げた。ちょうど学習したいコースだったのも瑞穂にはありがたかった。そのまま向こうの大学を卒業してもこちらの大学を卒業することもできることが要項として記載されていたので瑞穂としては就職もその国であることを希望していた。
 すぐに書類が受理されたことに胸をなでおろして家に帰った。

「自分の荷物の処分と撤収だな。」

 瑞穂は時間を惜しんですぐに片付けをして私物を詰め込んだ鞄を用意した。飛行機の日程は二日後なので空港近くのビジネスホテルに一日過ごすことにしたのでそのホテルに向かった。チェックインには早い時間だけど大きな荷物は置いて置きたい。二日後の出発日は早めに空港に行かないと不安なのでぶらぶらと空港観光を楽しめると思うと気は楽で、ふと持ってきた鞄の中身は私物という名の洋服だけだったことを思い出し笑った。
 晴哉と生活するうえで、歯ブラシなどの買い足したものは全て分別してゴミ袋に入れ、粗大ごみである布団なども予約して括って指定場所に出した。一応、掃除もしてきれいにして自分の痕跡が残らないことを入念にチェックしてから出てきたので、今後晴哉がもし相手と住むことになっても問題ないはずだ。こんなに行動力があるとは知らなかったけれど、知らなかったではなく成長したのかもしれない。瑞穂を変えたのはやっぱり環境だったのだろう。

 瑞穂は電話をかけた。電話をほとんど初めてかけたな、と思っていると二回コールで晴哉が慌てたように出た。

『っもしもし。』
「もしもし、晴哉さん、今日、話があるんだけど、何時に会える?」
『今日は遅い時間になるな。急用か?』

 こんなに普通に話してくれるのはいつぶりだろうか。いつもは電話に出ないか、出てもすぐに切られて話ができなかった。
 瑞穂はそう思いつつも晴哉に場所の指定をして、時間を取らせないことも話すとだいたいの時間を伝えてきた。

『7時ぐらいなら。その喫茶店は近いから30分ぐらいなら時間を取れる。』
「わかった。じゃあ、それでお願い。」
『瑞穂、あのさ、『ねえ、誰から』』

 プッ

 そこで電話が切れた。明らかに最後のは女性の声だった。まるで、昔母が見ていた不倫のドロドロドラマみたいな展開のようであり、まさか、自分が当事者になるとは思わなかったので瑞穂は笑ってしまった。晴哉があれほど多忙のようになったのは仕事もあるかもしれないけれど、それだけでなかったかもしれない。過労死には程遠いということを知って瑞穂は安堵もした。として心配もあるけれど、番としては相手がいなくなれば、自然と番の制約がなくなると医師から聞いていたから今後の生活に支障がでるからだ。

「別に今さら隠さなくてもいいのに。」

 昼間から会えるということは、それほど晴哉には余裕があるということだ。すでに知っている身としては、隠される方が気分が悪かった。それに、瑞穂は自分がそんなに悲しかったり虚しかったり、まして嫉妬を抱くことはなかった。

「菜桜さんが知るΩの人ほど晴哉さんを好きじゃなかったみたい。」

 その言葉が瑞穂の本心だった。

「7時なら時間が少しあるな。先に、理人の誕生日プレゼントを宅配で送ってホテルにチェックインしようかな。荷物も置いてこないと。」

 腕時計も自分で買ったものだった。晴哉に買ってもらった洋服や時計は売ってお金に換えたので、彼との思い出の物は何もない。しかし、今まで生活の面倒を見てもらったので、その洋服や時計を持つよりこれで足りることを願うばかりだった。

 ホテルに着いてゆっくりしてから待ち合わせ場所に向かった。すでに、お店に来ていることをスタッフに知らされながら部屋に向かうと、先にコーヒーを頼んでいた晴哉が瑞穂を見た。笑みを浮かべて以前のように軽そうな雰囲気になっていた。運命の番と番うとαの精神が安定すると奈桜から聞いていたので、すでに彼は相手である優希の母とそうなったのだと思えた。

「ごめん、待たせた?」
「いや、別に。俺が先に来ただけだから。」

 瑞穂はオレンジジュースを頼んで晴哉の前に座った。飲み物が運ばれてきてから室内に二人だけになった。

「さっきの電話のことなんだが。」
「何のこと?それより、時間もないから本題なんだけど、俺、晴哉さんと住むのをやめるよ。ちゃんと色々処分してきたから大丈夫。晴哉さんの番ではいさせてほしいんだけど、そこだけは認めてくれるかな?」

 晴哉の言葉を遮って、瑞穂は自分の用事を済ませようと先走った。晴哉が初耳なのは当然なので、彼が怒りを抱えるのは普通の反応だろう。

「処分って何だ?それに番って。」
「処分したのは俺の荷物だけだから心配しないでよ。あと、奈桜さんに聞いたんだ、色々。晴哉さん、もう隠さなくてもいいよ、会ったんだろう?運命の番。」

 晴哉は固まっていた。そんなに固まることかと思いつつ、瑞穂は首の部分を指で指した。

「ついているよ。ココ。」

 瑞穂が注意すると晴哉は首を慌てて手で隠した。その慌てぶりは今まで見たことがなかったけど、それは相手に別の相手がいることをバラしているのと同じ行為だ。経験ある晴哉がそれに思い当たらないはずがないのだが、目までキョロキョロとしだした。

「瑞穂、これは。」
「そんなに慌てるなって。俺のことだけど、俺の場合は番であっても別に会う必要はないよ。番契約って破棄するには手術を受けるか、もう一度同じαに噛まれるかだけらしいけど、今後の生活を考えるとこのままの方が俺は暮らしやすいから。」
「何を言ってるんだ?俺は番を解消する気はない!」

 晴哉が珍しく取り乱してテーブルを叩いた。個室じゃなかったら店に迷惑をかけていたところだ。

「そうなんだ、それは助かる。でも、本当にわざわざ俺らが一緒にいる必要はないよ。」
「どういうことだ?」
「もういいんだよ。晴哉さんが悪いわけじゃない。罪悪感を持つ必要はない。俺は晴哉さんが番にしてくれて感謝しているんだから。奈桜さんの時とは違うんだ。」

 晴哉の質問に答えたわけではなかった。ただ、自分の頭の中にいた菜桜の話が蘇ってきたので、ちょっと混乱してしまった。
 複雑な顔をした晴哉の顔を見て頭が冷えた瑞穂はそんな似合わない顔を彼にしてほしくなくて笑った。

「あなたは優しいだけだ。ただ、可哀そうなΩが目の前にいたから助けようとしただけ。あなたは幸せになっていいんだ、俺に気遣う必要はない。運命の番と出会ったなら、その人と幸せにならないと。菜桜さんたちのように。」
 
 数ヶ月前とは思い描いていた形とは程遠いけれど、これが瑞穂なりに求めたものだった。晴哉は顔を手で覆ってむしゃくしゃしていた。そんな彼を置いて瑞穂は先を続けた。

 「忘れるところだったけど、これを渡さないと。」

 瑞穂はお金が入った封筒を渡した。使うことがなく箱に入ったままだったためかブランドの時計や服は高値で売れたので数か月分の生活費にあたる金額が封筒に入っていた。

「今度は何だ?」
「何って、晴哉さんに買ってもらったものを売ったお金だよ。時計とか洋服とかアクセサリーとか。生活費を支払ってくれたのは晴哉さんだから、せめてこれぐらいは渡さないと割に合わないだろう?」
「何を言っているんだ。俺は別にそんなことをしてほしいなんて言ってない。アクセサリーって指輪も売ったのか?」

 晴哉が言った物を思い当たり瑞穂は頷いた。彼は唇を噛んで拳を握った。

「確かに言われたことはないよ。これは俺が勝手にしたことだから気にしないで。もし、晴哉さんが俺からお金をもらうことが嫌なら、晴哉さんが俺に何も言わずに別の番を作ってその人といたから、その代償とでも思っておいてよ。」
「それは・・・・。」
「晴哉さん、俺は本当に感謝しているんだ。それと、これは最後の別れでもある。俺は最後にお礼を言いに来たんだよ。」

 瑞穂はにっこり笑った。晴哉の前で決して涙を見せないと決めていた。最後まで笑顔で別れることがこの思い出をハッピーエンドで終わらせることができると思った。しかし、なぜか晴哉が悲痛な顔をしており、それを見ても瑞穂の心は揺らがなかった。

「瑞穂!さっきから何を言っているんだ!まるで、もう会わないみたいに言うな!番を続けるならこれからも会わないと辛くなるのは。」

 まるでこっちのせいにするような言い方に瑞穂は少し苛立ち、思わず声を張った。

「できるんだよ!俺には。医師からもう番になったことで発情期が収まっていると言われているんだ。それに一緒にいて半年ほどだったけれど、俺の発情期が番になる前に比べて頻度も程度も小さくなったことに気づかなかった?」

 思い当たったようで晴哉は黙った。
 番になってすぐは確かに発情期は瑞穂も薬を飲んでも我慢できそうにない苦しみを味わったけれど、それからはβだった頃よりたまに体調が少し悪くなるだけでそれ以外に変化はなかった。

「晴哉さん、もう二度と会うことはない。これはお互いの幸せのために最善の策だよ。俺はこの選択が二人にとって間違ったものだと思わない。そして、これが俺が晴哉さんの為にできることだ。だから、笑って別れない?」
「・・・」

 晴哉は答えなかった。でも、瑞穂から視線を外して肩を落としたので、瑞穂の提案を受け入れたのだろう。もしくは、運命の番ではないから不快に感じているのかもしれない。性に振り回されるのはαも同じだと感じた。そこにいた晴哉はずいぶん小さい存在になっていた。

 もう帰ろうとオレンジジュースを飲み干し、瑞穂が立ち上がるとつられたように晴哉も立ち上がったので瑞穂が先に手を出した。握手で別れるのは理人の以前の流行だったので、今回はそれを取り入れてみた。

「さようなら、ありがとう、晴哉さん。あなたに出会えて俺は良かった。」
「瑞穂・・・。」

 晴哉は何かを言いたそうにしていたけれど、瑞穂が無理矢理握手をした。瑞穂は晴哉が赤の他人に戻ったように思え少し嬉しかったけれど、晴哉は驚いた顔をした。もう吹っ切って瑞穂は晴哉をかわして店を出た。
 これで最後の心残りを解消した。
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